#2 月夜の獣
場所は1000年間、唯一国名が変わっていない国、アメリカ合衆国、そのカルフォルニア州のモハーヴェ宇宙基地。
先日、月面国家軍第7中隊が奇襲を仕掛け、基地ごと強奪した。
今は月面国家軍の基地として使用するために復旧作業が行われている。
翔を含めた三人は機体を日陰に休息をとっていた。
「にしてもさ~」
缶コーヒーを片手に凛菜が呟く。
「作戦が終わったと思ったら今度は復旧作業って、休ませてよー!」
「同感だ……」
ヴィルが頷く。
「なんだお前達、不満でもあるのか?」
「「ひっ!」」
振り向くと怖い笑顔をした隊長兼艦長のアハトワがいた。
眠たくてうとうとしていた翔は難を逃れられた。
いや、正確には寝たふりをして難を逃れる作戦が成功していた。
「反省文もっと書かせてやろうか?」
不気味な笑みを浮かべながら二人の始末書の提出記録を消去しようとしていた。
「「け、結構ですっ!」」
よろしいと言ってアハトワはどこかに行った。
「はぁ、続きやるか……」
「だね」
「「「はぁ」」」
コーヒーを一気に飲み干し、三人はそれぞれの機体に乗り込む。
周囲に人がいないことを確認し熱反応炉を低出力にし、機体を立たせる。
しかし、いくら低出力とは言っても、まだ暑さが残るこの時季にはきつい温度だ。
その熱が風に流され、主に整備兵のやる気にトドメを刺した。
昨夜、アイリスに搭載されている全ての機体を徹夜で最低限の整備と大気圏内用の調整を行った上、今日の炎天下での復旧作業。
死者が出てもおかしくないレベルの労働だ。
日が暮れ一日の作業が終了した。
R.R.のパワーは通常の重機を遥かに上回っており、簡単に瓦礫を吹き飛ばすことが出来る。しかし、そんなことをすれば周りは大惨事になる。
そのパワーをレバー一つで制御するのは相当な集中力と繊細さが要求され、体力をかなり消耗する。
「つ……つかれた」
「いくら積載量減らすためにと言ったってこれはないだろう」
「だよねー! いくらなんでもこれはないよね!」
皆、疲れを通り越して怒りを感じていた。
作業を終えたパイロットの半分くらいが食堂に居り、そのほとんどが翔たちと同じ状態だった。そのため、食堂には異様な空気が立ち込めており、他の隊員が入れなかった。
「まあこの後は熟睡とまではいかないが寝かせてくれるんだ、まだありがてぇな」
「翔ちゃん……寝れなかったら私一暴れするから覚悟してね。」
「はいはいって……え。(凛! そんな体力は残ってない! 頼むから勘弁してください!)」
翔の心の願いは別の形で破られることとなる。
夕食を終え翔たちは自室に戻り休息をとろうとベッドにたどり着いた瞬間、艦内に警報が鳴り響く。
『チャンネル諸島沖、約50km 敵部隊二方向から接近! 数合計40! 第一種戦闘配置、繰り返す!第一種戦闘配置!』
食堂のだけでなく艦内の雰囲気がさらに重く、悪くなりパイロット達は怒りに震えた……。
「普通の人として生きることだけじゃ飽きたらず、生物としての欲求まで邪魔するとはねぇ……」
ヴィルが鬼の形相で呟く。
「翔ちゃん 一暴れ、いや、二暴れするよ。」
「うん、いいよ 俺も思いっきり暴れてくるとするか 眠る瞬間に邪魔をする罪は重いぞ」
「あ、やばい 翔ちゃんあまりの眠さに完全にキレちゃった」
鬼の形相でハンガーに向かうパイロットたち。
途中、すれ違うクルー、整備兵、皆同じように翔たちの顔を見ては逃げていく。
「おっ、お前ら来たな! 機体の冷却は完了させたぞ!」
「ありがとな整備長」
R.R.、いやこの世の兵器と呼ばれるほとんどの物は熱反応炉という物を搭載している。
それは無限にエネルギーが生成される永久機関だが副産物として膨大な熱が出る。
冷やし続けないと機体が超高温になり機体もパイロットも危険になる。
冷却液が大量に必要になるのだが機体に積める量は限られているため、少しでも機体を冷まさなければならないのである。
つまり、冷却液切れが活動限界と同意であり、その時間は大体5時間である。
「おい、ヴィル その顔やめてくれないか うちの若いもんがマジでびびってる」
半呆れた口調で言われていた。
「ようし! 総員退避! もたもたしてると焼け死ぬぞ!」
整備員が一斉に耐熱シェルターに退避を確認した後、俺たちは機体に乗り込み機体に起動した。
その瞬間、ハンガーブロックが熱気で包まれた。
『池上さん今回は同士討ちを避けるために乱射は控えろとのことです。』
「え、えー!(やり場のなくなったこの怒りはどこに吐き出せばいいんだ!)」
「ドンマイ翔ちゃん」
「今回ばかりは同情するぜ」
「はぁ 池上翔、リエズ・バヨネット 出る!」
「日立凛菜、バステルタ・プラス[スカイスター]行きます!」
「嘉山ヴィルジリオ リエズ・フェヒター出るぞ!」
敵の待つ暗闇の海に彼らは飛び出した。