第12話 魔法にかけられて
決して六花さんの口調は強い物ではなかったけれど、それでも受けた衝撃は小さくはなかった。身体を槍で貫かれたような感覚が走り、六花さんと目を合わせるだけでも心臓がバクバクと高鳴っているのが分かる。
六花さんは本当に美人で聡明な人だ。だから、彼女からの告白を断る男子は俺のクラスにはまず存在しないだろう。俺だってアマンダの事がなければすぐにOKを出していた。でも、彼女は遅かった。突然現れた異国人にかっさらわれてしまったのだ。
隣ではアマンダが目を伏せていた。彼女も俺も、どうしたらいいか分からないのだ。
「でも、大和さんにはもう、アマンダさんが……」
「六花さん……」
「だから、一つだけお願いがあるんです」
六花さんはアマンダと俺の方を見て、半ばやけくそのような口調になって言った。
「大和さんの事は諦めます……だから、最後に、大和さんとキスをさせてください」
「えっ……!?」
「き、キスですか……」
アマンダが渋い顔になって考え始める。彼女だって新しい友達である六花さんをむげに傷つけたくはないはずだ。だけど、恋人を別の女性とキスさせるなんて、彼女に出来るのだろうか。もっとも、アマンダがいいよと言ってくれた所で俺も出来るか自信はない。
六花さんの望みをかなえてあげたい気持ちもあったけど、俺はそれ以上にアマンダを裏切りたくなかった。これからの高校生活に光を差し込んでくれた彼女に、恩を仇で返す様な真似はしたくないし、出来ない。
「……ごめんなさい、六花さん。私は残酷な人です」
「分かってますよ。無茶を言ったのは私です……」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい……」
六花さんが謝り始める。アマンダが駄目だと言ったのだから俺に同行できる権利はないし、アマンダを傷つけるようなことは出来ない。だけど、それが結果として六花さんの心に傷を作ってしまった。
高校二年生、初っ端から暗い影を落としてしまうのかとうなだれていた時だった。アマンダが、六花さんに、少し慌てたような口調でこう伝えた。
「でも、ほっぺならいいです」
「……えっ?」
「お口でチューするのはダメです。でも、ほっぺなら、チューしてもいいです」
それはかつてエミリアさんからされてしまったことであった。
唇を合わせるキスは恋人であるアマンダ限定の物になったが、どうやらアマンダの中では頬にするキスは大丈夫らしい。それに、既にエミリアさんから頬のキスは一度受けているため、アマンダの中でも「ほっぺならいい」という認識になっていたのだろうか。
アマンダの提案を受けた六花さんははっとした顔で俺たちの方を見る。そして、目の端から涙を流しながら小さくこくりと頷いた。
「ダーリン、ごめんなさい」
「いや、俺は大丈夫だよ。アマンダだって考えてることがあるんだろ?」
「ううっ、編入一日目で人間関係に悩むとは思わなかったです……」
アマンダと会話をした後は、六花さんとしっかり目を合わせて向き合う。半ば妥協案ともいえるような提案だったが、六花さんはそれでもいいと納得してくれたらしい。目も眩むような笑顔で微笑みかけながら、目を閉じてゆっくりと息を整えている。
「大和さん、こんなお話をしてしまってごめんなさい……」
「いえ、そんな。六花さんが俺の事を好きだなんて、嬉しくて」
「大和さんもなかなか残酷な人ですね。そんなこと言っちゃうなんて……」
「えっ、あ、ああっ、何か言いましたか!?」
しゅんと落ち込んだ、振りをした六花さんはくすくす笑った後に俺の傍まで近づいてきた。そして俺の背後にいるアマンダに一度目配せをした後、そっと唇を近づけてきた。それに応えるため、俺はそっと彼女に左頬を向ける。
「……」
「……」
静寂。
微かに触れた唇は徐々にその質感をはっきりさせていく。そのまましっかりと押し付けられたそれはほんのりと湿っていて、やわらかい物二つの間から熱を帯びた舌がちろりと頬を刺激する。
「……ぁっ!?」
そのままじゅぷじゅぷと唇を吸い出した六花さんは、頬を存分に唇で吸い尽くしながら、合間では舌で余す所なく左頬を舐めまわす。その様子に俺はもちろん、隣のアマンダも言葉を失っているようだった。
「んちゅ……んっ、ぶちゅ……」
「り、六花さん……」
「大和さん……ちゅ……」
想像以上に大胆な六花さんの行動に頭が止まってしまう。アマンダがどんな反応をしているか気になったけど怖くてそちらに視線を向けることが出来なかった。六花さんは俺の腰のあたりに手を当てて軽く抱き着くようにくっつくと、左頬を再びじっとりと堪能し始める。
アマンダ程ではないけどやっぱり胸が当たって少し恥ずかしくなってしまう。あと、ちょっとだけくっついている六花さんの太ももが柔らかい為、分かってはいるのに六花さんにやめてくださいと切り出せない。もしかしたら今六花さんがしているのは全部計算ずくの行動……?
「だ、ダーリン……」
「あ、ちょ、ちょっと、これは……」
「んっ、はぁっ、好きです、好きですよ、大和さん、くちゅ……」
「おーっ、日本の女子、結構大胆だね」
コップにコーラを入れてこちらへやってきたエミリアさんが、頬が無くなる程に味わおうとしている六花さんの所に歩み寄ってきた。そして、六花さんとは反対側の右頬に、まるで彼女の真似事でもするようにキスをしてしまう。
「ええっ……!?」
「エミリアぁ!?」
「ん、ちゅ……こうする、ですか? なんだか、すけべぇです」
「す、スケベだなんてそんな、んむっ……」
アマンダが黙ってしまった中、エミリアさんはどこか余裕を残した口調で反対側の六花さんに声をかける。両方の頬をぺちょぺちょされている俺の事など知らないようだ。
「六花さん、見た目綺麗、エレガント」
「んっ……?」
「でも、実はとーってもpervert、むっつりスケベー」
「むちゅ……そ、そんなこと言わないでください……!」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にして六花さんが抗議するためにエミリアさんの所に詰め寄る。そんな六花さんを、エミリアさんは両肩に手を置いてしっかり捕まえた。
「やりすぎ良くないね、お仕置きだよ」
「あっ……!」
「アメリカ式のシツケを叩き込むです!」
そう言うと六花さんはエミリアさんから逃げるように離れて行ってしまう。面白そうに笑ったエミリアさんは六花さんを追いかけ、そして二人は部屋を出て行ってしまった。
部屋には俺とアマンダが残される。アマンダに合わせる顔がなくしょんぼりしていると、彼女が俺の両肩にぽんと手を置いた。
「ダーリン」
「ん……?」
アマンダの目が合う。彼女は、うっとりしたような顔で俺に寄りかかってきて――