公爵家の兄妹
お互い立ち上がり軽く握手を交わし、やっと名乗り合うこととなった。
公爵の代役を務めた彼は、ハンスレフと名乗った。
勤続二十年以上のベテランらしい。つまりまだ子供の内から公爵家に奉公していたわけだ。通りで、出過ぎず語り過ぎず、その癖妙な威圧感を放つ掴み所の無さだ。なかなかやりづらい相手だった。
私が噂とは違う人物であるならば協定は結ぶつもりだったと、最初から決まっていたと教えられた。今までの王太子にはなかった行動が目立つので、きっと何か思惑あってのことだろうと端から当たりをつけていたとのこと。
これで本当にただの一目惚れだったら、更に幻滅されていたのだろうな。うん、落馬して良かったのかもしれない……。結果論でしかないが。
つまり彼は、私の人物像を見定める為の面接官だったわけだ。
しかし大事なお嬢様に、いきなり不届きな申し入れをした小僧が、心情的には気に入らないのだろう。協定後といえども、相変わらず全く友好的ではない雰囲気である。
「旦那様にはまた後日、別の機会にお会いすることもあるでしょう」
「そうですか。期待はせずにいるので、どうぞお気になさらず」
私が直接会いたいという意思表示をすることは、会って話したいことがある、という意味が含まれているので必要なことではあったが、意見の擦り合わせさえ出来てしまえば実は会う必要もないのである。
その後の取り決めや情報交換等は誰か人を介して行うものなので、直接会う理由もない。
今後もこのハンスレフが間に立つのか、それとも別の……例えば公爵の子息等がその役を担うのか。気になるところだ。
多分オリシスティスに伝言をさせる気はないと思うのだが。彼女は何かと狙われる可能性の高い人物だ。女性であり、子供で、非力でもある。重要な情報を持たせメッセンジャーにするには、不適格だろう。
私がこれからのことに思考を飛ばし、この話し合いについてをどのようにマリーナに伝えるべきか考えていると、ハンスレフが当然のように確認してきた。
「お嬢様にお会いになっていかれるでしょう?」
「……会わせていただけるので?」
予想外の提案に驚くと同時に、ギクリとした。
てっきり今回は互いに協力しあえるかの確認目的のみで、決して好意的に思っていない私のことを、進んで彼女に近づけようとするとは思っていなかった。
協定は結ぶが、あくまで婚約はその証を示す政略上のものでしかなく、そう考えると用があるのは正権派の方であって、オリシスティスと交友させる必然性はないのである。私が如何に彼女を好きだとしても、私達の関係に協定という名が付いた時点で、向こうにとってそれは重要度の低いものとなっているのだ。
「お嬢様に会いたいという名目で、当家に来られたのではなかったのですか?」
「そうですが。会わせていただけるとは思っていなかったので」
「まさか。殿下は協定相手ですからね。これ以上、口さがない者達に噂の種を与え、悪印象を振り撒かれるようなことになるのは困りますので」
つまりオリシスティスに会わずに帰ることは、婚約者に会いたくてアポなし突撃したものの、目的の人物に会えずすごすご帰ったということになる。それでは周囲に嘲笑われるのが目に見えているので、やめてほしいということだろう。
「……迷惑をおかけする」
「いえいえ、今更でございます」
「……」
「お嬢様は丁度授業も終わりまして、庭園でお茶会の準備を整えてお待ちいただいているかと。お付きの方々と一緒に、侍女に案内させましょう」
気遣いという言葉は、私に対しては適用させないことにしているらしい。
楽しいか?いたいけな8歳の子供にそんな大人げない対応をして。
憮然として黙り込む私に、素知らぬ顔でハンスレフは侍女を呼び寄せ、別室待機していたマリーナとカザランドとも無事合流できた。
公爵家の侍女はニコリと愛想笑いをすると、「それでは殿下、わたくしのような者で務まりますかどうか心配ではございますが、ご案内させていただきましょう。なにせ王家では、婚約も訪問も突然するようにと教育されていらっしゃるようで、当家とはお育ちが全く違うようですから。粗相をしてしまいましたら申し訳ございません」とわざわざ長い嫌味を披露した上で方向転換し、さっさと歩き出してしまった。
