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王立図書館

王宮の外れにあるトリスタンテ宮殿へ向かう道は、用のある人間が限られるせいか徐々に人気が無くなっていく。人目が無いのを確認すると私は背後を振り返り、笑顔で告げた。


「ではここからは別行動だ。いつものように頑張って私を探してくれ」


殿下?と怪訝そうに呼び掛けてくるカザランドを気にせず、今日はどこへ逃げようかと考えを巡らせる。

裏庭、池の周りの茂み、(うまや)、イングリッシュガーデン(この世界に英国なんかないけど)、色々隠れてきたけど、今日はいつもと趣向を変えて図書館にでも行ってみようか。ちょっと調べたいものもあるし。

入館記録が残ると厄介だから、どうにか方法を見つけて侵入しよう。

行き先も決まり、あとは向かうだけなのだが、どうやらカザランドは釈然としないようでこの場を動こうとしない。

私はやれやれと生真面目な護衛でもノリやすいように、ルールを提示することにした。


「10数えてくれたら、その内に私はそれなりの距離を稼いでみせるから、ちょっとここで目を閉じて立ち止まってくれたらいい。かくれんぼみたいなものだ。カザランドが探す役で固定だが」

「何をおっしゃいます殿下!本気ですか?それでは俺は護衛の任務が果たせないじゃないですか。その内に殿下に何かあったらどうするのですか?」


しかし私の説明はかえってカザランドの反感を買うだけだったようだ。

決して騒ぎ立てるような声量ではないが心配の色濃い様子で、とんでもない提案を耳にしたようにギョッとして言い募ってきた。


「大丈夫だカザランド、今はまだ本気で命を狙われるようなことはない。そうならないように、いつも通り振る舞う必要があるのだ」

「殿下のおっしゃる意味が解りかねます。何を根拠にそのようなことをおっしゃっているのですか。宰相閣下にも命の危機を示唆(しさ)され、怯えておられたのではないのですか?」

「そなたこそ何を言っているのだカザランド。お祖父様の言葉が本当に響いたのであれば、私が次々と使用人や護衛を辞めさせたことと辻褄が合わなくなるだろう?本気で命が惜しい人間が、いざとなったら自分の壁となってくれる使用人の数を減らすと思うか?」

「……思いません」


断固として指示を受け付けないという姿勢を示す部下に殊更呆れて見せ、私は自分の正当性を主張する。

根が素直なカザランドは、それであっさり説明には納得の意を示した。私はニンマリしてすかさず畳み掛ける。


「そうだろう?私はお祖父様の言葉に怯えてみせたが、実感が全く伴っていないということだ。言葉の響きは怖いが、具体的にどういうことが起こるか想像がついていない。何故なら私の命を狙う企みなど、実際には存在しなかったのだからな。それ故に普段通りに警戒心なく振る舞う。子供とはそんなものだ」

「何故でしょう。殿下のおっしゃることは最もだと思うのですが、殿下のお姿を見ていると釈然としないものを感じるのですが」

「そうか?疲れでも溜まっているのかもしれないな。休憩時間にはよく休むように」


そ知らぬ顔で嘯くと、カザランドは諦めたように溜め息をついた。


「しかし、殿下の護衛が出来なければ俺は何のためにお仕えしているのか、存在意義が問われるのですが」

「不満はあろうが、今はこれが最善手であることを納得してもらうしかないな。逆に問うが、そなたは日頃から私に四六時中付き従うことが出来ていたか?」


ややの沈黙の後カザランドは歯切れ悪く、いえ、と返してきた。

カザランド、別に恥じることはないんだ。悪いのは護衛を撒いて逃げ隠れする、護衛を遊び相手としか認識してなかったアホ王子なのだから。

カザランドの優しさに私が甘えまくっていた結果であるが、彼は職務を放棄してきたかのように、恥じ入るような沈痛な面持ちで項垂れる。

こんな顔をさせている原因は私なのだが、なんだか申し訳なくなってくる。だが、カザランドの気持ちを浮上させる為とはいえ、その意向を通すわけにはいかない。


「では、今の状況は普通ではないな。授業にも出て日頃の元気が戻った私は、せいぜい普通通りに振る舞うとする。カザランドも頑張って私を見つけ、職務を全うしてくれ」


敢えて良い笑顔で激励して、私は走り出した。

これからも王太子付きを続けていくなら、騎士道通りにいかないことや、理想と違うことは多々あるだろう。

それでも負けずに、強く生きてくれカザランド。

心の中で合掌して、立ちすくむ護衛を残して予定通り図書館へ向かうことにした。



図書館とはいうが、そこは王城の一階の奥にあった。

入館許可証さえあれば平民でも入ることは出来るが、案内の者が一緒でなければ図書館までは辿り着けない。

まずは外門で門番に身分・身元・要件を告げ入城許可証を見せ、内門、総合案内所、案内人に同じ事をし、最終的に図書館でも司書に取り次ぎをしてもらい同じように身元を明らかにした後、図書館入館許可証を確認された後に入館を果たすのだ。

