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 エルジン市までは乗合馬車を乗り継いですぐだった。

 汽車を使えばもっと早いが、運賃を考えると足踏みしてしまう。


 噴水のある駅のそばで人に道を聞き、それから今度は歩いて向かう。

 ちょうど牛乳売りの男がロバに荷馬車を引かせていたので、クロックは駄賃を払って乗せてもらった。


 一刻ほどして目的の屋敷についた。


 エルジン市の郊外にひっそりと佇むその屋敷は、周囲を小麦畑に囲まれており、外からでも見える手入れのされた庭園が見事なものだった。



 クロックは門番らしき守衛に声をかける。すると守衛は予定表をぺらぺらとめくって彼を中に入れて玄関まで案内してくれた。


 屋敷に入ると、ロビーには多種多様な調度品が陳列してあり、視線がさまよってしまったが、すぐに屋敷の主人らしき男が現れたのでクロックはよそ行きの顔を貼り付けた。


「ベルトルトさんからのご紹介で参りました。クォーツ時計店のクロックと申します」

「エルジン市の市議をしているトーマス・マクレガーだ。わざわざ遠いところをすまない」

「いえいえ、こちらこそお待たせしてしまって」


 お決まりの挨拶もそこそこに、彼は応接室に通された。

 出てくるのは高級そうな茶菓子に、クロックが飲んだこともないような香り高いコーヒーだった。


「まあ、まずはくつろいでくれ」

「はあ……」


 これは面倒だ、というのがクロックの直感だった。

 この手の仕事は初めてではないし、むしろ専門とするところだが、こうして最初にこちらをもてなそうとする手合いは決まって問題が多い。


 もっとも、それは面倒な客というわけではなく、要望が難しいという意味で面倒だった。

 とはいえ、ここで帰るわけにはいかない。ベルトルトの紹介で来た以上、何も聞かずに帰るなんて、彼の顔を潰すようなことはできるわけもない。


 クロックは茶菓子のクッキーをひとつ、コーヒーを一口飲んだ。強めの甘みにコーヒーの苦みがちょうどいい。ほどよい酸味もあって飲みやすかった。常飲するには高価だが、たまに出先で飲む分には申し分ない代物だ。


 さすがはエルジン市の市議会議員といったところなのだろう。

 クロックは居住まいを正して言った。


「単刀直入にお聞きしましょう。取り戻したい〝時間〟は何でしょう?」


 トーマスはコーヒーカップに口をつけて、それからゆっくりと置いて小さくため息をついた。


「なんと言えばよいか。実は氏に頼みたいのは――」

「クロックで構いませんよ」

「ああ、ではクロック君と呼ばせてもらおう。それで、クロック君。君に頼みたいことなのだが、実は……」


 トーマスは俯いてしばらく考え込んだかと思うとこう言った。


「物ではないのだが、大丈夫だろうか」

「……少なくとも時計でないことはわかりましたが」


 実際に品を見せてくれなければ、取り戻せるものも何も始まらない。クロックはさらに促した。

 しかし、トーマスはコーヒーでため息を流し込んで言った。


「……まあ、見てもらった方が早いだろう」


 クロックは首を傾げたが、トーマスの案内で応接室を後にした。

 トーマスの後ろに続くと、彼はどんどん屋敷の奥へと進んでいった。

 さすがのクロックもそこが家人の生活スペースであることを悟る。


「マクレガーさん。大丈夫ですか?」

「気にする必要はない。取り戻したいものは、この先に()っているのだから」


 奇妙な表現だと思った。

 しかし、トーマスがある部屋の扉を開けたところで、なるほど、眠っているという表現はふさわしいものだと得心せざるを得なかった。


「娘のアンジェラだ。もう三年も眠ったままなんだ……」


 トーマス・マクレガーの取り戻したいもの――それは娘の〝時間〟だった。


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