表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「エネルゲイア×ディビエイト」スピンオフ

ジャーナリズムでなら人を殺しても裁かれない

作者: 加藤貴敏

その音は、世界を突き刺す。それは掴めないものを掴む音であり、隠された事実を暴くもの。一度その音が世界に噛み付けば、そこに写る者は決して逃れられない。そう、壊れるまで。


サクラは息を殺し、レンズ越しに“それ”を観ていた。その四角い小さな世界に写るのは、大物横浜市会議員と、その人がいつもひいきにしているという高級料亭。黒塗りの車が停まり、運転手が回り込んで後部座席のドアを開ける。

そして、シャッターは世界に噛み付いた。


世界は突然、「超能力者」で溢れ出した。何故こうなったかは不明。それから毎日と言っていいほど“妙な事件”が起こる。そんな沸々としていた小さなものは、すぐに“怪物”と化した。1つ目は「テロ」。


写真週刊誌、週刊ターコイズの出版社、真壁(まかべ)出版。“一応”フリーランスである村崎(むらさき)サクラの“拠点”。そして今日もまた、サクラは真壁編集長の下へ帰還した。何も言わずに、サクラはカメラと真壁のパソコンをケーブルで繋いだ。

「お、居たねぇ、風巻下(かざまきした)議員。それから表紙のアイドルに、中身のスチールな。うし、議員のスクープは5万ってところで」


2つ目は「ヒーロー」。悪人であれば超能力はテロに使われ、善人であれば成敗に使われる。ごく自然な事だ。どこかでテロが起き、どこかで悪人が退治される。それが今の日本、というか地球。そして3つ目が「戦争」。超能力者は最早徴兵され、政府によって戦場へと送られる。

しかし、私にはそんなのどうでもいいのだ。


「どうも」

「おーい、北条(ほうじょう)。スチール来たぞ」

「はぁーい」

いつも気の抜けた返事の北条さん。正社員ライターの1人で、私の撮った写真(スチール)や聞き込み情報を担当してくれている。けど一度キーボードを叩くとまるでピアニスト。いやそれはかっこよすぎか。

「はいレコーダー」

「おっす。・・・おほっ良く撮れてやんの。おお、やっぱり『レインボーハート』の子達可愛いなぁ、ほんとジェダイは良い仕事するよなぁ」

「だから私ジェダイじゃないですから、ライトセーバーブンブンしませんから」

「あれ、サクラまだ何か撮んのか?」

歩き出した矢先、真壁がそう声をかけてくる。

「はい。風巻下議員近辺を、ちょっとストーキングしようかなと」

すると真壁はよくやるなと、「カッカッカ」と笑い出す。サクラが向かうのは、風巻下議員がひいきにしているその高級料亭「(がく)」。横浜市中区某所にあり外見はこじんまりしているが、雰囲気からして何とも言えない近寄りがたい上品さがある。赤い暖簾を潜ると先ず敷石と石畳と植物。そして着物の案内役。質素な服装で、首からカメラを下げている私を、決して笑顔では迎えない。

「ご予約のお客様では、ないですよね?」

「はい。この料亭は風巻下議員がよく利用されるという事なので、取材に」

「申し訳ございません。そういう方は」

「そりゃそうでしょう。だからこそ大物の方々の心の拠り所になるんでしょう。でも、貴女は、この日本の国民ですよね?」

「は?」

「通報や、情報提供は国民の義務ですよ、ね?そりゃあ清廉潔白のお客を守るのはお店としても絶対の掟でしょう。本当に、潔白なら、ね」

「私共の店には、潔白なお客様しかいらっしゃいませんから」

気丈な対応。確かにこれくらいの事で怯えるようであれば高級料亭の従業員など勤まらない。その女性は真っ直ぐな眼差しでサクラを見つめる。

「それは、貴女の、本心ですか」

そう言って、サクラが手を差し出した。無意識に目線を落とし、サクラの手を見つめた女性。一瞬の静寂が2人を繋いだ。

女性の瞳にぽっと火が灯る。パラパラと記憶が走馬灯のように巡っていく。傍目に見れば1秒もない。しかしすでに、女性の表情は変わっていた。それはまるで瞳の奥に抑え込んだ情熱が微かに燃え始めたかのようだった。


