第2話 マイ・スイート・ダーリン
霞の浦。海岸に面しているこの街はそう呼ばれていた。都心に比べれば本当に何もないこの街だけど、あんまり奇抜な物さえ求めなければ衣食住で不足することはない。この街で満足できなければ電車で他の街に出かけることも出来る、小さいながらになかなか住みやすい地域だった。
自転車を押しながら、アマンダの隣を歩く。初対面のドキドキが大分薄れてきた為か、本当にアマンダは可愛い人であることを心の底から実感させられていた。肩までの金髪をフリフリ揺らしながら、セーラー服越しの巨乳をたぷたぷ揺らしながら、おそらく彼女にとって初めてだらけのこの街に心躍らせていた。
「私、実はこの街に来るの二回目なんですよ」
「二回目?」
「ずっと昔に来たっきりでほとんど覚えてないですが……あ、あの公園は覚えてます!」
そうして彼女が指さしたのは何の変哲もない小さな公園。
滑り台、シーソー、ブランコ、鉄棒と、子供の為の遊具が撤去される流れが激しい現代においては珍しくそれなりの物が揃っていた。もっともそれらもかなりの年代物であり、鉄棒の根元やブランコのチェーンを見ると一部の表面が錆び付いている。
「あとはサッパリですね……みんな変わっちゃいました」
「あー、そう言えば最近この辺りでいっぱい工事してたからな……」
去年が一昨年辺りからドリルの音が響いていたことを思い出す。あれからこの街も大分様変わりした。公園の入り口に立って少し遠い所を見ると、そこにはやけに現代的な、この街の中ではひときわ異彩を放っているガラスに覆われたビルが建っていた。
「若者が遊ぶ場所がないからって、あんな物が建っちゃったんだ」
「わお、おっきいですね!」
「あの中に生鮮食品店、有名ブランドの店やデカい本屋、果てはゲームセンターまであるから俺と同年代の奴らはめちゃくちゃ喜んでいたんだけど、そのせいで周りで頑張ってた個人経営の店が軒並み潰れちまってな」
「おぅ……」
霞の浦デパート、とか言う前時代的な名前のデパートを遠くから見上げる。そうして中にはあれがあって、これがあって、という話をしていると、アマンダがどうやらその中でゲームセンターとかいう物に食いついたらしい。
「大和、ゲームセンター行きたいです!」
「ん、別に構わないけど……」
「決まりです! 一緒に行きましょう!」
アマンダのペースに乗せられるようにそこへ向かっていると、そのデパートからうちの高校の男子学生の集団が出てくるのが見えた。何やら嫌な予感を感じていると、その中の一人が俺とアマンダの姿に気が付く。
「お、大和じゃねーか……んんっ!?」
「面倒くさい奴らに見つかったな……」
「や、大和! 聞いてねーぞ、誰なんだその隣のかわいい金髪さんは!?」
俺の所へ駆け寄って胸ぐらをつかんできたその男は俺の一年生からの友達、渡辺聡だ。男子学生の一団が別の方面に歩いていく中、彼はそれに構わず俺にアマンダの事についてぐいぐいと質問をしてくる。
「え、ええっと、さっき校門のところで会って……」
「大和は私のボーイフレンドです!」
「おま」
「ひえええっ、マジかよ!」
渡辺は青ざめた表情になるとそのまま両手で頭を抱えながら天を仰いだ。アマンダが俺の片腕に抱き着く様子をちらと見て発狂したのか、そのまま彼は背中を見せて走り出してしまう。
「お、お幸せにぃ!」
「ちょっと待て! あ、行っちまった……」
「大和……さっきのは誰です? 大和の彼氏です?」
「俺はそういう趣味じゃないんだ。ええっと、高校の友達でな……」
そう説明しながら俺はアマンダとデパートの中に入る。そしてエレベーターに乗り、目的のゲームセンターがある階へたどり着いた。エレベーターから降りるなり近くから筐体の電子音や太鼓を叩く音がどっと押し寄せてきて少し圧倒されてしまう。
「大和! これ気になります!」
「これ……んー、クレーンゲームか」
ドーム状の筐体のなかに詰まったたくさんのリボンキャンディ。お手本を示す為にとりあえず百円玉を入れ、ボタンに手を置きながら筐体の中をじっと観察する。そして、丁度よいと判断した所でボタンを押すと、クレーンが動いてキャンディを三個ほど救い上げた。
「おおっ」
「さて……」
スライド式の台座を観察しながら、奥まで引っ込んだ辺りでクレーンから飴玉を放す。そうして押されて出てきた飴玉は二個だった。百円で二個取れればまぁ上出来か。
「大和、スゴイです!」
「こんな感じかな。あ、取れたキャンディ一個あげるよ」
「ありがとうございます! 私もやってみるよー!」
アマンダは自分の財布から百円玉を出して筐体に入れると、先程俺がやっていたように筐体の中のキャンディとにらめっこを始めた。前かがみになっているせいか、アマンダが少し動きを見せただけで下向きになっている胸がたゆんと揺れる。そうしてよく見ると、アマンダはお尻も大きかった。スカートのお尻の部分が膨らんでいるのを見てどうしても劣情を催してしまい、慌てて首を振って天井を見上げた。
ゆくゆくはベッドで……あ、駄目だ、この妄想は劇薬だ――
「大和!」
アマンダの声に我に返る。すると、なんと台座にある重りが落ち、それにつられるように筐体の上部に設置されていた籠からキャンディがいくつも転がり落ち始めていた。
いわゆる大当たり――アマンダはこれを一回でやったのか?
