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宰相閣下のおなり

───父上、次はいつ会えるんだろう。ご無事でいてほしいな。

父上が帰ってからしんみりしていると、あっという間に夕方になった。

宰相様がお見えになりました、と取り次ぎがあって、通すように指示を出すとお祖父様はすぐに現れた。

私よりも引き連れている護衛と侍従の数が多……いや、何も言うまい。

それだけ大切な御身なのだ。8歳の何の実権も持たないガキとは扱いが違って当然だ。それに私にお付きの人が増やされても、行動制限されて窮屈なだけだし。少ないなら少ない方が良いんだ、うん。

お祖父様は銀髪を整髪剤でオールバックに固め、上品に整えられた口髭の老紳士という佇まいだった。歳より若く見える、エネルギーに満ちた表情と雰囲気。

ダズカルト・バハラマ・ユトール・ズィエット公爵。他の爵位は息子に譲り渡し領地運営をさせているが、公爵位だけは保持し宰相職を続けている。

赤い目は母上と同じだけど、その瞳に浮かべるのは侮りの色だ。

因みに母上は目だけでなく顔にも無関心と書いてある。母上の興味があるのは、ドレスと宝石と、流行だけだ。私を産んだ後は義務を果たしたと言わんばかりに、後宮に引きこもっている。

年に1回会えたら上等というレベルだ。


「殿下、お加減はいかがですか?」

「お祖父様、痛い所だらけです!なぜ治癒魔術師を寄越してくれないのですか!?」


挨拶もそこそこに主張すると、途端にお祖父様の顔は困ったように、しかし目は嘲りの色を強めて私を(たしな)めた。


「そんなことを申されましても殿下、落馬はなかったことにされたのでしょう?何の名目で呼ぶおつもりです」


その顔を見て確信する。

先制攻撃は完璧だ。

私は悔しげな表情を作って(うつむ)き、両手を握りしめた。


「何とでも理由をつけて呼び出せば良いのです!私は王太子なんですよ!尊い私の替わりはいないんですよ!お祖父様は私のことが大事ではないんですか!?」


大事ではないと思うし、替わりも居るのは解ってる。

だけど私は殊更拗ねて見せた。

私が自分の価値を信じて疑わない、傲慢で身勝手な子供であるとお祖父様に印象付けられれば良いのだ。


「では、やはり落馬したと公表しましょうか?」

「そっ、そんなことはしません!私がそんな格好悪いこと、するはずがないじゃないですかっ。お祖父様はまさか、私が馬から落ちたなんて嘘っばちを信じておられるのですか?」

「殿下が馬から落ちた事実はあくまで、無かったことにされたいのですね」


しかしそれは困りましたね、とお祖父様はわざとらしく肩を竦める。

私の意図がどこにあるのか。確認するように僅かな動きを見せる眼球。

こちらの一挙一動を見逃さないつもりのように目をすがめ、私の価値を値踏みしている。


「もし今回のことが何らかの策略で、殿下のお命を何者かが狙ってのことでしたら、落馬の事実を公表しないことには犯人探しができません」

「それはどういうことですか、お祖父様!私は誰かに命を狙われているというのですか?私は王太子ですよ!私以上に偉いのは父上だけ。それなのに、身分も弁えず私の命を狙う愚か者がいるというのですか!?」


私はすかさず、そんな話は思い付きもしなかったというリアクションをとって、両目をこれ以上ないくらい大きく見開いて驚愕してみせた。

お祖父様はやはり、私がその可能性に思い至っているのかを確認しにきたのだ。

困り顔で私を宥めながらも、冷えきった目で私の観察を続けている。


「可能性の話しです、殿下。ともかく調べてみませんことには。当日、怪しい者はおりませんでしたかな?」

「そんなの知りません。護衛か侍女に訊いてください。私にはどれも同じような者にしか見えません」


個人名なんか覚えてませんよアピールに、解りづらく満足気な気配を漂わせ、しかし一瞬にしてそれを消し去ると、お祖父様は厳しくも真っ当な宰相の顔で私に言い聞かせた。


「殿下。殿下がご存知でなければ、調べようがないのですよ。そもそも、身の回りにいるその護衛や侍女が、信頼の足る人物と断言できますかな?」


別に人払いをしたわけでもない室内で、お祖父様は無遠慮にそれを口にする。

私に警戒を促すよう諭していると見せかけ、その実、使用人達からの信用を私が決して得られないように、話の流れを持っていかれているのが解る。

しかし、ここは乗るしかない。日頃の私なら口にするような、強権派の者達の期待している王族特有の傲慢な言葉を。

もともとマイナス評価なのだ。今さらマイナス要素が増えても、似たようなものだ。


「どういうことですか、お祖父様。私につけられたのだから、あいつらは私を主人と仰いでいるはずです。信頼とかよくわからない話しをする以前に、あいつらは私の言うことを聞く義務があるんです」