──2年前。

ガヤガヤとした刑事達の雑音の中、ベチンとテーブルが叩かれた。その手の下にあったのは、辞表だった。それを見るや、でんと座る課長の萩原(はぎわら)は煮え切らない顔でサクラを見上げた。

「私、本気ですから!」

弾くように目を逸らし、毅然と去っていくサクラ。

「村崎・・・」

追いかけて来たバディである先輩刑事の戸熊(とぐま)に振り返るサクラ。普段は鋼の如く気の強い女だがその時、珍しく彼女は涙を溜めていた。

自販機が缶を吐き出す。とりあえずサクラを座らせた戸熊は、機嫌の悪い子供のように一点を見つめているサクラに缶を差し出した。

「無糖じゃないですか」

「刑事はそんなに甘くないんだよバカタレ。こんな事で辞めてどうすんだ!撤回しろ」

「じゃあどうするんですか!検挙出来ないんじゃ、刑事の意味無いじゃないですか!」

「だからって辞めてどうすんだよ。こんな事件なんていくらでもあんだぞ。せっかくお前、今まで殺しは検挙率100パーなのに。あ、あれか?検挙率に傷が付くからおめおめ逃げるってのか?」

「違います。私、考えました。刑事じゃ犯人を追い詰められないなら、私、真壁さんに弟子入りします」

「え!?いやそれは止めとけって」

「私、本気ですから。それに一人前になったら、ちゃんと協力しますから、ね?先輩」

そう言うとサクラは素早く振り向き、戸熊の持っている微糖の缶コーヒーを奪い取った。

「あっ」

村崎の辞表を見つめ、ため息を漏らす萩原。むしろ、大きな壁に当たらなかった今までが奇跡だったのかも知れない。あの気の強さは確かに刑事としては有能だが、それ故にすぐにぶつかる。

「それ、誰のですか」

刑事部長の木原(きはら)の唐突な問いに、萩原は素早く振り返る。いつから居たんだ、と。

「村崎ですよ」

「まぁ、良かったんじゃないですか?“強すぎる正義感”は、組織の手に余りますからね。そういう所は、刑事には向いてなかったという事で。個人プレイが許されるのはホント、ドラマだけですから」

家に帰るなり、段ボール箱をドサッとテーブルに置いたサクラはふと、家族写真に目を留めた。父は現役警察官。辞めたなんて言ったら、怒るだろうな。そしてその家族写真の隣には、とても美しい風景写真。祖父は写真家だった。子供の頃は、祖父と一緒によく写真を撮っていたものだ。


とかく私も超能力者。北条さんは某映画の騎士だって揶揄するけど、まあ遠からずなのは事実なのだからしょうがない。でも私は何も、テロがしたいとかゲームみたいな事がしたいからとか、そんな理由で“あれ”を手にしたんじゃない。


辞表を出した昨日の今日だからか、ふらっと現場に立ち寄っていた私。犯人は間違いなく分かってるのに、決定的証拠が無く、逮捕出来ない。しかも政治家の子息だからと、これ以上は任意で引っ張る事も出来ない。商店街の店の隙間に、今も視えるあの時の記憶。青年の遺体と、見つからない凶器。そしてやじ馬の中の、見るからに怪しく微笑む政治家の息子。

──ん?。遺体のあった場所の奥に逞しく立つ、小さな木。あれ、おかしいかも。少なくとも一昨日見た時より、異常に成長している。私は思わず、路地に入った。超能力者が日に日に増えているのは、とある鉱物のお陰だと、ネットの中じゃ常識らしい。細くとも逞しく伸びるその木の下に、少し盛り上がった違和感。少し掘ると、“それ”は現れた。透明な、クリスタルっぽいもの。その大きさは5、6センチ。普通に考えたら、これは戸熊先輩に知らせるべき事。でも私はそれを、引っこ抜いた。扱い方なら、ネットに書かれてるし。


高級料亭を後にしたサクラ。それから数十分経ってサクラの姿もないそこに、黒い車がやってきた。出てきたのは2人のスーツの男。厳かに、だけど静かに、2人は暖簾の向こうに消えていった。

それから数時間経った頃、サクラは神奈川県警本部の前に居た。同業者の人達と共に、張り込んでいたのだ。高級料亭「岳」に張り込んでいた記者は少なくない。何やら連れていかれた風巻下を追いかけるのは自然な事だ。それから真壁出版の編集室では、皆テレビに釘付けになっていた。そのニュースは、風巻下議員が高級料亭の女性従業員に金を渡し、淫らな行為に及んだというものだった。通報者は当の女性従業員。迎えの車に乗る風巻下に記者達が詰め寄り、そして例の如く何も語らない渦中の人物は突きつけられるマイク、たかれるフラッシュを無視して去っていく、そんな構図が放送されていた。