「キャンディがいっぱい落ちてきて……!」
「おおっ、これはすげぇ……」
「後で大和に半分プレゼントするのです!」
何の含みもない輝いた笑顔を向けるアマンダはそのまま俺にハグしてくる。むにっ、と彼女の巨乳がまた押し付けられてしまった。俺はそれで顔を真っ赤にしてしまい、さらにそれを彼女に見られてしまう。
「んー、もしかしてこういうの恥ずかしかったりしますか……?」
「え、ええと、あんまりこういう文化はなくて」
「あっ、モウシワケゴザイマセン、今度から気を付けますです」
「あ……」
もしかしておいしい機会を逃すことになってしまったのでは、と後悔していると、彼女はぺこりと一礼をした後に筐体の傍に束で置いてあるビニール袋を一枚取ると、かがんで取り出し口の中にあるキャンディを詰め始める。
「おー、思い出しました」
「どうしたんだ?」
「大和のこと、これからダーリンって呼びますね!」
「だ、ダーリン!?」
「大和は私のボーイフレンドです。ね、ダーリン?」
だーりん。なんと甘美な響き……聞いているだけで心臓をきゅっと掴まれたような、ドロドロに甘すぎるチョコレートを食べたような胸やけさえ覚えてしまう……
「ん、もしかしてダメでしたか……?」
「だ、大丈夫だよ! そう呼んでくれて嬉しいし……」
「オーケー! それじゃあこれからダーリンって呼びます!」
鼻歌を歌いながらキャンディがいっぱい入った袋を持ってそわそわしているアマンダだったが、遠くに誰かの姿を見つけたのかびくりと震えてしまう。
「アマンダ?」
「あうちっ……」
「Mm…….oh, Amanda! There you are!」
俺の陰に隠れてしまったアマンダ。そして、向こうからこちらへ歩いてくるのはこれまた金髪の美女。白いキャラクター物Tシャツとホットパンツ姿の彼女は俺よりも背が高くて、その腰まで伸びた金髪をゆらゆらと揺らしながら徐々に歩み寄ってくる。アマンダに負けないくらいに胸も大きくてシャツが破けてしまいそう……
「私のお姉ちゃん、です……」
「お姉さん!?」
「Hi! You are her boyfriend aren’t you?」
早口言葉でよく分からないことを聞かれて困惑しているとアマンダが何やら英語で応対を始める。ネイティブ同士の会話の中でどうしようもなく押し黙っていると、どうやらアマンダの姉はなにやら納得したような表情で俺の事を見てくる。
「ん……はじめまして、アマンダの、姉、エミリアです」
「は、はじめましてエミリアさん。越村大和です」
拙い日本語ながらもエミリアさんは俺に必死に何かを伝えようとしている。そうして必死になっている彼女の言葉を聞いていると徐々に意味がつながり始めた。
「え、あー、アマンダのこと、よろしく」
「わ、わかりました」
「エミリア、もう少し日本語の勉強必要だねー」
「What…?」
そうしてしばらく、エミリアさんともアマンダを介して親睦を深めることになった。流石にゲームセンターではいろいろうるさいということで某世界的ハンバーガーチェーン店の一角でハンバーガーとコーラを片手にお話をすることになった。