第15話 君の知らない物語
その日の夜はメールでの根回しに精いっぱいだった。
六花さんに「部活を作るので一緒に入りませんか。エミリアさんも来ないかと言っています」とメールを送り、突然で迷惑していないかと思った矢先、向こうから「喜んで」とのお知らせを貰って俺はベッドの上でガッツポーズを取る。
みんなで映画を楽しむ部活。スポーツ系の部活のようにキツイ活動もないし、部活に追われて学業がおろそかになることもない。ただ単純に、アマンダとエミリアさんがやりたいようにやるだけの部活。もっとも他に部員が入るなら考えなきゃいけないことも増えるけど、今年いっぱいはそれで十分だろう。
(……さて、肝心の「もう一人」だが)
俺はスマートフォンのアドレス帳からその「もう一人」の番号につなぐ。
しばらく向こうから着信音が聞こえた後、声が聞こえてきた。
〈どうした、大和〉
「あー、渡辺か。ちょっとツラ貸してほしいんだよ」
〈お? ヤクザの真似事でもするのか?〉
「いや、ごめん、言い過ぎた。実は新しく部活を作ろうと思ってるんだけど、名前だけでも貸してくれないかってね。渡辺がいたら五人になって申請できるんだ」
〈ほう……〉
最後の五人目は我が悪友の渡辺。というか彼が駄目だったら他に手はない、という崖っぷちの状況だったが、さて、彼は俺たちの部活に入ってくれるだろうか。
〈ちなみにどういう部活なんだ?〉
「映画鑑賞だよ。それ以上でもそれ以下でもない」
〈んー、映画か。成程〉
お、こいつあんまり乗り気ではない声を出しているな。
そういう奴には餌を見せてやるのが鉄則という物だ。
「六花さんもいるぞ」
〈……なんだって!?〉
「おまけにアマンダとエミリアさんもいる」
一瞬向こうから「ヒッ」と息が止まるような声が聞こえてきた。
〈ど、どどどど、どうしてそれを先に言わなかった! そ、そうだとするなら、俺がいなかったらその部活はお前のハーレムになっちまうじゃねぇかよ!〉
「その発想はなかった……」
〈よし分かった、お前の願いに答えよう! 入る!〉
そんな会話をしばらく続けた後に電話を切り、俺は達成感に包まれながら目を閉じる。
明日からまた起こるであろう、波乱の日々を想像しながら……
※
次の日の朝、いつも通り学校に行く前に俺はアマンダの家の前に立っていた。もう早い時間に起きてこうして彼女を待つのも慣れてしまった。何かきっかけがあれば人間変わることが出来るという話だけど本当なんだなと実感させられている。
一応昨日のうちに六花さんと渡辺を部活に誘うことが出来たというお話はアマンダにした。とても喜んでいるような文面が返ってきてこちらも頑張った甲斐があったという物だ。
「ダーリン、お待たせー!」
「大和、おはようだよ」
いつになく元気いっぱいにアマンダが家を飛び出してきて俺に抱き着いてきた。そのままどこかのホームドラマみたいにアマンダをくるくる回してあげるともっと喜んでくれる。
「ダーリン大好きです! 私の為に、ありがとうございます!」
「いや、大丈夫だよ。アマンダには恩返ししなきゃいけなかったから」
もっとも一回お礼をしたからと言って全部返せるほどの恩ではない。
エミリアさん、アマンダ、俺と並びながら学校に向かっていると、今日は高校ではなく高校に向かう道中で渡辺に会った。丁度奴が道中の自動販売機でコーラを買っている所だった。
「お、大和か。昨日の話はやっぱり通すみたいだな。部長はアマンダさんか?」
「んー、多分そうなるだろうな……」
「いっぱい映画見るです! よろしくお願いします!」
「お、おおっ、よろしく……!」
アマンダが渡辺にお辞儀をする。ついでに胸もゆさっと揺れる。
おいコラ渡辺、人の彼女のおっぱい凝視してるんじゃねぇぞ。
「しかし六花さんが入ってくれるだなんて意外だな」
「六花さんは……俺もなんで入ったのかよくわからないな」
「私もよくわからないねー」
エミリアさんが自然と会話に混ざってきてそう言う。いや、何かしたでしょ……?