真壁出版に戻ったサクラ。ライター達のカタカタとキーボードを叩く音が踊っている片隅で、真壁はただサクラを見つめていた。それはただ、「さぁ写真をくれ」という眼差しだ。サクラは黙って、カメラと真壁のパソコンをケーブルで繋いだ。

「お、料亭から連れ出される時の風巻下もあるのか。なら県警本部のと合わせて、4万だな」

「どうも」

「どうせサクラだろ?従業員焚き付けたの」

「焚き付けたって、ちょっと酷くないですか」


確かにジャーナリズムでも、事件のホシを挙げる事は出来る。だけど、“いつもこれだけじゃ終わらない”のが世の常だ。世間じゃ超能力だので“派手”な事が沢山起こるけど、所詮ここは“人間社会”なのだ。


「おはよー」

相変わらずの気の抜けた挨拶の北条さんに、サクラは元先輩を敢えて思い出し、ほっとする。

「おはようございます」

「あれちっちゃいロボットは?」

「だから私ジェダイじゃないですから。旅のお供とか居ませんから」

真壁出版の編集室に、村崎サクラのデスクは無い。サクラはそのまま編集長の真壁の下へ赴き、カメラと真壁のパソコンをケーブルで繋ぐ。組んでいた腕を解き、真壁はキーボードをちょこちょこと叩く。その画像は、風巻下議員の秘書がとあるホテルの地下駐車場に停まる車の傍で、誰かに何かを手渡している、そんな構図だった。

「こいつ秘書だよな?こらまた、ザ・スクープじゃねぇかよ」


──2日前。

風巻下議員が県警本部に連行されてから3日後、風巻下議員にかけられた容疑は無実だと、朝刊で報道された。真壁は毎朝、出勤する前に近くのコンビニで朝刊を買っている。そしてそれに目を通しながら会社に着くのが日課なのだ。やがて北条が出勤してきた時、真壁はパサッと北条のデスクに朝刊を置いた。

「怪しくね?」

「いや、十中八九そうすよ。料亭の従業員なんかに落とされるほど小物じゃないすからね。女性従業員の狂言って事にもなりますよそら」

「本当だとしても圧力かけて狂言にした事実でも掴めれば、ひっくり返るんだがな」

サクラは高級料亭「岳」の裏口の前に居た。朝っぱらから店には記者が押し掛けていたのだ。確かに張り込まない手は無いだろう、でも渦中の女性従業員を出勤させては余計に大事になってしまうのではなかろうか。それから裏口へ出勤する人達を記者達は片っ端から取材していき、やがて渦中の女性、上原(かみはら)がやって来ると、サクラは静かにカメラを構えた。

「上原さんですよね!」

詰め寄る記者達、そんな威圧感に、あの気丈だった彼女は足取り重たく立ち止まる。伏し目がちの上原に、記者達はカメラを向け、レコーダーを突きつける。そこにサクラは居ない。サクラはレンズ越しに上原と記者達を観ていた。

「狂言だったって本当ですか?」

しかし歩き出した上原に、記者達は矢継ぎ早に質問を投げつける。

「本当は恋愛の縺れなんじゃないですか?」

「愛人なんですか?」

「店の売名の為の狂言ですか?それとももっと金が欲しいんですか?」

ピタッと上原が止まる。

「口止め料を弾ませる為の狂言ですか?」

しかし振り返る事なく、バッグは振り回された。

「ふざけんなボケ!お前も訴えるで!」

誰にムカついたのかは分からない。最後に喋った男がバッグで叩かれると、叫んだ直後に上原は裏口へ駆け込んだ。

「ぶっ・・・」

吹き出したサクラの笑い声が閑静な朝時に妙に響いた。落ちたメガネを拾いながら、男がサクラを睨み付ける。

「ターコイズ!笑うなバカ」

カメラを降ろし、サクラは手刀を切る。記者達が散っていく。まるでお祭り的なイベントが過ぎ去り、「さぁ帰ろう」といったそんな雰囲気で。それでも張り込みを続ける人は残り、高級料亭に面した閑静な朝時はその顔を取り戻していく。

