ゲーム製作者の遊び心の最たるもの
教師に配られたのは、コップ、皿、蝋燭、といういつもの組み合わせで、魔術の初期の授業においては三種の神器的なものだ。
コップの中には水が満たされ、皿には土が盛られ、蝋燭には火が点っている。
この世界の魔術というのは6種類しかない。
水を操る術、土を操る術、火を操る術、風を操る術、結界を張る術、怪我を治す術だ。
これらの魔術の4種類以上が操れる者は魔術師と呼ばれ、申請すれば然るべき試験の後、国家資格を取得できた。資格があれば魔術関連の職に就くことができるが、資格ない者は魔術を仕事に流用することは許されなかった。
個人で使う分には許されるが、仕事に勝手に使用すれば罰金、もしくは懲役が課せられる。魔術による事故や暴発を防ぐ為であり、国際法で定められている共通の取り決めだった。
大抵の人間は適正があるのは1つ2つ程度で、魔術師になれる程ではない。だから家で家事に流用するくらいで、職に出来る人間は一握りだ。
治癒魔術師と結界魔術は、適正が治癒魔術、もしくは結界魔術のみでも魔術師として名乗ることができ、強制的に国家資格が与えられていた。
そして強制的に城勤めをさせられる。その2つの魔術は特別だからだ。
無から有を生み出せないのが、この世界の魔術だ。既に存在するものに魔力を流し、自分のイメージ通りの現象が起こるように作用させること。それが通常の魔術だ。
ただ物質を操るだけなら、比較的簡単とされている。
しかし治癒魔術は人体を癒し、回復させる神秘の業だ。操る、という概念ともまた違ってくる。他人の身体を正常な状態に戻させるという現象は、他の魔術のように物質を操るという感覚では習得出来るものではない。
そして結界魔術は空間に作用し、不可侵の障壁を創る。これは一応魔術の概念によって術式が構成されているのだろうが、遠い昔に滅び去ったと言われている魔法に近いものがあると思う。だから適正が限られるのだろう。
と、今のところ魔術を1つも行使出来ていない私が、知った風に語ってはいるが。
理屈は解るのに全然出来ていない。特別な2つの魔術どころが、通常の魔術である物質を操ることさえ出来ない。
うーん、と唸りながら机の上の三種の神器を眺めていると、男性教師が各々で魔術の練習を始めるように号令をかけた。
説明が雑なんだよな、この教師。わざとだとは思うけど。
私と違い、自宅である程度練習をしてきたであろう学友達は、曇り顔の私を差し置いて意気揚々と練習を開始した。
私を気を引き締め、ぐっと腹に力を込める。
「パンパァース!」
しかしダメだった。
私は右隣から真っ先に上がった呪文の破壊力に、内心悶絶することになった。
それを耳にした途端、脳内に再生されたのは眠りこける愛くるしい赤ん坊の姿だった。前世で見た、とあるCMである。
隣でコップの中の水を渦巻かせているゼリエルトの表情は真剣そのもので、その顔と呪文のギャップが無性に私を笑わせにくる。
魔術が正常に作用したことで安心したのか、奴はどや顔を私に向けてくるが、それどころではない。
周りがこんなに張りつめて真面目な空気が漂う中で、私が突然笑い出すわけにはいかないのだ。
ギャップなんかに負けてたまるか!と改めて決意し、顔面筋がひくつきかけるのを精神力で押さえ込むが、左手からたたみかけるように更なる呪文が聞こえた。
「グゥーン!」
鋭い声と研ぎ澄まされた視線でスライヴが皿に手を翳し、土をボコッと動かした。キリッと視線を鋭くして土山を見つめ、ボコボコと土をもっと高く盛り上げている。皿に広がっていた土は一点に集まり、まるで磁石に引き寄せられ大移動する砂鉄を見ている気分だった。
しかしやはり前世の知識が私の邪魔をする。やはり室内を支配するピリつく空気にはそぐわないニコニコ顔の赤ん坊の癒し画像が重なって見えて、ひくっと頬がひきつりそうになる。なんとか堪えていると、右側の奥、ゼリエルトの向こう側からキーセントの声が聞こえた。
「メリィーズっ」
真剣な眼差しで蝋燭に向き合い、火を大きく、更には青色に変えるキーセント。まさか温度まで変えてしまうとは、予想外だ。
しかし私は、なんとか込み上げてくる笑いを押さえ込むので精一杯で、彼の魔術行使を直視することが出来なかった。次はCMソングの幻聴まで聞こえてきた。
笑いたくても笑えない苦しさで涙が滲んできそうになる。呼吸も上手く出来なくて、浅く、早く繰り返す。
頼む、もう勘弁してくれ。せめて一端休憩を挟ませてほしい。
誰か私のこの苦しみを共有してくれる人が、この世界に居ないだろうか。
その人と一緒ならきっと、こんな真剣味溢れる授業中に、紙オムツの商品名を真面目に声高に叫んでいる学友達と、私の脳内で繰り広げられる映像のギャップに押し潰されることなく、堪えきれずに笑ってしまうような失態を犯さずに済むのに。
