第11話 トライアングラー
電子レンジがチンとなり、もう一度温まった焼き鳥を三人でいただく。さっきは映画に夢中になってあまり食べられなかったけど、六花さんが来るまではこの味を堪能させていただくことになる。
アマンダが選んだのはねぎま。ねぎと肉が交互に串に刺さっているそれは焼き鳥のスタンダード。一番上の方に刺さっている鶏肉を口にほおばった時、彼女の目がかっと見開かれた。
「Oh…」
そして言葉を失った彼女はぴたりと固まってしまう。こちらも同じくねぎまを食べながら様子をうかがっていると、少ししてからアマンダがなんとか言葉を紡ぎだそうとする。
「あ……えっと……おいしい……」
「気に入ってくれたようでよかった」
「Ah, 日本語まだ勉強してないからこのおいしさを伝えられないです……」
悔しそうにそう言ったアマンダは続いてねぎを口の中に放り込む。同じように言葉を失った彼女は、その後何かに敗北したような表情でずっとねぎまを食べ続けていた。
一方のエミリアさんが手に取ったのはレバー。結構苦手な人もいる話だが、さて、エミリアさんの口には合うのだろうか。
「ん……おいしい、気に入ったよ」
「エミリアさん、レバー、大丈夫ですか?」
「うん、大好きですよ!」
そうしてパクパクとレバーを食べ続けるエミリアさん。何か頭でウンウン考え事しながら味わっているアマンダさんとは対照的だった。俺はねぎまを食べたとしても美味しいくらいしか言えないけど、食事一つでここまでアクション出来るアマンダは純粋に凄いと思ってしまう。
「ダーリン、美味しいって意味の言葉もっと教えてください……」
「美味しい、ていう意味? ええっと、何かあったかな」
ねぎまの最後の肉とねぎを口の中に放り込み、天井を仰いで考えてみる。
あんまり本を読まないし日本語を積極的に使おうとしなかった俺にとっては難題だったけど、アマンダの為と思ってここは頭を必死に動かして考えてみる。美味しいという意味の言葉……
「そうだな……美味しい料理の事を『絶品』って褒めることはよくあるぞ」
「ゼッピン……そうですね、この焼き鳥はゼッピンです!」
「そうそう、それで大丈夫」
「ゼッピン、成程、そんな言葉が」
アマンダに教えていたけれどエミリアさんもそれを聞いてふんふんと唸る。
「では、この『かわ』もゼッピンでしょうか?」
そうしてアマンダはまた別の種類の焼き鳥に手を伸ばす。彼女が選んだ「かわ」は実は俺が一番好きな焼き鳥だ。だからアマンダがどんな反応するか楽しみで、口に運んだあとの彼女の様子を注視してしまう。
「ん……やわらかいです! な、なんて言ったらいいんですか!?」
「そうだな、これは『プリプリ』って言葉が似合うかな……?」
「プリプリ……かわいい言葉です!」
間違っていたら困るからとりあえず俺も食べてみる。うん、このかわは確かにプリプリだ。とてもやわらかくていくらでも食べてしまいそうである。エミリアさんもかわに手を付けたようで、一口食べた後はアマンダと同じように驚きの表情を浮かべていた。
「凄いよ、ゼッピン!」
「焼き鳥を気に入ってくれたようでよかった……」
そうして三人で買ってきた焼き鳥に舌鼓を打っていると、玄関からピンポンなる音が聞こえてきた。六花さんがやって来たのだ。
「今出るよー!」
そう言ってアマンダが玄関を開けた先には、制服ではなく私服に身を包んだ六花さんの姿があった。普段学校で受けるイメージとはまた違って、本当にお嬢様という感じがする。着ている物も白を基調としたワンピースで彼女の長い黒髪もきちんと生えている。
「や、大和さん、すいませんこのような状況で……」
「大丈夫です、アマンダもいいよって言ってくれましたから……」
「六花さん、上がって上がってー! 食べ物もあるから食べてっていいよー!」
「ええっ、食べ物まで!?」