「ダーリン、早く高校に行って申請届を出すです!」
「お、おうって走るのか? ちょっと待ってくれよ……!」
新しい部活を作ることが楽しみで待ちきれなくなったのだろう、アマンダが一足先に高校の方へ駆け出して行ってしまう。それを俺は慌てて追いかけた。更に後ろをエミリアさん、渡辺と走り続ける。
そうして学校までたどり着いたアマンダは教室よりも先に職員室に入っていった。そして、まだ真っ白の部活の申請届を持って俺たちのクラスに戻ってくる。周りの人たちはまたアマンダが何か楽しいことを始めたという目でこちらを見ていた。
「ダーリン、持ってきました! エミリアにはもうサインしてもらってます!」
「おおっ、仕事が早い……」
「ここにダーリンの名前をお願いします!」
申請書の一番上の欄にはアマンダ、その下にエミリアさんの名前が書いてある。その下に俺は自分の名前を書いた。するとアマンダはそれを持って今度は渡辺の所に走っていく。
そして、丁度良いタイミングで六花さんも教室に入ってきた。渡辺の名前を紙に書いてもらったアマンダは目を輝かせて彼女の元に走っていく。
「六花さん、Good morning!」
「おはようございます、あ、それは……?」
「申請届です! 六花さんの名前をお願いします!」
そうしてお辞儀をした後、六花さんに名前を書いてもらったアマンダはそのまま職員室へ直行していった。まだホームルームが始まるまでには結構時間がある。ここまでのことを朝の短い時間に終わらせてしまうアマンダの体力や気力に心底驚かされた。
嵐の後のような静けさの中、六花さんは口元に手を当てて微笑みながら話しかけてくる。
「アマンダさん、大分馴染めたみたいですね」
「ん、そうだな。教えられることももうないかな……」
「さっきのアマンダさん、お辞儀をしていましたね。もうすっかり日本の人です」
「あはは、本当にそうですね」
そうやって会話を交わす中、やっぱり六花さんは魅力的な人だと思わざるを得なかった。それでも以前に振ってしまったことがまだ心の底に重い何かを残している。そのせいで、六花さんの笑顔もどこか裏があるように見えてしまっていた。
「大和さん、私は平気ですよ」
「え……?」
そんな俺を察したのか、六花さんがそう声をかけてきた。
「一緒に居られるだけで……いいですから」
六花さんの一言が頭の中でグルグルと回る。
アマンダの事もあるから簡単に彼女をひいきにすることは出来ない。新しい部活を通して、六花さんにも何かしてあげられればよいのだが……
※
「新しい部活の名前は『映画研究部』です!」
「映画研究……それっぽい名前だねー」
「雪乃先生と相談しました! 部室はもらえませんでしたが、来年からはちゃんとお金貰えるらしいですよ!」
「まぁ部室はそうだろうな。しかし、雪乃先生が?」
昼休み、アマンダ、エミリアさんの三人でまた机をくっつけてご飯を食べていた。既に必要な人にはあの紙を回してハンコを貰ったらしく、これで晴れて俺たちは映画研究部の一員になったわけである。
「そうです! 雪乃先生が顧問です!」
「おーっ……なんとも身内で集まったな」
「アマンダ、昔から行動力すごいよ」
エミリアさんがサンドイッチを飲み込んだ後にぽつりと一言。どうやら今日のサンドイッチはツナサンドらしい。
「部長はアマンダか」
「ん、そう言えばそうでしたね……部長って何するですか?」
そう言って今更のようにアマンダが焦り始める。言われてみれば、映画研究部の部長は何をしたらよいのだろうか。
「とりあえず最初の活動をいつやるかだよな……あ、SNSで映画研究部のグループも作っておかないと」
「やることいっぱいー。とりあえず今日の放課後集まりましょう! 場所は私の家です!」
彼女は教室の中で高らかに宣言する。
そうして時間は流れて放課後、校門の前に俺とアマンダは立っていた。しばらくして六花さんと渡辺がやって来て、後から遅れる形でエミリアさんも集まった。
「それじゃあ行きますよー! 映画研究部最初の活動です!」
「アマンダさん、エミリアさんの家に行くのか……!」
「渡辺ー、スケベな顔してるよー?」
「映画研究部、やはり皆さんで映画を見るのでしょうね……」
かくして集まった映画研究部五人、一癖二癖ある奴ばかりであった。