表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/21

攻略対象達の現在

医術師からは全治1週間と言われていたと私は記憶しているが、昨日その期間を満了したというのに背中はまだ痛んだままだった。

いや、真面目に安静にしていなかったのだから仕方ないし、大した痛みではないので行動を阻害されることはないが。

むしろ落馬してこの軽症で済んだのが凄い。普通は骨折したり、命を脅かされたりするものだ。乗ってすぐ落ちたお陰なのか、それとも咄嗟に受け身体勢を本能的に取れた私のハイスペック故か。ともかく間違いなく回復に向かっているのは喜ばしいことである。

朝食を終えサンルームで紅茶を飲んでいると、マリーナが本日の予定を確認してきた。


「本日はご学友の皆様と王城にて、まずは教師による魔術指導を受けていただきます。その後歴史の授業を受けられ、昼食はこちらへお戻りになってください。午後からは算術の授業が入っております」


とうとうきたか、魔術の授業。

ファンタジーを銘打つ異世界において、ほぼ必須項目といえる魔法関連の事象。避けては通れないが、私はこの問題には心してかからなければならない。

決意を胸に秘めながらも緊張で顔を強ばらせる私に、マリーナは淡々とした様子を崩さず、しかしどこか柔らかい雰囲気で私を励ましてきた。


「殿下、大丈夫でございます。今はまだ魔術が1つも身についておられずとも、同年代のご学友の皆様が出来ておられるのです。必ずや、殿下も才能が開花されます」

「うむ、その通りだ」


実際私は最終的には、魔術師と呼ばれる条件を満たすことが出来るスペックを持つ男だ。

それについては、ゲームのハッピーエンドが私の才能を保証してくれている。

しかし、その片鱗は今のところ全く私にはなく、学友達が最低1つは魔術を扱える中、私だけが1つも行使できていないのが現状だった。

マリーナの励ましを生意気にも完全肯定する私の姿は、謙虚さとは真逆な為に決して正解の態度とは言えないだろう。しかし彼女は両目を細め、どこか満足げに頷いた。


「殿下の今のお姿を、モーニカにも見せたいものでございます」


そうか、と相槌を打ったものの、私にはモーニカの記憶がない。

今は亡きマリーナの妹だが、嘗ては私の乳母をしていたらしい。子供と一緒に事故で早逝したとのことで、本当に私が赤ん坊の頃しか世話になっていないとのことだが、私のことを可愛がってくれていたと聞く。覚えていない私にとっては知らない他人みたいなものだが、短い間でも育ててくれていたというのは有難いことだと思っている。だが一緒に語り合えるような共通する話題がないので、会話の成立させようがなかった。

それでもマリーナにとって、亡くなっても妹は妹なのだろう。何かの折に触れ思い出すようなのだ。

案外マリーナが王太子付きを続けてくれているのは、私の為というよりはモーニカの遺志を継ぐ為なのかもしれなかった。

それでもいい。どんな理由であれ、私には1人でも多くの味方が必要なのだ。

込み上げる切ない気持ちに蓋をして、私は憂鬱な魔術の授業に赴いたのだった。



王城の一階の奥にあるその部屋は、城の中といえど学習の場であるため過度な装飾や置物はなく、落ち着いた雰囲気をしている。荷物の少なさと広い空間のせいで殺風景に感じられたが、設置されているテーブルや椅子は上質なもので、部屋全体に高貴な者が使うに相応しい品格が漂っていた。

3人いる学友達は、既に皆揃っていた。

カザランドを部屋の端に控えさせ席に着くと、その内の1人が近付いてくる。


「殿下、もうお加減はよろしいのですね。心配致しました。母も殿下の体調が思わしくないと聞き、もし良ければ我が領地に療養に来られないか、と申しておりました。空気もよく、緑も多いのでお心が静まりますよ」

「それはいいな!お祖父様が許して下さるなら、是非行きたいものだ!」


優しげな口調だが軽薄な笑顔を浮かべる亜麻色の髪の少年に、療養とは無縁な元気一杯な返答をして、私はバカみたいに声を上げて笑って見せた。

この少年はキーセント・ゼル・トトゥニーナ・ヒスタニアと言い、外務大臣を務めるヒスタニア侯爵の子息にして、乙女ゲームにおける攻略対象の1人。

女たらしで軽薄で遊び好きな、チャラ男の典型みたいな男に育つ予定である。歳は私よりも1つ上で、現在は9歳。ゲームの設定通りなら、彼の母は彼が9歳の年に観劇に向かう途中の馬車で野盗に襲われて還らぬ人となる。それを機に、母からの愛情の代わりを求めるように彼は年上女性を口説くようになっていく。