「何か情報無いかぁ?」

先程殴られた、天地(てんち)出版の記者、週刊ストレイトを担当している坂道(さかみち)さん。そもそも私はフリーランス。私から何かと情報を買おうとする人。

「今の所、自慢話は無いです。坂道さんも上原狙いですか?」

「風巻下張ったって無意味だろ。しかしまぁ、よく通報なんかしたよな?あり得ないだろ普通。やったとしても金貰ってんだから裏切らないだろ」

「人の心は分かりませんよ。突然ふって何か沸いたりするものですから」

「けど俺らにとっちゃ感謝感激だよなぁ。前の収賄報道じゃグレー止まりだったし。何かあるはずなのに何も出来なかった、上原は、そんな時に立ち上がったヒーロ・・・ヒロインか。それより何か別件のスクープとか無いか?・・・あっくそ、あの関西女、メガネ傷付いちまってる」

「例えば?」

「あー、レインボーハートとか。何か臭うんだよなぁ、プロデューサー」

「私この前、表紙撮りましたよ」

「おう?」

すると小さくニヤつくサクラに、坂道もハイエナの如く目を輝かせる。

「・・・可愛かったです」

「あぁ・・・あ?・・・んだよっ。清純アイドルグループだよなぁ・・・何かねぇかなぁ」

「そう言えばどうなりました?九太(きゅうだ)国会議員」

途端にため息を吐き下ろした坂道。週刊ストレイトは主に政治家のスクープを狙う週刊誌。しかしそれ故に、下手を打てば痛手が大きい。政治家をつついて逆に廃刊にまで追い込まれたなんて話は珍しくない。そしてレインボーハートのメンバー「カナ」は衆議院議員の娘。政治家をつつく為ならアイドルも守備範囲なんて、さすが週刊ストレイト。

「揉み消された」

「どうせまた半端な情報だったからでしょ?」

「どうせって・・・。てか揉み消す時点でグレーだろ」

「じゃ私、そろそろ行きますね」

「どこへ」

「勿論、風巻下議員をストーキングしに」

「ハッ止めとけ」

横浜市山下町にある風巻下議員の事務所。事務所が入っているビルの辺りには、ちらほらと“怪しい人達”が確認出来た。無論、張り込み中の記者だ。しかしこれだけ数の少ない状況は、それだけ皆が期待値は低いと思っているから。そんなところで、サクラはスマホを手に取った。

「戸熊先輩?」

「こっちは殺しの捜査中だぞ一般人!」

「風巻下議員の事件現場の詳細お願いします」

「ああ?・・・しょうがねぇなったく。二課の奴に聞いてやるよ」

「ありがとうございます」

「その代わり、その問題済んだらこっちもやれよ?お前はオレの犬なんだからな!」

「分かってまーす」

2階の事務所から秘書と共に風巻下が出てくると記者達は集まっていき、サクラはカメラを構えた。

「無実になったお気持ちを!」

「喜ばしいですが、この事にはもう関わりたくないんでね」

立ち止まる事なく1階の駐車場へ2人が向かうとそのままゾロゾロとついていく記者達。

「女性従業員とはどういったご関係ですか?」

「どういったって、そりゃ従業員と客ってだけですよ」

「狂言を吐くまでとなると少なからずひいきにされてると思いますが」

「と言っても、常連の客以上の関係なんてありませんよ。こっちは全くの被害者です」

秘書がドアを開け、風巻下が車に乗り込み、シャッターが鳴り、フラッシュが瞬く。それでも風巻下は顔色1つ変えず、事務所を後にしていった。45歳のイケメン横浜市会議員。そんな印象が先行してか、記者達でさえも悲劇のヒーローに接するような態度だ。

真壁出版に立ち寄ったサクラ。カメラと真壁のパソコンをケーブルで繋いだ時、サクラは新聞を見せられた。記事内容は「岳」の上原が慰謝料を狙い、常連である風巻下に買春の濡れ衣を着せたというもの。それから上原は日頃から客の物をくすねる常習犯で、この仕事の前はキャバクラで働いていたという事が続けられていた。