外部から図書館に入るのはこのように、いろいろ手間がかかる。

しかしもともと城に居るのなら話は別だ。

入館許可証を司書に見せ、認められたら入ることができた。

因みに入館許可証は国に発行してもらうのだが、図書に関わりある貴族の紹介状、もしくは業務上必要とするという証明書、図書館維持費という名の寄付、そして専用の用紙による事前の申請が必要となる。

最短で1週間程で入館許可証は発行されるが、もちろん私は持っていない。

王太子なので顔パスが認められそうな気はするが、そんな日頃立ち寄らない場所に現れたことがお祖父様の耳に入れば警戒されてしまう。

なので、こういう時の王道として窓からの侵入を試みることとした。

幸い天気も良いことだし、換気の為に開けていないだろうか。

図書館のあるであろう場所に外側から回り込むと、確かに換気はされていたが開いていたのは上窓だけで、しかも隙間は僅かだった。当然、私の手の届かない位置にある。

私が特別背が低いわけではない。年齢的にも致し方ないのである。

それでも諦めきれずに不審者のごとく周囲をウロウロし、良い窓はないか探っていると、窓際に人影が見えた。

近付いてみると小柄な少年が、分厚い本を何冊も抱えて窓際の机の上に運んできた所だった。そこは図書館からすれば奥まった、棚と棚の間にある死角のようなスペースだ。

このおあつらえ向きな状況に、思わず私はほくそ笑んだ。

この少年に開けてもらおう。

知り合いではもちろんないが、緑色の特徴的な髪と長い前髪に見覚えがある。こんな所で出会うとは思わなかったが、ここで知り合っておけばまずまずの収穫となる。

俄然、今すぐ中に入りたくなった。

私は握った拳で窓をコンコンと叩き、向こうの注意をこちらに向けようとした。

始めは全く気付く素振りすら見せなかったが、ずっと続けていると鬱陶しかったのか顔を上げ、キョロキョロと何かを探す素振りを見せ始めた。

それほどかからずに、目があった。


「……」

「……」


私は無言を貫きながらも窓を叩くことをやめず、にこやかに手を振った。

向こうはあからさまに嫌そうな雰囲気を滲ませたが、しぶしぶといった感じで窓を開いた。因みに視線はすぐに外された。


「……何か用?」


ボソリと、(かす)かに聞き取れる程度の質問だった。

聞きたくて聞いているわけではなく、それを口にしなければ読書の妨害をされることが解っているから、背に腹は変えられず嫌々した問いのようだった。


「入れて」


小首を傾げて可愛らしくおねだりしてみた。


「ムリ」


端的に拒否して窓を閉じようとする少年に、すかさず窓枠に手をかけて私は壁をよじ登った。


「どうしても気になることがあるんだ、魔術について」

「魔術?なに?」

「まずは中に入ってから落ち着いて話したいんだが」


私の言葉が効いたのか彼は窓を閉ざすのをやめ、数歩下がって私の降り立つ場所を確保してくれた。

窓枠に座ることに成功した私は、人好きのする笑顔を浮かべながら質問をぶつけた。


「どうして魔術は何かを操ったりするだけなんだ?何かを作ったり、別の作用をさせることはできないのか。そなたは知っているか?」

「そもそも、君は魔術が何であるのかを知らないのかい?基礎理論講座で説明を受ける初歩知識のはずだけど。魔術とはもともと古代に滅んだ魔法というものを参考にして作られた、魔力を持っている者が誰でも同じように力行使できるようにと考案されたものだよ。存在していた魔法で、どうしてそういう作用が起こせたのか仕組みが解明されたものを、その作用と同じ現象が起こせるように術式に興し、更にその術式をあまねく世界に普及できるように呪文に変えたもので、呪文の発音を正確にすることと対象に適切量の魔力を込めることで誰でも簡単に同じ術を行使できるようになっている。しかし、個人によっては生活環境や国柄、出身地域、所属民族の影響で発音の難しい音もあったりするから、公用語をマスターしてる人間の方が魔術の習得には有利だね。治癒魔術と結界魔術は多分、より上質な魔力、おそらく聖魔力辺りの素養があれば習得は容易だろうけど、こればっかりは生まれつきのものだからね。魔術式をしっかり頭の中で思い描けていて、術式を行使した後の結果もしっかりイメージ出来ていたら、上質な魔力持ちでなくても行使出来るとは思うけど。なかなか難しいよね。術式を全部覚えるって結構膨大な量だし、同時進行で魔術を行使した後の結果もしっかりイメージしなきゃいけないわけだし、そんな面倒をするくらいなら正確に呪文を唱える努力をした方がいいよね。それから魔術で何かを作りたいみたいなことを言ってたけど、それこそ魔法だよ。魔法は自然界に居る妖精とかいうものや、別の世界に居る悪魔といのを呼び出して契約しなければ行使出来ないもので、自分の命を差し出さなければならないんだ。リスクが伴う方法だし、妖精は乱獲や自然環境の破壊により絶滅したと言われている。悪魔を呼び出す方法は禁術として禁書庫に封じられているらしいから、僕らみたいな一般人には見れないよ。自分の命を代償にしてまで何かを生み出したいわけじゃないなら、オススメはしないね」


