第4話 ここでキスして。
それからというものの、全く映画に集中できず。
何かあるごとにエミリアさんが「F〇CK」と叫び、何かあるごとにアマンダさんがはしゃぎ、とてもではないが二人の反応のせいで映画の怖さがあんまり伝わらなかった。だけど、アマンダが片腕に抱き着いているせいか、常に腕が彼女のむちむちっとしたおっぱいに包まれてとても幸せな時間であったことは確かだった。
「Oh…F〇cking Japanese movie…」
「エミリア、叫びすぎよー」
向こうの人って結構簡単にF〇ckって使うんだな、と思いながらポップコーンを口元に運ぶ。そんなこんなで一作目の有名ホラー映画は幕を閉じた。制作者の皆さんには大変申し訳ないですが、二人のおかげで内容が全く頭に入って来なかったです。
「次はフツーのアクションだよー」
アマンダが次の映画をプレーヤーに入れていると、物陰に隠れていたエミリアさんが真っ白な顔でテレビの前のソファに戻ってきた。そして、見事に俺はアマンダとエミリアさんに挟まれるように座ってしまう。
アマンダがまだプレーヤーの前でいろいろやっているのを見て、エミリアさんはこれ見よがしに俺の片腕にそのはちきれんばかりのおっぱいをTシャツ越しに押し付けてきた。
「え、エミリアさん!?」
「ハハ、大和、慣れてないね」
「Emilia? What are you doing?」
DVDを入れ終わって振り返ったアマンダはちょっと不機嫌になると負けじと両側からおっぱいで腕を包み込んでくる。おそらくそれに特にやましい理由などない。姉に負けたくないという姉妹特有の事情が絡んでの事だろうが、俺にとっては金髪外国人美女によるおっぱい天国な訳で……
「ダーリンは私の物……!」
「ん、そういえばアマンダ」
「なに?」
映画が始まるまで予告編がたくさん流れる。その間に、どうしても聞きたいことが一つだけあった。それを訪ねてみる。う、そうしようとした時にもエミリアさんのおっぱいが。
「あんまり聞いていい事かは分からないけど、なんで突然ボーイフレンドになってくださいって言ったんだ?」
「ん、それですか」
アマンダは憎々しげにエミリアの方を伺い見ると、これまた恨み節でエミリアをじっと見つめ続けながら俺の質問に答える。
「日本に来る時、エミリアの奴が、日本じゃ恋人の一人なんてフツー、いない方がおかしい、とぬかしやがったですよ。だから慌ててボーイフレンド作った、です」
「お、おう」
「さっき問いただしたらジョーダンだったみたいで……F〇ck」
「Amanda? What did you say?」
一時的に姉妹間が険悪になる中、アマンダはまたあの笑顔に戻ってこう続けた。
「でも、ダーリンがボーイフレンドになって良かったと思ってます。一目惚れ、です!」
「っ……!」
「おー、照れてますね? 日本人、シャイですね?」
一目惚れなど言われるのは初めてだった。仮にその言葉が嘘だったとしても、今こうやってアマンダがしっかりと俺の方に向いていてくれることが嬉しくてたまらない。優しく微笑みかけると、彼女もまた幸せそうな表情で笑ってくれる。
会ってまだ一日も経ってないけど、日本人同士ではなかなかないスピードで俺たちは親しくなっていた。これまではアマンダが引っ張ってくれたのだから、近いうちに俺も何かしら彼女の為にしてあげなければ。
「お、そろそろ始まります、ダーリン!」
映画が始まると、俺もアマンダもエミリアさんも大きなテレビの画面に夢中になった。
※
両手に花ならぬ両腕に外国人おっぱい。非常に幸せな環境で映画を楽しむことが出来ている。正義のヒーローの主人公は悪の組織と戦っていたが、主人公の想い人が組織に捕まってしまい、それを助けに行く主人公――自分もこんな風に誰かのために走れたらな、と思うのは高望みだろうか。