「アマンダの友達、六花さん?」
俺とアマンダで六花さんの応対をしていると後ろからエミリアさんが出てきた。玄関で靴を脱いでいた六花さんは脱ぎ終えた後にきちんと一礼した後に挨拶する。本当にこの辺りはよくできたお嬢様だ。
「アマンダさんと同じクラスの撫子六花です。よろしくお願いします」
「ウェルカムだよー」
そんなこんなで六花さんはウォーカー家に迎え入れられ、ソファにアマンダ、俺、六花の順に座っていた。エミリアさんはコップを出す為に台所で洗い物をしていた。
「突然どうしたんです?」
「え、ええっと、確かめたいことがあって」
「確かめたいこと?」
六花さんは頬を赤く染めるとそのまま俯いてそわそわとし始めてしまう。
そして、意を決したようにかっと目を見開くと、俺とアマンダを交互に見た後、ぎっと俺を見てこう質問してきた。
「アマンダさんと付き合ってるのは、やっぱり、本当ですか!?」
「あ……うん。そうだよ。俺とアマンダは付き合ってる」
「あぅ……」
六花さんは俺の答えを聞いて落ち込んでしまう。アマンダは何かを察したようで黙ってしまったが、俺には一体何が起きているのかが全く分からない。
「ご、ごめんなさい、変なこと聞いてしまって」
「いえ、大丈夫ですよ。もしかして聞きたいことはそれだけ……」
「……です」
それだけを言って六花さんは何も喋らなくなってしまう。
アマンダは何にも分かっていない俺の顔を見ると深いため息をついた。
「ダーリン、流石に六花さんがかわいそうだよー」
「えっ?」
「……」
「ええと、日本語で『ドンカン』だっけ?」
アマンダから強烈なお言葉をいただいてしまう。申し訳なく首を垂れていると、遠くからエミリアさんがクイクイと片手で手招きしてきた。それに従って一旦ソファを開けて彼女の元へ向かうと、エミリアさんは耳元でこっそりささやいてくる。
「六花さん、大和の事、好きだよ」
「……ええっ?」
「分かるよ、あの子、大和に恋してる」
そう言われた後に改めて六花さんの方を見てみる。
時折こちらを捨てられた子犬のような目で見てくる六花さんの姿は、エミリアさんの言葉を聞いた後だととても可哀想に映ってしまっていた。仮にエミリアさんから言われたことがただのデマだったとしても、もう俺には彼女を放っておくことが出来ない。
「り、六花さん」
慌てて六花さんの所に駆け寄る。だが、どうしたらいいか分からない。
俺にはアマンダという彼女がいるんだ。今目の前で泣きそうになっている六花さんをどうやって慰めてあげればいい? 変な事を言ったら傷つけてしまうぞ……
「え、ええと、六花さんの気持ちに応えられなくて、ごめんなさい」
「……大丈夫です」
そう言って六花さんは頬を膨らませてぷいっと横を向いてしまう。だけどその目は涙で潤んでいて、それが彼女なりのかわいい虚勢であることを示してしまっている。
「六花さん、ごめんなさいだよ」
「アマンダ……?」
アマンダが俺を越して六花さんに声をかける。
彼女は何か六花さんについて知っているようだった。でも、何故?
「六花さん、ずっと大和の事好きだった、合ってますか?」
「……」
そう聞かれた六花さんは言葉を失ってしまう。しばらくしてもずっとしゃべらなかった為、アマンダは悲しげな伏せ目になって話を続けた。
「六花さん、沈黙は肯定です。そういうことでお話進めますよー」
「……」
「突然奪う形になって、申し訳ないって思ってます、なんとかしてあげたいです」
所々にたどたどしい所は残っているが、アマンダはそれでも六花さんに自分の想いを伝えようとしていた。そして、六花さんの想いを感じ取ろうと努力していた。アマンダに負けないよう、俺も六花さんの一挙一動を注視して、彼女の想いを知るために頑張ってみる。
「大和さん」
「は、はい」
「……大和さんの事が、ずっと昔から好きです」