「どう見るよ、元刑事」

「風巻下みたいな権力のある人じゃない方が、濡れ衣を着せれる成功率が高いと思いますけど。わざわざ風巻下を狙う理由でもあったんですかね」

「おいおい、誰だってどうせやるなら地位の高い奴を狙うだろうよー。それに議員なら報道されただけでもダメージがあるんだ。むしろ狙い目だろ」

キーボードをカチカチしながら横槍を入れてくる北条。

「それもそうですね。ていうかこの記事、最初の出所はどこなんでしょうかね」

「そうなんだよそこなんだよ。新聞が出る前、週刊ヒカリノがすっぱ抜いたってテレビが言ってたぜ」

「週刊ヒカリノ・・・」

東京都の品川にあるという出版社「ヒカリノ」。それからサクラはヒカリノへ踏み込んだ。そこそこの雑居ビルに入っているみたいだし、入ってすぐカウンターだって設けられてる。スッと会社に入ってきた女を、パッと眺める人達。

「何だお前」

「フリーランスです。風巻下議員の事嗅ぎ回ってます」

たまたま近くに居て、サクラに話しかけた男性は当然顔をしかめる。そして苛立ちと鬱陶しさを前面に出し、シッシッと手を払って見せた。

「記事を書いた人はどこですか」

「情報売る訳ないでしょうが分かるだろ」

「私の情報聞いてからでも遅くないと思いますけどねぇ」

「はぁ?どうせ大した情報じゃないだろうが」

「岳の上原の上司から聞いた新事実ですよ?」

――「ヒカリノ」に来る前、サクラは「岳」の暖簾を潜っていた。案内役は当然上原ではなかった。カメラをぶら下げたサクラの格好に、その男性は途端に表情を凍らせる。サクラは何を言う前に先ず、人差し指を男性の顔に差して1周だけ“クルっとした”。男性はそれに対してリアクションは取らない。ただ、瞳の奥を開いただけ。

「上原さんの記事の事で聞きたいんですけど」

迷惑そうにサクラを見る男性。

「客の物をくすねる常習犯だというのは本当なんですか?」

「いえ、私の知っている限り、そんな事はありません」

「キャバクラで働いていたというのは」

「それは本当です」

「記者が出てから、上原さんの様子は」

「そりゃあ憔悴してましたよ。今でも風巻下様の事を、恨んでます」

「どう恨んでるかは、具体的に何か言ってましたか?」

「そりゃあ、買春してるクセに揉み消すなんて最低だと」

「そうですか。ありがとうございました。あ、あと1つ、上原さんを出勤させたのは何故ですか」

「1人で居るより良いかと思ったからです。ここならマスコミが来ても守れるし、仕事に集中すれば気も紛れますから。私が来るよう言いました」

サクラは人差し指を「ヒカリノ」の男性の顔に差し、小さく目立たないようにクルッと回した。そしてこっそり男性を外へ促した。

「ネタ元って、風巻下議員の関係者ですか?」

「デートしてくれたら教えるよ?」

「げっ」

「あんた、結構オレのタイプだしさ。ここは取引といこうか」

「取引は、情報同士でお願いします」

しかし先程の鬱陶しさなど“もう”、その男性の瞳の中には無い。まるでナンパに賭けたかのようなイヤらしい目つきに、サクラはドン引きする

「えぇ?あんたまさか独身じゃないのか?」

「独身、です」

「彼氏は?」

「え?・・・あー、居ませんけどぉ」

「デート1つ売れないんじゃ、フリーでなんかやってけないでしょうよ。それに、てことは、渇いてんだろ?」


「それでネタ元は教えてくれなかったんですけど、会う時間を教えて貰ったので、撮りに行ったら風巻下議員の秘書だったという訳です」

「つまり風巻下議員は、週刊誌記者を使って上原のある事ない事書き連ねさせてマイナスイメージを付けさせたってこった」

「でー?デートはどうだったの」

「デートは今夜です」

ゆっくりゆっくりと、見せつけるようにニヤついていく北条。

「なんですか」

「それにしてはサクラ、いつものと同じだな。それとも勝負は下着でってか」

「バカじゃないのっ!?たかが初めてのデートでしょ。それにオシャレなら一旦帰ってからしますから」

「じゃ、8万だな」

「毎度どうも~」

「“あっち”からは何も聞いてないのか?」

真壁さんの言う「あっち」。それは決まって神奈川県警捜査一課の事。

「そりゃ聞いてますよ。戸熊先輩に二課から聞いて貰ったんです例の買春現場。風巻下議員の証言では、秘書は廊下で待機してて、上原と2人きりだったそうで、それは上原さんも認めてます」