大分嫌われている。
私が侮られているのもあるだろうが、すごいな公爵家。一応王太子相手なのだが、臆せず嫌味が言えるとは。
公爵の方も情報が漏れないように、一部の者だけであの場を設けたのだろうとは思っていたが、この調子だと公爵家にいる内は大変居心地が悪い思いをすると簡単に想像できた。
丁寧な態度と笑顔で接してくるが、言葉のみでこちらを抉ってこようとするのである。ここはアホ王子らしく、嫌味に気が付きませんでした、ということにして笑っておこう。
いや、私は嫌味に気付くスキルは本当は高いのだ。だから昔からよく、腹をたて癇癪を起こしていた。
しかし他人様の家に突然来た挙げ句、いつも通りの反応をしようとして癇癪を起こすのは得策ではない。この場合は臨機応変に、嫌味とも気付けないバカ王子作戦でいこう。
と、私は現実逃避気味に考えていた。
今問題とすべき点はもっと他にあるのだ。しかしどうしたらいいのか、結論が全く見えない。
どうしよう。とってもエマージェンシーなんだけど、どうしよう。
内心の混乱を悟らせないように顔に笑顔を貼り付けたままでいると、侍女の言葉に申し訳なさそうな顔をしていたカザランドが気を取りなすように、「良かったですね、殿下」と声をかけてきた。
「やっとオリシスティス様にお会いできますね」
「それなんだがな……」
先導する侍女と充分な距離があるのを確認してから、私は声を潜めつつ意を決して告げた。
「どうしよう、マリーナ、カザランド」
「どうされました、殿下?」
「まさか会わせてもらえるなんて思っていなかった。私はオリシスティス嬢と何を話したらいい?頭が真っ白だ、何も思い浮かばない」
「殿下?!」
そんなまさか、とカザランドが驚嘆している。カザランドには今回訪問の本当の目的を告げていないから、何をしに来たんだよ!と思っているのかもしれない。
マリーナは公爵家の侍女に嫌味を言われてもずっと無表情と無言を貫いていたのだが、今は僅かに眉根を寄せ私に厳しい目を向けてくる。
「落ち着いてくださいませ、殿下。冷静になられれば、殿下は誰よりも聡明にございます。正しいご判断ができるものと」
「いや、だって。私の印象最悪だろう?この間の落馬の件だって、巻き込んでしまって。どう謝ればいいんだ……」
冷静とはマリーナの為にある言葉なんじゃないだろうか。そう思えるほど落ち着いた様子の彼女の助言を、今の私は全く活かすことができない。
だってあの時、一歩間違えばオリシスティスも怪我をしていたかもしれないのだ。ろくに会話したこともない状態、しかも婚約宣言後の初顔合わせで、あれはないと思うんだ。
「落馬したのは殿下で、お怪我をしたのも殿下ですから、むしろ労っていただけるのでは?」
「カザランド、違うぞ!いや、違わないけど、そういうことを言っているわけではないんだ!」
「殿下、落馬は無かったことにされたのでは?」
「はっ!そうだった、どうしよう。しかし対外的には無かったことにしたが、オリシスティス嬢は当事者みたいなものだし……」
「殿下、冷静になられませ」
事情がよく解っていないカザランドは、何がいけないのか解らないというように首を傾げ、マリーナはひたすらに理路整然と私を宥めにかかる。
マリーナにもっと具体的に、どんなことを言ったらいいのか言葉そのもののアドバイスを貰いたいものだが、彼女は最初の時点で私が冷静になれば正解を出せるみたいなことを言ってきた。つまりは自分で考えろといっているのだ。
女性と何を話したら好印象を与えられるんだ?いや、そもそも向こうは私を嫌っているのではないか?あんな偉そうに婚約の申し込みをしたんだ。
おまけに落馬なんて恥ずかしい所を見られたし、その後それを無かったことにしたなんて。当然事情を知らないだろうから、事実を認められない潔くない男と思われているかもしれない。良い印象を持ってもらえる要素が1つも思い浮かばない!