主人公は傷を負いながらも敵の幹部を倒すことに成功し、見事ヒロインを救出。そして、昇ってくる朝日をバックにキスをしてフェードアウトしていく……
「んー、ちょっとキスシーン、照れくさいです」
アマンダがぽつりとつぶやいた。ああ、俺も意識しないようにしていたのに。
セーラー服の裾で口元を隠してそわそわしているアマンダとは対照的に、エミリアさんは何かいけない物を見つけたようないやらしい表情をして俺の方を向いていた。エミリアさんの方を向くと、何の事前動作もなく、そのまますっと近づいて俺の頬にキスをしてしまう。
「……!?」
「Emilia!」
アマンダが怒ったような声を上げる。素知らぬ顔でエミリアさんは天井を仰いだ。まだファーストキスを奪われていないだけエミリアさんも人情があると言えばあるのだが……
そしてそれに焚きつけられたのだろう、今度は俺と顔を合わせると、今までにない位に顔を赤くして視線をそわそわ動かし始める。何かしゃべりだしたが、自信がないのかその言葉はひょろひょろと声量も高さも安定しない。
「ダーリン、わ、私とは、口で……」
「もしかして、慣れてない?」
アマンダの様子にこちらも心臓をバクバクさせていた。さっきまであんなに活発で俺の事を引っ張りまわしていた彼女が、こういうことに関して奥手だっただなんて。
「……いぇす」
視線を合わせられず、アマンダが小声で答えた。
そうして俺もアマンダも無言になる。エミリアさんも何か用事を思い出したのか台所の方に歩いて消えてしまった。ソファで二人きりになり、アマンダは俺の身体にそっと抱き着いてくる。
「ダーリンの胸……あったかい……」
「アマンダ……」
「初めてのボーイフレンド、ダーリンで良かった……」
そして、アマンダは意を決したように深呼吸をすると、ゆっくりと顔を上げる。涙目にも見えたその表情から、おそらくこれから自分がしようとしていることをやっと飲み込むことが出来たのだろう。
「いくよ……ダーリン」
目を閉じたアマンダは、そのまま唇をそっと近づけてくる。身体が破れてしまいそうな緊張感、沸騰しそうな頭……どうしようもなく息が荒れるのを抑え、アマンダと、そっと唇を合わせた。
「んっ……」
女の子の唇ってこんなに柔らかかったんだ――
そう思うほどにアマンダの唇はふにふにとしていた。少しの間だけくっつけて、それから名残惜しそうにゆっくりと離れていく。俺もアマンダも、自身の心に何が起きているのかよく分からない位、お互いに夢中になってしまっていた。
「ダーリンの唇……すごく、やわらかかったよ……」
「アマンダの唇だって」
「初めてのキス、ダーリンにあげちゃった……」
夢見心地で呟くアマンダの頬はほおずきのように赤かった。お互いにこの後どうしたらよいか分からないまま、相手の首元辺りを見つめあって甘く痺れるような時を過ごす。いつの間にか俺はアマンダの手を握っていて、彼女もまた、優しい力で握り返してくれていた。
「ん……どうしたらいいんだろね」
「ごめん、俺も、分からない……」
仕方なさそうに微笑みかける。アマンダも同じように笑った。
そうしている内に窓からはオレンジ色の光が差し込んできていて、もうそろそろ家に帰らなくてはならない時間になってしまう。それまでずっと二人で見つめあっていた為か、かなりみっちりと詰まった濃密なひと時を過ごしているように思えた。
「ダーリン、明日、一緒に学校にいこーね」
「分かった、じゃあまた連絡するよ」
「楽しみにしてるよー!」
玄関でそんなやり取りを交わしていたら、エミリアさんが遠くの物陰に現れた。彼女は俺の方を見て意地悪そうな笑みを浮かべると、何度か小さく手を振って消えて行ってしまう。
少し寂しそうにも見えるアマンダに手を振って、俺は二人の家を出た。