「じゃあシンプルにやったやらないで分かれてる訳だなー。いやぁ元刑事のフリーカメラマンとか、いいよねぇホント」

突然の緊急速報。小さくとも耳を突くその音に、皆は一様にテレビへ目を向ける。情報番組の放送中、画面の上に表示されたのは巨大なロボットが国会議事堂に迫り、それに対して国会議事堂に常駐する超能力者が現在迎撃中、という字幕。

「東京はホント大変だなー」

正直、そんな事件は見慣れたものだ。

「いやこの前だってベイブリッジ占拠されただろ」

街を歩くサクラ。何となくキレイな構図だと思えばカメラを持ち上げ、レンズ越しに風景を観る。待ち合わせまで少し時間はあるが、あれは嘘だ。別にいつもの格好だってオシャレを考えてない訳じゃない。

それからサクラは腕時計で、何度目かの時間確認をする。デートする気はないけど、断れそうになかったし仕方ない。とは言え・・・来ない。あれだけ誘っておいて来ないっておかしい。お腹空いたし、もう行っちゃおうかな。

ふと聞こえたパトカーのサイレン。ジャーナリスト魂というより、刑事魂が疼いた。軽く駆け出すサクラ。行き着いた先は山下公園と横浜スタジアムの中間辺りだと思われる静かな道。その道沿いのマンションのゴミ捨て場に、人集りはあった。やじ馬、マスコミ、規制線とパトカー、そして鑑識。

「戸熊先輩っ」

「おぉ?嗅ぎ付けやがったな?」

しかし親しく微笑みかけて近付いてきたと思いきや、戸熊はクルッと背中を向けて去ろうとし、サクラはとっさに戸熊の袖を掴む。

「殺しですか?」

「そうだよ。遊んでる暇無ぇんだよ!ったく、伸びたらお前がアイロンかけろよな?」

「え?先輩、そんなに服に気をかける人じゃないじゃないですか。脱いだら脱ぎっぱなんだから」

「バカタレ、オレの私生活知らねぇだろうが。良いんだな?何も教えねぇぞ?」

「え?先輩こそ良いんですかあ?ギブが無いならテイクも無いですよ?」

「うるせぇよ一般人、情報提供は義務だ」

「もうー。それで、害者の身元は」

「・・・財布に免許と社員証があった。勝間田(かつまだ)礼亜(らいあ)、30歳。出版社のヒカリノに勤めてる」

「・・・え、私、一昨日ヒカリノ行きましたよ」

「勝間田に会ったのか!?」

「分かりません、害者の顔見せて下さい」

何となく胸騒ぎを感じていた。と言ってもそれは限りなく黒に近いもの。ブルーシートを潜ると、幾つものゴミ袋の上に遺体はあった。その男は、間違いなくデートする予定だった男だった。

「戸熊、何マスコミ入れてんだ!」

やってきたのは戸熊先輩の今のバディ、ベテラン刑事の和木(わき)さん。けれど和木さんだって顔見知り。私を見ると、和木さんは拍子抜けしたように笑みを溢した。

「村崎かよ」

「こいつ一昨日ヒカリノに行ったらしいです」

「実は私、この人と会う約束してました」

「村崎の男か?」

和木の問いに、戸熊は一瞬眉間を寄せる。

「違いますよ。ネタを貰ったので、代わりにデートするって約束で」

「うわぁ村崎、遂にそういう――」

「何言ってるんですか!そんな事しませんから」

「いやだって現にデートしようと――」

「ただのデートです。夜ご飯奢らせてトンズラするだけですから」

「で?何で勝間田と?」

「ヒカリノに行って聞いたんです。勝間田が、風巻下議員の秘書の依頼で、上原の狂言記事を書いたって」

「は!?」

「っていう情報を貰ったので、デートって事に。まぁそれは忘れて。しかも勝間田が秘書と会う時間も教えて貰ったので、写真はバッチリです。先輩、風巻下は黒ですよ」

「でも狂言が嘘だとして、それが公になっても政治家生命へのダメージにしかならねぇ。決定的な証拠が無ぇからなぁ。例え勝間田を殺ったのが秘書だとしても、秘書が勝手に殺ったと言われればそこで終わりだ」