ダメだ、考えれば考えるほど悲しくなってくる。
ここは他の人が女性とどんなやり取りをしているのか、情報収集するのが先だ。なにせ私の身近に居る女性といったら侍女のみで、使用人という扱いばかりをしていたので、女性として扱った会話をしたことなどないのだ。つまり、女性との会話をそもそもしてこなかった。
それが突然同年代の少女とのお茶会なんて……どうしよう。心の準備もまだ整わない。会うまでに間に合うだろうか。
「カザランド、そなたは女性とどんな話を日頃している?」
「うーん、俺は母と婚約者くらいとしか話しませんし、婚約者も幼なじみなので気の置けない相手なので、別段気を遣うようなこともないですし」
「なに、カザランド婚約者が居るのか?結婚式はいつだ?ちゃんと私も呼んでくれるか?」
カザランドも年頃だし、もうそろそろ結婚してもおかしくないだろうと食いつけば、またも冷静なマリーナの声が割って入ってきた。
「それは無理でございます、殿下」
「何故だ」
「警備の都合もありましょうし、宰相様が外出自体をお許しにならないかと。なにより、一部下の結婚を逐一祝われるおつもりですか?」
「……そうだな、無理だ。すまない、ちょっと考えれば解るのに。動転していたようだ」
まったくもって彼女の言う通りだった。
私って、結婚式もおいそれと参列できない不便な身なのだな。
改めて実感して項垂れると、何故かカザランドが申し訳なさそうに頭を下げる。
「申し訳ありません、殿下」
「謝るなカザランド。悪いのは私だ」
そうこう話している内に私達は侍女の案内で、季節の花が咲き誇る庭園に出ていた。
用意されたティーテーブルには2つの人影があった。
その後方には数人の侍女達が控え、談笑している2人を見守る空気が暖かい。
私に向けてくる冷ややかな視線とは大違いだ。
遠目からでも目立つ、輝く背中まである金髪の小柄な後ろ姿を見て、私の心臓が高鳴る。
あぁ、心の準備が完全に間に合わなかった。
後悔が胸に去来すると同時に、愛しい少女の姿を視界に捉えることができて歓喜もしている。
彼女の顔を見たわけでもないのに、何故こんなにも嬉しいのだろう。
先導していた侍女がもう1人の人影の方に耳打ちをし、その人物はやっとこちらに気付いたというように視線を向けてきた。
鳶色の髪と翡翠の瞳は公爵の特徴そのものだったが、顔立ちはどちらかというと綺麗系で中性的だった。オリシスティスよりも身長があることは座っていても明白なほど、私達よりも歳かさに見える。恐らく十代半ばといったところだろう。
「お初にお目にかかります。僕は当メンディエンズ公爵家の長男、アッセルマン・ノーティリア・ダカール・メンディエンズと申します。クライエス王太子殿下であらせられますか」
一応確認の体はとっているが、知らないわけはなかった。
立ち上がり一見人好きのする笑みを浮かべる少年は、よく見なくとも目元が笑っていない。
完全にこちらを牽制しようとしている。私の肩書きまでしっかり確認してくるところに、公私を越えてまで仲良くなる気はないぞ、という強固な意思を感じた。
オリシスティスに会わせてもらえるのも彼が居るからだろう。アッセルマンが居ることで、万が一ワガママバカ王子の無理難題が飛んで来たとしてもオリシスティスを守ることが出来るとか、必要以上に馴れあわせずに済む、という思惑があるのだろう。
なるほど、完全にこの婚約を義務として扱いたいわけだ。
非常時にはこちらを切り捨てられるよう、彼女が下手に情を湧かせてしまわないように、向こうの対策は万全といえた。
協定とはいっても現状はまだ信頼も何もない、私の王太子という肩書きのみに価値を置いた不安定なものなわけだ。気を抜くつもりは端から無かったけど、破滅フラグ回避もオリシスティスとの良好な関係作りも、成果を期待できるまではまだまだ先が長そうである。
「うむ。いかにも、私はクライエス・フィストア・バハラマ・ノースアークという。本日はムリを言ったが、時間を取ってもらい感謝している」
「ええ、殿下の御為ですからね」と恩着せがましく微笑み、彼は空いている席を勧めてきた。
素直に席に近づくと、先ほどの場所からは背中と後頭部しか見えなかった少女が立ち上がり、私に向かってニッコリと完璧な淑女の笑みと礼をとる。
「殿下、ようこそおいでくださいました。申し訳ありませんでした、丁度わたくしは授業中だったもので。すぐにはお会いできず、お待たせしてしまいました。お加減はもうよろしいのですか」
身長は残念なことに、私より少し高い。そもそも私も小柄な方なのだ。しかし彼女はやはり少女であるため、体つきは私よりも華奢だった。
太陽の光を浴びてより一層美しさを増す金髪と、どんな宝石のきらめきにも負けない翡翠の瞳。すべらかな白い肌はふっくりと柔らかい曲線を描き、まだ発展途上と言えるが確かな美貌が浮かべる微笑みは、見るもの全てを惹き付けるのではないかと思えるほどに、気高くも神々しく。彼女の持つ愛らしさとのアンバランスさが、目を離すことが惜しくなるほどの魅力に見える。着ているオレンジのドレスも一層可愛らしさを引き立て、文句なく似合っていた。
天使がいる。
あまりの感動に胸が詰まってしまったのか、言葉が出ない。
彼女こそが、私の想い人。
オリシスティス・ノーティリア・ダカール・メンディエンズその人であり、十日以上ぶりに会えた、私の婚約者である。
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やっと本作ヒロインが登場できました。