おそらく魔術バカである彼は、魔術に関する問をぶつければ反応をしてくれると思っていた。

案の定、私の質問を受けて彼は饒舌になった。

間違いない。彼こそ乙女ゲームの攻略対象の1人、魔術オタクで引きこもりでコミュ障のロイフォン・ワーゼン・ニムル・ケゴールだ。

まだ幼少にも関わらずこの知識量。人に聞かせる気の無さそうなウンチク。目を合わせずに一気に言いたいことだけを言い、脱線し放題で会話のキャッチボールとは無縁そうな口上。

しかし得るものはあった。呪文を唱えなくても魔術を行使する方法が見えてきた。


「なぁ、術式を覚えてしまえば、呪文を言わなくても魔術が使えるということか?」

「理論上は可能だよ。けどそれには並列思考が出来ないとだけどね」


まだ続きそうだった魔術話を遮って質問したのだが、少年は嫌な顔一つせず返事をしてくれた。もちろん視線は合わないままである。

何の気なしに机の上の本を眺めていて気付いたことがあったが、あえてそれには触れずに自分の要求だけを持ちかけることにする。


「そなた、魔術に詳しそうだな。私にその術式とやらを教えてはくれないだろうか?」

「いやだ」


やはり即否定された。しかし私には秘策がある。

応じてくれるまで、めげずに食い下がっていく所存である。


「そう言わずに。そなた、その様子だと魔術師の条件を満たしているのだろう?全種類行使出来るのか?」

「まぁ」

「それは退屈だろう。その歳で、もう目標が無くなってしまったようなものだとはな。なればこそ、弟子をとってその暇を埋めてみないか?実は私には夢があってな、新しい魔術を生み出したいと思っているのだ」


夢という程でもないが、新しい魔術の必要性は感じているので、出来たら良いなぁくらいの軽い気持ちのものを大袈裟に夢と言い切ってみた。

すると「新しい魔術」という単語に反応し、少年の表情がピクリと動いた。目元は前髪に隠れて見えないが、多分キラリと光っているのではないかと思う。


「その為にはまず魔術を使えるようになりたいのだが、私は魔術の師に恵まれていない。今聞いてみて思ったのだが、そなたの説明は解りやすいし、魔術省長官のように理解が深そうだ。是非とも師事をしたい。そしてそなたなら、私の考える魔術理論に光明を射してくれるように思うのだ。どうだろう?」


私は勝利を確信しながらも窓枠から飛び降り、その際に使った膝のバネを完全には伸ばしきらずに上体を傾げさせ、あざとく上目遣い気味に少年を下から覗き込んだ。

僅かに窺えた目元が、朱に染まっている。


「そこまで言うなら仕方ないね。魔術を作りたいなんて言ってる人、父さん以外で初めてだよ。父さんでさえまだ実現出来てないのに、魔術も扱えない君にはムリだと思うけど。僕なら確かに……魔術省長官の息子である僕なら、力にはなれると思うね」


珍しく会話らしい会話が成立していることを、彼は気付いているだろうか。これは好感度が上がった証拠である。

姑息な手で悪いが、ゲームでヒロインが使った手を活用させてもらった。

「あなたに弟子入りさせて!」「叶えたい夢があるの!」「魔術省の偉い人みたい!すごい!」である。父に対して並々ならぬ憧れがあるロイフォンは、幼少の頃から魔術研究に人生を捧げ、人との関わりを絶ってきた。

お陰でコミュ障街道まっしぐらで、孤高という名のぼっちとなるのだ。ヒロインに肯定的な発言をされることで、初めて社会的欲求が満たされ、それをきっかけに性格改善をしていくこととなる。

因みにバッドエンドは魔物大量発生からの王国滅亡エンドだ。

あまりにも研究することが無くなり過ぎて、魔物の繁殖か何かに興味を持ってしまったのだろう。詳しくは解らないが。

そして今正に、驚くべきことに魔物に関する本を読み漁ろうとしていた。

まさかこんな子供の頃から、バッドエンドフラグを打ち立てようとしていたとは。恐ろしいことである。

これは破滅フラグを壊すためにも、研究にしか興味のない彼に新しい研究対象を与えるしかない。

そう判断しての働きかけだったが、思いの外うまくいった気がする。


「僕はロイフォン・ワーゼン・ニムル・ケゴール。君は?」

「私はフィス。よろしく、師匠」


フルネームはわざと名乗らないことにした。

向こうは私を知らないようだし、あえて王太子であることを教える必要もない。

名前と身分を知られた上で、弟子入りはやはり認められないと断られても困る。

私の名乗りに向こうは僅かに首を傾げたが、気にしないことにしたのか軽く頷いた。


「ああ、よろしく。新しい研究の為にも、試しに君を弟子に迎え入れることにするよ」


うっすら口元に笑みを浮かべるロイフォンに、私も邪気なく笑いかけ、ひとまずの友好の証としたのだった。

閲覧、ブクマ、ありがとうございます。

なんとカテゴリー恋愛なのに、まだ本作のヒロインは出てきていません。

次の次には、きっと……。

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