第1話 ラブストーリーは休日に
まずい、遅刻する――
痛む体に鞭を打ち、春の空気の中で必死に自転車を漕いでいた。
(ひー、こんなんなるんだったらもう少し早く起きればよかったー!)
時刻は午前七時五十五分。今日から始まる新しい高校生活は期待していたような始まりを迎えることはなかった。余裕を持った朝に余裕を持った朝食、そして早めについてクラスメイトと歓談……なんて未来は到来せず、結局俺は一年生の反省を生かしきれないまま二年生に上がってしまったのである。
(校門が見えた! もうすぐ……!)
心臓破りの坂を上りきり、そのまま高校の校門に一直線。
だったはずなのだが、校門の前に立っている一人の金髪少女が俺を呼び止めた。
「Hi!」
「おわあぁぁぁ!?」
全く自転車を躱そうとしない彼女は屈託のない笑顔を向けてくる。慌てて自転車のブレーキを踏んで減速し、なんとか彼女のギリギリ手前の所で止まることが出来た。
「お、おい、危ねえだろ!」
「どうしてそんなに急いでるのですか……?」
「どうしてって、今日は学校……」
「学校? 学校って明日からって聞いておりますが……」
その言葉に身を固くしてしまう。
かちこちになった身体が動いた所で慌ててポケットからスマホを取り出してカレンダーを確認すると、何と今日はどういう訳か学校が休みの日。その事実に気が付いた俺の様子を見て、少女は金髪をなびかせながら興味津々の目で聞いてきた。
「おー、日本人真面目って聞くけど、休みの日も学校に来るのですか!」
「ち、違う、違うって! 俺がたまたま間違えただけで日本人全員が……ん?」
そこまで言ってようやく少女の顔を見た。
あんまりにも慌てて気が付かなかったのだろう。その子は見るからに外国人の顔立ちをしていて、全く違和感のない金髪を肩まで伸ばしてこちらへ微笑みかけてくれている。身長も大体俺と同じくらいで、それでいて胸が大きくて……
そして、彼女は俺と同じ高校の制服を身にまとっていた。今時他の学校ではあんまり見なくなってしまったセーラー服に身を包んだ彼女の姿は、その金髪故か普段見慣れている景色からするとどことなくアンバランスに映る。
「もしかして、外国の方、あー、うぇ、うぇああーゆー」
「日本語大分喋れるから安心してくださいねー」
頭の中で足りない英語力を振り絞っているとその子はくすくすと笑った後に自分の胸元に手を当てた。
「そう言えばアイサツ忘れてました、私、アマンダ・ウォーカーって言います。アメリカからこっちに移り住んできました」
「あ、アマンダさん、初めまして。越村大和です」
「大和……おおっ、実に日本的! 私気に入りました!」
アマンダにとって俺の名前が「大和」だったことがそんなに嬉しかったのだろうか。自転車に乗ったままの俺の周りをスキップでぐるぐる回りながら鼻歌を歌うと、何周かした後に俺の真正面に立って顔を覗き込んできた。
「大和さん、お願いがあります!」
「お、お願いって……」
有無を言わせぬ勢いでアマンダはぐいと迫ってくる。外国人にありがちな綺麗で整ったエレガントさではない、愛嬌があって可愛げのある童顔な彼女は、俺がしどろもどろになっているのも気にせず要求を突き付けてきた。
「私に、この街の事を案内してほしいんです!」
「案内!? だって、俺たちは今会ったばっかりで……」
「今会ったからこそです! きっとこれは神様が私にくれた出会いなのです! そして……」
彼女は深呼吸をすると、俺とじっと目を合わせ、頬を赤く染めながら叫んだ。
「大和さん、私のボーイフレンドになってください!」
「……ええと、一応聞くけど、ボーイフレンドの意味って分かって」
「分かってます! いずれはベッドの中であんなことやこんなことゴニョゴニョ」
「わーっ! そこまで言わなくていいから!」
なんとか自分を落ち着けながら、もう一度アマンダのことをよく見てみる。
身長は……大体俺と同じ位。綺麗な白い肌をしていて金髪とのコントラストが眩しい。そして、彼女の巨乳がセーラー服の胸元をもりっと持ち上げてしまっていた。おかげさまで少々目のやり場に困る。
目の前で何度も頭を下げ始めた彼女を前にした俺に選択の余地は全く与えられなかった。
「わ、分かりました、付き合いますから、その、落ち着いてください……!」
「おぅ……感謝です……ありがとうございます!」
そうしてアマンダは周りの事を顧みず俺に横から抱きついてきた。
「わっ!?」
「あはぁー……日本人のボーイフレンド……」
腕に彼女の胸がこれでもかという程に押し付けられる。セーラー服越しでもたぷたぷ具合が分かってしまう、思わず目を閉じて堪能してしまいたくなるやわらかさ……女性のおっぱいとはこのように男をダメにしてしまう物なのだろうか。
「大和さん、デート、しましょう! 時間いっぱいあります!」
「あ……はい」
そう言う訳で、高校二年生の春、俺に外国人の彼女が出来たのであった。