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第16話 ウィー・アー・オール・アローン

「今日見る映画は香港カンフーアクションです! デパートでお買い物ですよ!」


 映画を見るにはご飯と飲み物が必要。ウォーカー家流映画鑑賞のやり方に則り、俺たちは霞の浦デパートの食料品売り場にやってきていた。流石はデパートで品揃えは霞の浦で一番。皆が映画を見ながらつまみたい物を考えながら棚の間を練り歩く。


「何食べる……中華料理?」

「中華料理と言っても場所によって全然毛色が違うんです」

「おおっ、流石六花さん、物知りだ!」

「そんなことはありませんよ。あ、大和さんは要望有りますか?」


 屈託のないような笑顔を浮かべる六花さんに尋ねられてしばらく考え込む。

 中国のどこだとかそういう話は全く知らないからな……うーん、あれでいいか。


「手軽に食べられるものだと肉まんとかかな?」

「おおっ、肉まん! 気になってたんですよ!」


 非常にアマンダの食いつきがよい。こういう食べ物に関しては本当に貪欲なのだ。

 そうして冷凍食品の所にある肉まん詰め合わせを買い物カゴの中に入れる。


「ん、あんまん? 肉まんの肉はmeatですが、あんまんのあんとは……」

「ああ、それはあんこのことだな」

「あんこ……?」

「甘くて濃厚、これぞ和って感じの味だ」


 俺と渡辺がアマンダにあんこの味を教える。だが如何せん難しい。ここは実際に食べてもらうのが一番だろう。そう言う訳で、肉まんと一緒にあんまんも買っていくことにした。


「中華でしたら餃子あたりもいいですね」

「餃子ですか、成程」

「餃子は聞いたことあるよー」


 エミリアさんがどこか知ってそうな顔ぶりで言う。

 そんなこんなの会話を続けながら食料品売り場を回った後、大きめのビニール袋を一袋と共に俺たちはデパートを出た。そしてそのままウォーカー家に向かった。まだ彼女の家を知らない渡辺に配慮しながら歩くこと十数分、ウォーカー家に到着する。


「いらっしゃいだよー!」

「入るといいよ。靴脱いでね」

「お、お邪魔します……!」

「失礼しますね」


 挨拶をして六花さんと渡辺も入っていく。アマンダとエミリアさんは台所の辺りに立ち、俺たち客人はソファに座ることになった。そして、映画研究部最初の活動が部長の一言によって始まる。


「これから、映画研究部の活動を始めます!」

 それに反応して俺たちは拍手をする。少し気分良さそうにアマンダは続けた。

「ということで、今日はこのカンフー映画を見るよ!」

「部長! 見た後のレポート課題とかはありますか?」


 乗り気になった渡辺が手を上げてアマンダに尋ねる。いや、それでレポート有りになったらどうするんだよ、と心の中で突っ込みを入れたのは内緒だ。


「ないよー! 映画を楽しむだけだよー!」

「おおーっ、やりぃ!」

「渡辺、もう少し落ち着け」

「あんまり気負いすることなく映画を楽しめそうですね」

「みんな元気、ヨカッタよ」


 テーブルに全員分のコップを置き、そこにコーラを注ぐ。そしてエミリアさんがフライパンでギョーザを焼いている横でアマンダが肉まんとあんまんを電子レンジで温めている。その間、俺たち三人は何かお話をすることになった。とは言っても、六花さんとはなんだか心の底から打ち解けきれている感じがしない為微妙な空気であることは否めないが。


「え、ええと、六花さんは映画を見ることはあるんですか?」

「小さい頃に何回か映画館に行ったくらいで……実はあんまりなんです」

「やはり皆さんそうなんですかね?」

「俺は今でもたまに見に行くけど、クラスで同じような奴はあんまりいないな」


 結構外出している渡辺もそう言っている。彼は交友関係が広い人だから、渡辺の周りの奴らでもなかなかいないとなればもはやこの辺りでは希少種だ。

 スマートフォンで様々な娯楽が生まれた現代、わざわざ映画館に行って、レンタルビデオショップよりも割高となる金額で映画を見る人は体感で少なくなったように思えた。映画好きを名乗る人たちでも映画館に出向く人とそうでない人ではっきり分かれることもあるし、そもそも映画に興味ない人だっている。

 そんな中で、アマンダとエミリアさんのような人たちに会うことが出来たのはある意味運が良かったと言えるだろう。彼女がきっかけで俺も映画の楽しさに気が付くことが出来たのだ。