父親のコミュニケーション能力と交渉術をしっかり受け継ぎ、甘いマスクと妖艶な夕暮れ色の瞳を武器に、次々乙女達を釣り上げるようになるのだ。

お色気担当のマザコン保健医とキャラ被りするんじゃないかと心配されがちだが、キーセントが積極的に女性を口説くのに対して、保健医は特に積極的には動かず思わせ振りなだけだ。そして好感度が低い内はマザコンを炸裂させており、「ゴメン、母の言いつけを守らないと」「その日は母との約束があるから行けないな」等、ヒロインの誘いを断る理由に母を持ち出す。更には保健室へ突撃すると、いつも異国に居る母からの手紙ばかり読んでおり、なかなか好感度を上げづらいのだ。

その点キーセントは好感度が上がりやすい。しかしある一定までいくと、なかなか仲が深まらないのだ。踏み込ませてくれないというか、かわされるというか。さすが遊び好きなだけあって、掴み所なく逃げられたりする。簡単に本気にならないよ、という感じだ。

ちょっと誉めて慰めるだけで好感度が爆上がりする、どこかの単純バカ王子とはえらい違いだった。

その単純バカである自分のことを思うと、正直ヘコむ。私のキャラ、他と違って全然作り込まれてなくないか?

製作者からの愛を感じられないんだが。外見だけはすごいイケメンなのに、解せん。

それはさておき、キーセントの母親はまだご存命のようだ。

なんとか死亡フラグを回避させれば、あの女たらしは改善されるのだろうか?しかし、私はキーセントと特に交流を深めてないんだよな。

時々遊びにおいでと誘ってはくれるが、なんだか心がこもってないというか。母親から誘うように言われたから言いました感満載なんだよな。私に興味ないと、顔を見たらすぐ解るレベルなのだ。

こんな関係で、果たして私の言うことを聞いてくれるだろうか。考えるまでもなく、無理だと思う。

自分で言うのもなんだが、私には人望がない。絶望的なまでに。

そんな中でバカ正直に未来に起こりうることを説明したところで、根拠もなければ信憑性もない。私の頭の中身が疑われるだけだ。

ここは暫く様子見するしかない。信頼回復に努めなければ、彼は私が関わることを許しはしないだろう。

いつも通り適当な世間話を振ってくるキーセントに、表向きは機嫌良さそうに応じながら考えていると、決して私に好意的ではない態度の少年が近付いてきた。


「馬から落ちたそうで、殿下。大したお怪我もなくてなによりです。にもかかわらず治癒魔術師を所望したとかいう、まったく信じられない噂を耳にしたのですが、まさか事実ではありませんよね?」


私の愚かさを嘲りにきたのは、ゼリエルト・バハラマ・チーフェム・サッセンガルという、サッセンガル子爵子息であるが次期ズィエット公爵という肩書きも持つ。つまりお祖父様の直系の孫である。

彼の父親は公爵位を継ぐ気がなく、お祖父様から他の爵位だけを継承し名乗っているので、公爵位の方はゼリエルトが継ぐことが決まっているらしい。そして次期宰相になるのだとか。そんなことを勝手に決めているが、他派閥が黙っているだろうか。

ともかく彼はプライドの塊で、バカは嫌いを明言し、下位貴族や平民を見下し、自分自慢大好きというゲーム上の設定を完全に体現しており、鼻持ちならない奴として完成されていた。

そう、彼もまた乙女ゲームの攻略対象なのだ。信じられないことに。

青銀の髪と赤い目を持ち、賢さをひけらかしたような整った顔立ちをしている、苦労知らずで嫌味ったらしい奴である。私のバカさ加減を日々指摘し、見下し、お祖父様に報告しては自分の株を上げている。

もちろんゼリエルトのことを私は好きではない。それは向こうも同じだろう。


「なにがいけないんだ?私は王太子だぞ!痛くて堪らなかったんだ、治癒魔術師くらい呼ぶ権利がある!」


私が落馬を無かったことにしたのは知っているはずなのに、敢えてこれみよがしに嫌らしくつついてくる。

とりあえず私は、いつも通り何の考えもなさそうな頭の軽さを露呈させる返しをしておいた。

あまり関わりたくないので真面目に相手をしないで、相手の求める返事をしてやるのが一番だと学んだ結果だった。


「なんて聞くに耐えないことを言うのでしょうね。治癒魔術師の職務の重要性も、自分の立場とあるべき姿も理解していないなんて。次期国王とは到底思えない発言ですよ、嘆かわしい。しかし安心してください。あなたのような考えの足りない方でも、僕が支えてあげますからね。立派に務まるようにしてさしあげますよ、ええ」


