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「あんまりじゃないか……」


 すでに幻灯は消え去り、いつの間にかアンジェラの部屋の中に戻ってきていた。

 正確には、意識がアンジェラの記憶から戻ってきたということなのだろう。


「あんまり、ですか」

「そうだろう!」


 トーマスは声を荒げた。

 愛する娘の気持ちを踏みにじった男に対して、憤りを隠せずにいた。

 対するクロックは微笑みを消してアンジェラを見下ろすだけだ。


「あの男は、あのリカルドという男は! 娘の思いを踏みにじったんだぞ!」

「そうですね」

「ひたむきに愛そうとするアンジェラを、あいつは裏切ったんだ!」

「トーマスさん」


 クロックは取り乱すトーマスに視線を向けた。


「でも、彼女は戻って来ました。あなたが正しかったことを知って、あなたのもとに帰ってきたんです」

「当たり前だ! あんな男についていくはずがない!」

「では、なぜ今のアンジェラはこうなってしまったんでしょうかね」


 クロックはアンジェラを指し示して尋ねる。


「そ、それは……」


 トーマスは言い淀む。

 ちらりと視線を向けた先にアンジェラの姿があった。


 けれど、今の彼女は尋ねても答えてはくれない。

 息はしている。心臓も脈打っている。

 確かに、生きている。


 それなのに、彼女の意識は長い眠りからずっと覚めないでいる。


 原因を、クロックの口から聞いたわけではなかった。

 聞いたとしても、自分に理解できるとは到底思えなかった。


 しかし、わからないことだらけの中でも、確かにアンジェラの〝時間〟は彼女の中に流れていた。


 ふと、クロックは微笑みを浮かべて言った。


「俺にできるのはここまでです」


 トーマスは耳を疑った。

 ここで仕事を投げ出すのかと詰め寄った。


「娘はっ、アンジェラの意識はどうなる!」

「戻りますよ」


 クロックは手に持った懐中時計の蓋を閉じてポケットにしまい込んだ。


「アンジェラは戻って来ます。それには俺の言葉じゃなくて、彼女の家族の言葉が必要なんですよ」


 トーマスは押し黙る。

 少なくともクロックが仕事を投げ出そうとしているわけでないとはわかった。


「本当に、本当に娘の意識は戻るのかね?」

「ええ、戻りますよ」


 クロックは大きく頷いた。

 彼は見たのだ。娘がどんな思いで家を飛び出し、どれほどの悔恨を抱えて戻って来たか。


 どれほど惨めだっただろうか。

 どれほど罪悪感に苛まれただろうか。


 トーマスはもうアンジェラの本心を知ったはずだ、とクロックは微笑む。


「だから、どうか奥様と一緒に彼女に声をかけてやってください。俺にできることは全てやりました。最後の仕上げは、彼女が求めてならないものでしか、できないことなんですよ」


 アンジェラの小さな息づかいさえも聞こえてきそうだった。

 クロックは去り際に一言告げる。


「トーマスさん。あなたはもう気づいているはずですよ。彼女の〝時間〟を取り戻す言葉をね」


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