どうだ!と胸を張って、さも正論を言ってやったぞと得意げな顔をしたが、今のところお祖父様の思惑が読めなくて、向こうの要求に応える会話しか出来ていない歯痒さがある。

殊更、孫を正しい道に導こうとしている自分の努力を見せつけたいのか、私の無能を晒したいのか。


「殿下、そんなお考えでは困ります。せめて身の回りを固めている者の顔と名前くらいは覚えていただかなければ」

「何故私がそんなことを」

「殿下をお守りするためです。今回の事が何者かの故意でなかったとしても、今のままでは殿下は不測の事態に対応出来ず害されてしまいますぞ」


素性もわからない信用のならない者を側に侍らすならば、このままでは命が脅かされる。

誰もが思い付くその危険性を、今更ながら指摘される。

わざわざそんなことを今言ってくるのは、ここまで会話を誘導してくる理由を、私はやっと、なんとなく察した。


「そんな!お祖父様、それは本当ですか!何故そんなことに!」


私は危険性には気付いていません、という体を崩さなかった。

愚かな王太子は漠然とした命の危機に怯え、顔色を青くし、周囲の失笑を買う。

次にくる言葉は、きっとお祖父様の今日の本題だろう。


「それを防ぐには、殿下ご自身がもう少し周りに目を向けてくださることが必要です。それから、護衛の数を増やしませんかな」


正論の中に、巧みに自分の要求を捩じ込んでくる。

とうとうだ。これが、勝手な婚約者を選んだ私に対するペナルティなのだ。

私の監視を増やし、私の行動を制限させたいのだ。そしてその監視要員を、私が自ら望んで招き入れた形にしたいのだ。


「今までより数を増やせるのですか?」


命の危機を知らされ漠然とした恐怖を抱いている今なら、私は一も二もなく飛び付くだろう。

お祖父様はそれを狙って、実に自然に、私の監視体勢を強化しようというのだ。

そして、私がそれを拒否しないことで、私の信頼が変わらずお祖父様にあるままなのだと、主導権はお祖父様が握ったままなのだと確認するつもりだ。


「ええ、大切な御身に何かあってはいけませんからね。何がなんでも議会に通して、可決させますので」


これで判明した。

今回の落馬の件は強権派の総意で、彼らの意に反して動いた私にお灸を据える為だけでなく、私の監視を強化して行動制限する体制を確立するための布石。

オリシスティスと会って乗馬している際に事を起こさせたのは、あわよくば事態の収拾の責任を取らせるメンバーの中に捩じ込むか、或いは婚約者として足りていないものがある、不吉である、と周りに印象付ける為のものだ。

だが、彼女に対する風評被害はあまり期待していない、ついでのようなものだ。

本題は、今お祖父様が私に要求している方だろう。

1つの出来事にこれだけの利点を求めてくるなんて、どれだけ強欲なんだ強権派は。


「お祖父様ありがとうございます!それなら安心ですね!」


私は満面の笑みを浮かべ、大袈裟に喜んでみせた。

拒否なんかできようはずもない。してはいけない雰囲気だ。

だが、そのまま話に乗って監視が増やされるのは困る。

ここは1つ、バカ王子なりの無理難題といこう。


「それでは、高貴なる者のさらに上位にいる私を守るのは、当然国一番の腕前の者をお願いします!」


一時は良いように転がされる私に、満足している風情の微笑みを浮かべていたお祖父様だったが、私の発言の後で笑顔が固まった。

は?と言わんばかりの驚愕と呆れを感じとったが、声に出さないのは流石朝廷を束ねる者といったところだ。

固まった笑顔も瞬時に動かし、より柔和なものに変えたが、目は決して笑っていなかった。


「…………殿下、それは無理でございます」

「何故ですか!私は父上の次に尊い血を持ち、生まれながらに特権を与えられた、限られた、特別な存在なのでしょう?次期王は私しかいないのですよ!これ以上大事なものはいないはずです!父上の次に!あ、それとも父上が国一番の腕前の者を側に置いているのでしょうか?なら仕方ないので、私は二番でも我慢します。父上は私より上ですからね、仕方ありません」