やはり嬉しそうに私のことを貶してニヤリと笑うゼリエルト。

完全に私を傀儡にして将来実権を握る気満々である。

そして私を舐めくさっている。多分お祖父様の影響の悪い所が物凄く出た結果だろう。裏ではどうであれ、もっと取り繕えよ。

以前1度だけ、小賢しく向こうの主張を論破したことがあったのだが、負けず嫌いの奴はそれから一層ネチネチ突っかかるようになり、かなり面倒臭くなった。

嫌いな奴に絡まれることほど精神力が削られることはない。私は奴の相手をする時間を短縮するため、バカになってやることを覚えたのだ。

自分が勝ったと思えば満足して引き下がってくれるので、妙案だと思ったが、奴は私のそのバカ発言を誇張して吹聴したりしているため、私の人望を損なわせている原因の一端を率先して担っているのだった。不敬である。

しかし宰相閣下を祖父に持ち、私の学友という立場による情報の確かさと、外面の良さで、圧倒的に向こうが信認されていた。解せん。

まぁ、強権派のサラブレッドだし、対抗しようとするだけムダというものだ。ゼリエルトの更正はお祖父様を宰相から引きずり下ろさないとムリだろうし、お祖父様はいずれどうにかしなければならないが、引きずり下ろす算段なんてまだつかない。ゼリエルトのことはそこまでして何とかしたい程好きじゃないから、関わらないようにしておこうと思う。

もし更正するなら、アカデミーに行ってからヒロインの働きに期待しよう。

あとは、宰相に就かせないように全力で妨害してやる。

まだ案は浮かばないけど、決意だけはしておくことにする。


「それくらいにしておけ、そろそろ教師が来る」


止めに入った理由は私の為でもなんでもなく、これから来る教師と授業を円滑に進める為なのだろう。

普段から寡黙なスライヴ・ミタネリア・ツェヴォーヌ・ランデストが席を立ちもせずに、興味無さそうに淡々と口出ししてきた。

代々優秀な騎士を排出してきた家系で、歴史あるランデスト伯爵家の長男にして、現騎士団長子息である。

言わずもがな彼も乙女ゲームの攻略対象で、私やゼリエルトと同い年だ。

赤髪に紫の目と、いつも険しくも表情の変わらない男らしい顔だち。寡黙なので冷静沈着キャラかと思われがちだが、実は短気で喧嘩っぱやく、腕っぷし自慢だ。

ゲーム上ではDV男、いわゆるドメスティックバイオレンス(家庭内じゃないけど暴力的という意味)で最低男と言われ、些細なミスで(しつけ)と称してヒロインに暴力を振るってきたヤバい奴だった。

私の見る限りでは、今のところは暴力の片鱗を見せていないが。幼少期に父親から、訓練という名の肉体的虐待を受けた為にそうなってしまったらしい。

スライヴが現在虐待を受けているかどうかなんて、もちろん私にはわからない。彼は寡黙であり、ほとんど周りと交流を持たないのだ。表情も変わらないから、痛みを堪えているのかいないのかも不明だ。

彼の更正をしようとしたら、やはり交流を深めなければならなくなるだろう。出来るだろうか。

とっかかりといったら、2人の妹の存在かもしれないが、アカデミーまで出会う予定もないし、アカデミーで出会っても遅いのである。難問だ。

黙り込む私に一瞥をくれ、勝利して満足したゼリエルトが鼻を鳴らして立ち去っていく。

キーセントはではまた、と当たり障りなく挨拶して席に着き、教師の到着を待つ。

この決してお互いに仲良くもない学友3人が、私の将来の側近なのである。

何故彼らが側近候補として選ばれたかというと、年回りが近いのと派閥によるものだった。

強権派寄りの中立派であるヒスタニア侯爵を父に持つキーセント。

強権派寄りの特権派であるランデスト伯爵を父に持つスライヴ。

そして強権派を率いる者の後継者、ゼリエルト。

全ては強権派の安定した権勢を未来に繋ぐ為の布陣。

乙女ゲーム問題もだが、この強権派一強計画の阻止も私は取り組まなければならない。

やるべきことが山積みで頭の痛いことである。

決して空気の良くない室内で、授業開始までの時間経過をひたすら長く感じながら、私は密かに溜め息を溢したのだった。


閲覧、ブクマ、評価、ありがとうございます。

攻略対象達の覚え方。

軽薄→キーセント

嫌味→ゼリエルト

寡黙→スライヴ

ということで。フルネームは長いので、簡単に覚えるならこれです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