一区切りを付けるような溜め息を吐き、空を見上げる戸熊。同時にその手はサクラの頭に乗せられた。

「毎度どうもオレの犬、もう行っていいぞ」

その微笑みは、一瞬私を硬直させた。

「この殺しの事教えて下さいよ?」

「さっさと行けよ!また良い情報くわえたら戻って来い」

そして、週刊ターコイズの最新刊は発売された。読者によるネット拡散などにより当然その日のテレビは朝から沸いた。上原の狂言記事を書いた週刊誌記者が殺された事はすでにニュースになっていて、その後日にその記者が実は風巻下議員の秘書と繋がっていて、記事は風巻下の秘書の指示で書かれたなんて記事が書かれた週刊誌が発売されたからだ。

サクラは「岳」の前に居た。サクラと同じように「岳」に集まる記者達。その中には最早テレビクルーも混じるほどだ。しかし出勤して来る従業員が片っ端から投げ掛けられる質問は――。

「上原さんは日頃から強い正義感をお持ちなんですか?」

「理不尽なクレームにも対応なさるんですか?」

テレビ以上に、上原がネットで叩かれていたのは周知の事実。そのネットでの攻撃は逆にテレビでも特集されていたほどだ。そして次は、ネットでの手の平返しコメントがワイドショーで特集される。

「上原さん!狂言の濡れ衣が晴れたお気持ちを!」

サクラはレンズ越しに、止まらない上原、纏わり付く記者達を観ていた。

「それより自分、あたしに謝るのが先なんやないの?」

立ち止まった上原に記者達はカメラやマイクを向け、上原の怒りの眼差しの矛先には誰もレンズを向けない。怒りですら、いやだからこそ撮る価値がある、ごく自然な事だ。坂道でさえ上原を撮る、もっと怒りをぶつけるか、それとも掴みかかるか、それを待つ為の黙りを決め込むそんな状況に、痺れを切らして上原は歩き出す。

「悪を暴いたお気持ちはどうですか?」

「通報は国民の義務なんやろ?」

止まらず振り返らず、上原は裏口へ去った。散っていく記者達。萎んでいく空気感と共に、やがてサクラもカメラを下ろす。

「よぉターコイズ、何か最近、上原の態度おかしくないか?」

「マスコミへの防衛本能なんじゃないんですか?」

「あー、そうかなぁ。なぁそれより、どこで手に入れたんだよ」

「ネタ元明かせる訳ないじゃないですか」

「くっそぉ。俺だってヒカリノに行ったんだぞ?けどどうにも口が堅かった。でもバックが議員じゃそりゃそうだよな。まぁけど、こんだけの風穴がありゃ、さすがに風巻下も時間の問題だよな。お前これから行くんだろ?風巻下んとこ」

「はい」

「だったらお前にもへばりついとかねぇとな。ヘッ」

とは言え、秘書と勝間田の密会記事が出ただけだ。しかしそんな事はマスコミの人間は分かってる。真実は後からでいい。“記事を膨らます事こそが使命”だと。そんな時だった、1台の覆面パトカーが「岳」にやって来た。戸熊と和木、その他2人の捜査一課の刑事が「岳」に入っていく。我先にと集まり出す記者達。それから「岳」を出てきたのは、刑事と刑事に連れられた上原だった。フラッシュがたかれ、ビデオカメラが向けられる。

「一言お願いします!」

しかし口は閉ざされたまま、上原は連れていかれた。真っ先に車へ撤収したのはテレビクルーだった。静かに去っていく覆面パトカーを追いかける車を眺める坂道とサクラ。

「俺記者クラブに入れる知り合いに情報貰いに行くけど、お前は?」

「風巻下議員のとこへ行きます」

「だったら交換してくれよ?」

「良いのが掴めればですけどね」

当然の如く記者が集まっている風巻下議員の事務所前。しかし私に気が付くと、数人は匂いを追うように、ジャーナリストスイッチの入ってない態度で寄ってきた。

「ターコイズさん、情報交換しません?」

手際よくスッと手渡される名刺。大手新聞社の人だったり、テレビ局の人だったり。でも坂道さんほどイヤらしい目じゃない。さすが余裕のある大手組。

「でもあげられる情報無いんですよねぇ。肝心の勝間田さんだって亡くなったし。むしろツテを無くして困ってるくらいです」

「他にヒカリノの人と話してないの?」

「それがそうなんですよ。運が良いのか、話しかけた人が勝間田さんだったんで」

「え、そんなんでよく情報貰えたね」

「いやぁ何か、いきなりタイプとか言われて、それからデートしてくれたら情報あげるって言われて」

「あー、そうなんだぁ」

私は見た。その笑顔のおでこに書いてある「ドン引きだ」「そういう女か」という文字を。

「風巻下議員!」

弾かれる目線と、ジャーナリストスイッチが入った空気。悲劇のヒーローから一転、疑念の議員、そんな冷ややかな空気だ。それでも風巻下議員は違う秘書を連れて毅然と階段を降りてくる。