1人1つ魔術を披露したところで、教師は自分の手柄のように得意げになりつつ、3人をそれぞれ誉めそやす。
前回の授業よりどこが良くなっていたとか、「パンパァースはもっと魔力の放出を思いきっても良いかもしれないですね」と至極真面目なトーンでアドバイスしているのも、シュールさに笑いを誘われてしまう。
私は彼らが真剣であればあるほど、腹に力を込めて耐えねばならなかった。
「殿下、まだ1つも魔術を行使されていませんが、どうされました?まさかまだ1つも出来ないなんてことはありませんよね?次期国王ともあろうお人が、あり得ませんよね。僕の方は僭越ながら、また1つ魔術を覚えましてね。ご覧ください、ムゥニィー!」
ゼリエルトが嫌味ったらしく私に絡んでくると、私に向けて魔術を行使した。
フワッとそよ風が吹いて、私の前髪を揺らした。
これは風を操る魔術だ。
大した威力はなかったが、窓の開いていない室内に風が吹いたことは間違いない。
教師は大袈裟に感嘆し奴を褒め称えた。
ゼリエルトはやってやった感満載で、完全に見下した顔で私を見てくる。
奴が得意げであればあるほど、前世の映像とCMソングが頭の中を駆け巡ってきて、私には耐え難い苦痛が与えられる。
頼む、真剣に取り組んでいるのは解るから、今は私の方を見ないでほしい。
まじゅつできたの、すごいでしゅね。がんばりまちたね。
とついつい赤ちゃん言葉で語りかけたくなってしまう。ハッと我に返って思いとどまったが。
ダメだ、この知識があるのは私だけなんだ。
わかっていたことじゃないか、最初から。ゲームをプレイしてる時に散々ツッコんだじゃないか、なんで呪文がオムツの商品名なんだよ!アウトだろ!!と。
確かにネーミングが素敵だと思う。覚えやすくて語呂が良い。そして生活必需品ともいえ、広いシェアを誇り知名度も抜群、更には清潔感もあって好意的なイメージしかない。お母さん世代には有難がられる、文明の利器だ。
しかしだからといって。
だからといって、文明の利器違いの魔術の呪文に起用してみようなんて、ゲーム製作者の発想が信じられない。
やめとけよと、なんで誰も止めなかったんだ!
ふざけるなよ!真剣な場面で必死に笑いを耐えなければならない、私の気にもなってほしい!
想像したことがあるだろうか?魔術師達が国家事業等で派遣された挙げ句、工事現場でこの呪文を口々に唱えるのだ。シュール過ぎるわ。
これは決して商品が悪いわけではない。商品のプラスイメージを逆手に取って悪ふざけに走った製作者に非があるのだ。
因みに、治癒魔術はライフリィー、結界魔術はアッテントとなる。ここにきて大人用である。
確かにそれっぽいが、製作者に言いたい。
何を目指したゲームなんだよ、と。
そういえばプレイ中ほとんどツッコミばかりしていた気がする。あきらかに王道乙女ゲームではなく変則型で、プレイヤーを胸キュンとは別方向に楽しませることを意図していたのだと思う。
一応最後の方は恋愛要素もあった気がするが、甘い雰囲気を保ち続けていた場面は割合で言ったら1割程度だった。
あのふざけたゲームが、現実にはこんな殺伐としていてシュールだなんて、誰が想像できただろう。
私はそんなことを考えながら、なんとか震えつつも歯を食いしばり、笑いの波をやり過ごした。
傍目からは魔術が1つも使えないダメ王子が、悔しがっているように見えるだろう。
優越感を隠しもしない視線を右隣から浴び続けているが、私はひたすら笑いを堪えるだけでグッタリしてしまい、授業途中にも関わらず部屋から出ることを決定せざるを得なかった。
やっぱりダメだった。
実際見たら案外平気かもしれないと思ったが、私の覚悟が足りなかったのか、呪文を呪文として見なせなかった。
これではいつまで経っても魔術が身に付かない。なにせ呪文を集中して、まともに唱えられないのだ。
「どうにかしないとな」
敗北感にうちひしがれながら深刻な顔で呟くと、後ろからついて歩くカザランドにもそれが移ったのか、憂い顔で「お気を落とさないでください」と励まされた。
そうじゃないんだ、カザランド。
私が負けたのは、お前が思っているものとは違うんだ。
だけどそのことを説明出来はしないのだから、私はこの孤独に耐えながら現実を受け止めるしかないのだった。
閲覧、ブクマ、評価、ありがとうございます。
コミカルに書けませんでした。
作中に登場する商品名ですが、関連する団体・企業様より、不都合が生じる為削除するように、という要請がありましたら削除致します。その際はお手数ですがご一報いただければ対応させていただきますので、よろしくお願いいたします。
弱小アマチュア小説書きが、いちいち問い合わせたらかえってご迷惑になるかと思い、勝手に使わせていただいております。
しかし私個人としては商品に対してプラスイメージとリスペクトしかないので、ご不快な思いをさせてしまうようなことがあれば申し訳ないです、という心境で戦々恐々です。