「アクション映画、実は見たことがないんです。楽しみですね……」

「俺もカンフー映画は初めてだなー」

「大和ー、餃子焼けたよー」

「ダーリン、こっちも出来たよ!」

「ん、今行く」


 そう言って俺は台所へ向かい、エミリアさんの焼いてくれた餃子とアマンダの作った肉まんあんまんを持ってテーブルに戻ってくる。そのままアマンダはDVDプレーヤーにDVDを入れて再生ボタンを押した。





「おおっ、すげぇ!」

「わぁ……」


 画面の中では、寂れたスラム街のような場所で多人数を相手に映画の主人公の男性が相手している場面だった。彼が繰り出す数々の技、街にある様々な物を活用した戦い方に一息つく暇も与えられない。

 六花さんも渡辺も、俺やアマンダやエミリアさんと同じように映画に夢中になっていた。アマンダの言っていた「みんなで映画を楽しむ」とはまさにこのことである。


「えぇ……!」

「Wow!」

「Amazing!」


 約二時間に及ぶアクション映画はすぐに終わってしまった。いや、二時間があっという間だった。途中でダレることなどなく、皆が物語に引き込まれてしまっていた。

 そして、映画のエンドロールが終わった後、映画のメインメニュー画面を前にアマンダが感動の声を上げる。かっこいいから悲しいといった様々な感情が彼女の心の中で爆発しようとしているのだろう。


「Ah, めちゃめちゃスタイリッシュです!」

「これ借りてきたのアマンダだよね? いい映画だったよ、ありがとう」

「俺、映画に嵌っちまったなぁ……」

「こんな作品見たことありませんでした……凄い……」

「みんな気に入ってくれたようでよかったよー。ね、アマンダ?」


 俺の問いかけに彼女は太陽のような笑顔を返してくれた。そして、六花さんや渡辺の方を向いて、目を輝かせながら叫ぶように話し出した。


「皆さん楽しんでもらえたようで良かったです!」

「このような機会をくださってありがとうございます、アマンダさん」

「最っ高に楽しかったよ! またみんなで一緒に見たいな!」

「モチロンです! なんと言っても部活ですから!」


 そう、これは友達付き合いの集まりではなく、れっきとした部活の集まり。部活のスケジュールに組み込めば、その日はこうして俺たちは一緒に映画を見ることが出来るのだ。


「時間的に一本しか見られないのが残念です……」

「もう六時だねー」

「アマンダ、次の活動はいつにするんだ?」

「んー」


 少しだけ考えた後にアマンダは元気な声でこう宣言した。


「来週の金曜日です! 次の活動ではまた何本か映画見ますよー!」

「おおっ、それはいいな!」

「楽しみですね……それじゃあ私もその日は空けておきます」


 映画研究部の次の活動日程が決まった所で時間も丁度良くなり、渡辺は一足先にウォーカー家を出た。そして六花さんも家を出る。だが、彼女が帰る際、見送りで玄関に出た俺にこう言った。


「あの、大和さん……本当に、ありがとうございました」

「いや、俺は何もしてないですよ。アマンダのおかげです」


 アマンダとエミリアさんが居間の方でなにやら騒いでいるらしいが、玄関にいる俺たちには関係の無い事であった。そして、二人きりであることを確認した六花さんは、俺の顔をじっと覗き込む。

 まさに深窓の令嬢とも言って良いだろう、美しい黒髪を持った彼女の佇まいに俺もついうっとりとしてしまう。しばらく見つめ合った後、六花さんは口を開いた。


「私は、やはり、大和さんの事が大好きです」

「六花さん……」

「だから、部活に来た時だけでもいいので、沢山、お話をしましょうね」


 それだけを言って、六花さんはくるりと背を向ける。

 そしてドアに手を掛けた瞬間、はたと立ち止まった。


「……我が儘で、ごめんなさい」

「俺で良ければ、出来る限りの事はします」


 六花さんの背中に向かって俺は俺の気持ちをぶつける。確かに俺にはアマンダと言う彼女がいるけど、だからと言って六花さんを乱暴に切り捨てていい訳がない。彼女とはまた、別の関係で仲良くなれるはずなのだ。

 その想いが伝わったのかどうかは分からない。六花さんは一回だけ頷いた。


「大和さんの、そういう所が、好きなんです」


 彼女はウォーカー家から出て行った。

 アマンダがやって来て俺に話しかけて来るまで、俺は玄関でただ一人、なんとなく突っ立ってしまっていた。


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