第6話 告白
「アマンダ・ウォーカーです! アメリカから来ました! よろしくです!」
「質問です! 大和さんとはどういった関係なんですか!」
「私のボーイフレンドです!」
「二人はどこで出会ったんですか?」
「昨日、学校の前で会いました……!」
「どうして付き合うことになったんですかー?」
「一目惚れ、です!」
「ヒュー!」
教壇の横に立っているアマンダにクラスの皆が思い思いに質問をぶつけていく。そしてそれに嘘偽りなくハキハキ応えていくアマンダ。皆の好奇心に満ちた視線が俺の背中に嫌という程に突き刺さっていく。
そして雪乃先生もまさかの展開にカチコチになってしまっているようだった。もっとも、クラスに手っ取り早く馴染んでしまったアマンダにあまり心配しなくてもいい、というのは大きかったかもしれないけど、それ以上に彼女は化け物だったわけで……
「ま、まさか、編入早々アマンダさんに彼氏がいるだなんて……」
「ゆ、雪乃先生は俺たちがいますよ!」
「ええっと……質問、いいですか?」
渡辺の少し前に座っていた六花さんまでもが質問組合に加入してしまう。恐る恐る手を上げた彼女は、周りが静まり返った辺りで、声を震わせながらぽつりとつぶやいた。
「お二人は……キスとか……されたのですか?」
「Oh…」
「わー、私もそれ気になるー!」
「どうなんだよ! どうなんだよアマンダさん!」
雪乃先生が口から魂を抜かしている中、周りの男子女子が畳みかけるように彼女に尋ねる。それにアマンダはどうしていいか分からなくなったようで、顔を真っ赤にしてそわそわと視線を動かしてしまっていた。
そして、こちらを見ながら「どうするの、どうしたらいいの」と呟いた。声は聞こえなかったけど唇を読んだら何となくそうだとわかるぞ。だが俺にはどうしようも出来ない……早くこの状況が終わって欲しいと願うばっかりで俺も辛い……
「言えないってことはやっぱりそう言う事なんですか!」
「わー、やっぱり向こうの人はおっとなー!」
「え、ええと……」
アマンダは観念したように皆の方を向くと、目を閉じて半ばやけくそになって叫んでしまった。
「わ、私は、ダーリンと、キスしましたぁぁぁぁ!」
「おおおおおおーーーーっ!」
「すげえ! やっぱりアメリカ人やべぇ!」
「大和ぉ! 貴様という奴はこんな可愛い子を早速モノにしやがってぇぇぇぇ!」
アマンダのカミングアウトに俺はガチガチに凍り付いてしまう。あんまりいい予感はしてなかったけど……これは……ううっ。いろんな意味で辛すぎる!
(こうなることは分かってたんだがな……)
そして、ホームルームが終わった後、アマンダは見事俺の右隣の席に落ち着いて、一時間目の英語の授業を受けていた。隣同士だからちょくちょく彼女がちょっかい出してくるけど、ここは一番前の席だから俺もあんまりおふざけが出来ない訳で。
英語の担任でもある雪乃先生はある程度のお話を黒板に書き記した後、プリントを配って次の指示をした。
「それじゃあ、隣の人とペアになって簡単な会話をしてみましょう」
「ふむ……」
プリントに軽く目を通した後に隣のアマンダをちらと見る。そりゃ、本場の人たちから見たらこれは算数の「1+1」みたいな物だろう。俺はよくわからないけど……
「ダーリン、やってみるのです」
「……学校ではその呼び方やめて欲しいなぁ」
「Ah…」
「ああ、分かったよ、好きに呼んで」
「えへへー」
ダーリンという呼称を変えること、叶わず。仕方なしにとりあえずプリントに描かれた英文を読み上げてみる。すると、アマンダはなんとも微妙そうな顔をした。
「む……」
「ど、どうしたんだ?」
「ダーリン、英語へたくそです」
「ぐっ」
分かっていたことだがアマンダにそう言われると結構傷ついてしまう……
「ここもうちょっと『th』とした感じで読むんです」
「そんな雰囲気で伝えられても……」
「出来ます! 『th』です!」
舌を前歯の裏に当ててアマンダがレクチャーしてくる。なんとも可愛らしいその姿だったが、今はその可愛さを堪能している暇はない。自分の専門に関してとことん鬼教官であるアマンダを前に、俺は慣れない発音に四苦八苦するのであった。
そして、やっと俺が発音を覚えて、英文を読んでみよう、という所でチャイムが鳴ってしまう。もう次の授業の準備をしている奴もいた。雪乃先生も授業を畳み始める。
「ダーリン……あとで修行です」
「修行って、えぇ……」
「それじゃあ、次はここから始めますね。That’s all for today」
授業が終わり、皆が二時間目の授業の準備を始める。次の授業は古典だ。教科書は揃えているらしいが、さて、肝心の本人は全く新しい世界の言葉にどう思っているのだろうか。
「アマンダ、次は古典だけど大丈夫か?」
「ダーリンがいれば大丈夫です」
「いや、俺もそこそこ出来る位のレベルなんだけど……」
「一緒にお勉強するんです!」
彼女の気迫に逆らえず、はい頑張りますと小声でつぶやく。そんな中、アマンダの所に女子がたくさん群がってきた。
「ねえねえアマンダさん! 四時間目終わったら一緒にご飯食べない?」
「アメリカのお話いっぱい聞かせて欲しいの!」
「出来れば大和君との関係も……」
おい三人目。
「Ah…ごめんなさい、です。お昼はダーリンと食べたいです」
「わぁ、いっちずー!」
「お昼はダーリンと修行するのです! 滝に打たれるのです!」
「た、滝!? アマンダさんどこまで行くつもりなの!」
ん、なんだかだんだんスケールが大きくなってきたような……
「修行と言えば滝です! ニンジャもそうするって聞きました!」
「ニンジャ!?」
「昔見たジャパニーズアクション映画でニンジャを見て憧れてるんです!」
そう笑顔で語るアマンダに、滝修業は流石にやりすぎだと誰も言うことが出来なかった。多分まだ日本にニンジャがいると思っているのだろう。今時外国の人でもさすがにそんな人はいないと思っていたけど……
(あー、そう言えば次の時間は古典か……何の話だっけ)
そう思って教科書をパラパラめくる。ん、次はとある侍の話か。
軽く冒頭を読んでいると隣で女子同士の会話が終わったらしく、アマンダがこちらへ首を伸ばしてきた。俺が読んでいる物語の内容が気になったのだろうか。
「ダーリン、これは何ですか?」
「日本人が昔使っていた言葉で書かれた文章だな」
「昔使っていた?」
「読み方さえ覚えればある程度知識があるだけで読めるんだけど……これは侍の話だな」
「サムライ!」
お、アマンダが反応したぞ。やっぱりそういう物が好きなのか……!
「サムライ大好きです! どういうお話ですか?」
「えーっと……まだ俺も最初の方しか読んでないから分からないなぁ」
「Oh, とても気になるです……」
そう言ってアマンダはシュンと落ち込んでしまう。
なんとかしてアマンダにこのお話を読ませてやりたいものだが……うーん。
「古典は暗記がモノを言う教科だからな……覚えないとどうしようもないというか」
「ダメなのですか……?」
「だ、大丈夫だよ。俺も手伝ってあげるから」
「本当ですか!? ありがとうです、ダーリン!」
そう言ってアマンダはぎゅっと抱き着いてくる。周囲からの視線をグサグサと身体に突き差しながら俺は彼女の胸の中でもごもごとしてしまっていた。