お祖父様に説得されるより先に、私は鼻の穴を膨らませ興奮気味に(まく)し立てた。

子供の無茶苦茶な要求に、室内にいる誰もがポカンとしている。

それもそうだろう。まさか仮にも王子たる者が、このような愚かなことを臆面もなく言っているのだ。

そしてそれが当然通ると、信じて疑っていないのだ。愚王の予兆である。

国一番の腕前と言われている剣士は、騎士団の中に確かに在籍している。

しかし彼は隊長格として大隊を率いており、日々の訓練や業務、下につくものの教育や統率と、やるべき事が沢山ある。

そんな多忙な男を、子供の無茶振りに付き合わせる訳にはいかないし、なにより彼は平民の出。功績により爵位は得ているが子爵で、派閥は正権派だ。

お祖父様が私の護衛に据えたいのは、自分の派閥の圧力がかかった者なので、全く条件にあわない。

まして、敵対派閥の人間を近衛職に引き上げるなんて冗談じゃないだろう。

因みに、国二番の腕前と言われているのはどこかの傭兵だったはずだ。

毎年行われる剣術大会ではここ2年ほど、その2人が決まって決勝で火花を散らしていた。

もちろん傭兵など怪しげな身分の者を、王城にほいほい招き入れる決定を下すはずもない。

つまり私の要求は、決して通せない論外なものなのだ。


「殿下、そのような聞き分けのないことをおっしゃいますな。城に勤める者は皆優秀です。わざわざそのような大袈裟な護衛を求めずとも、良い者はいくらでも居ます」

「お祖父様、それでは安心できません!万が一すごく強い者が私の命を狙ってきたら、どうしたらいいのですか?私が死んでしまってもいいのですか?それとも、護衛が最低十人は増えるのでしょうか?それくらいは居ないと、私は安心出来ません!」


私はオーバーに怯えて身震いし、必死さをアピールした。

僅かに、お祖父様が苦々しげな顔をする。

数が増えすぎてもお祖父様は困るはずだ。

強権派は少数精鋭だ。私ごときに割ける人員は限られているだろうし、しかも、それだけの数を増やすなら他の派閥の者もある程度混ぜなければ比率が偏り、あからさまに他派閥からの勘繰りを受ける。

今回は私の婚約者にオリシスティスを据えたことから、正権派からも1人2人身繕わなければならなくなるはずだ。私が実力順で選ぶように希望しているのだから、逆に正権派から1人も出なければおかしいことになる。

つまり、他派閥の者の目も入ってしまうことになると、私を御しやすくなるどころが、私をコントロールしている所を見咎められてしまうリスクも出て来てしまい、強権派も行動が限られてしまうのだ。

強権派の思惑を完全に封じれはしないだろうが、抑止力くらいは期待できるだろう。

人払いしてはいないので、この会話は強権派以外、中立派と王権派の者も耳にしているのだ。

この状況下で私を言いくるめたとして、私の「実力者順がいい」という意向は周りに広まるはずだ。

愚かな王太子の戯れ言として、嘲笑混じりに噂に登る。

その情報を得たお祖父様の敵対派閥が、私の新たな護衛が強権派一色、もしくはそれに準じるメンバー構成だったとしたら、きっと何かあると勘づくだろう。

強権派は権力はあるが荒事には向かない人員が多く、正権派は頭脳、腕っぷし、どちらの分野においても、身分低くとも実力ある者が集う。

さぁ、お祖父様、どう出ますか?


「わしの一存ではなんとも。一度持ち帰り検討させていただくが、あまりご期待なさいませんよう」

「ありがとうございます、お祖父様!よろしくお願いします!さすが、お祖父様ですね!!」


期待いっぱいに目を輝かせ、私は今なら何かの祭典で主演男優賞が取れるかもしれないと思った。

予想以上の孫のバカっぷりに、お祖父様は敬遠したような憮然とした顔をして、供を引き連れ帰っていった。

私は表ではお祖父様の素晴らしい提案と孫思いな所を喜び、自分がいかに大事にされているかを自慢げに使用人達に語って聞かせ、内心ほくそ笑んでいた。

あの調子なら、お祖父様の目論見通りにするのは難しいだろうと。

お祖父様だってバカではない。派閥を率いる身なので、私の発言の不味さが解っているはずだ。

私の愚かさが広まるのは望むところだろうが、意向まで伝わるのは遠慮したいだろう。

人を使って情報操作しようにも、私自身がスピーカーになって、新たな護衛に対する不満としてこの話をするかもしれないのだ。

誰の耳に入るかわからない。

そしてまだ、これだけ愚かな私には利用価値があり、廃するべきタイミングではない。

監視はまた改めて、別の機会に増やすことにするはずだ。

もし今回1人2人護衛が増えされたとして、私はカザランドと手合わせさせるつもりでいる。

カザランドはある程度の実力を持っている。その彼より腕が劣ると判断できる者が来た場合、癇癪を起こして辞めさせればいいのだ。

そんなことがあれば、誰も進んで護衛を増やしたくはなくなるだろう。

王太子の為にわざわざ増やしたのに、恩知らずにもそれを自ら難癖つけて辞めさせてくるのだ。仕える相手として、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。

───カザランド、早く戻ってこい。私の護衛はしばらく、お前だけで充分なのだから。

閲覧、ブクマ、評価、ありがとうございます。

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