「あの秘書の方は」

「謹慎中です」

「議員の指示ではないんですか?」

「そんな訳ないじゃないですか。むしろ膿を炙り出してくれた週刊ターコイズさんには感謝したいくらいですよ」

「では、秘書が勝手にやったと」

「その通りです」

それから緊急速報で報道されたのは、上原(かみはら)華野乃(かのの)が勝間田を殺害した容疑者として逮捕されたというニュースだった。当人は犯行を否認しているものの、かくして悪党議員を密告した悲劇のヒロインの逆転劇、そんな見出しは一転したのだった。

横浜市山下町のとあるマンション。その前にはパトカーやら鑑識が乗ってきた警察車両が止まり、閑静な道を厳かな空気で縛っていた。マンションのとある一室に、刑事と鑑識は居た。鑑識のカメラがフラッシュを光らせる。その部屋は荒れているが、それは強盗というより、争ったような感じだ。

「凶器は、家の包丁ですね」

戸熊が口を開く。

「押し掛けてきてその部屋の物で殺したんだな」

和木が応える。

荒らされた部屋に、服を乱されて胸に刃物を刺された女性の遺体。その服の乱れ具合は誰がどう見ても、強姦。その上で手で首を絞めたとかの致死ではなく、包丁で心臓を一突き。そんな酷さに、ふと遺体を見下ろした戸熊は眉間を寄せ、溜め息を吐いた。戸熊と和木はその害者を知っていた。害者は、ワイドショーで取り上げられていた、「岳」の女性従業員、上原華野乃だった。

サクラはブルーシートで覆われているマンションの一室を、記者達と共に見上げていた。ネットでのバッシング、それは時に情報収集のプロである記者でもすぐには掴めない情報などが簡単に公開される。住所、顔写真は勿論、小学生の時の写真や実家の住所まで。更にそれらは報酬目当てで直接記者に売り込まれる事だってある。真壁出版編集室のテレビにはワイドショーが映っていた。真壁は腕を組み、上原の自宅マンション前で中継を繋いでいる番組を見ていた。


──昨日。

上原が逮捕されてから3日後。サクラは道路を遮る規制線の前でブルーシートを眺めていた。ブルーシートの中には事件現場となった自動車が停められているのだそう。やがてブルーシートから布が掛けられた遺体が担架で運ばれてくると、警察車両に乗せられるその一瞬を狙って記者達はシャッターを鳴らし始めた。何の事件かは分からない、けど群がる、それも仕事。

真壁出版に立ち寄るサクラ。カメラと真壁のパソコンをケーブルで繋げながら、サクラはふとテレビを見る。そのワイドショーでは、アイドルグループ「レインボーハート」のプロデューサー、保木(ほうき)一記(かずき)が週刊誌によって熱愛が報道されたという事を取り上げていた。何故ニュースになるか、それは勿論、相手が相手だからである。

「いーなー、プロデューサーとか。アイドルと付き合えるなんてなー」

深く背もたれ、例の如く気の抜けた口調の北条さん。

「もれなく殺害予告もついてきますけどね」

「んー、それはやだなー」

いくらレインボーハートを作ったとは言え、メンバーに手を出すなんて職権乱用だ。ファンのそんなコメントを紹介したところで次のニュースに切り替わる。上原の事だ。勝間田の衣服のポケットの中に上原の私物があり、勝間田の遺体が上原の自宅マンションのゴミ捨て場にあり、死亡推定時刻に上原のアリバイが無い事から上原の逮捕が決定したが、本人の犯行否認、凶器の未発見などの証拠不十分で今朝保釈された。しかし何より問題なのは、ネットでのバッシングだ。市会議員に買春の濡れ衣を着せた事に始まり、逆に濡れ衣を着せられたのは上原だと世間のイメージが一転したが、正義感の強いそんな人が実は殺人犯だったと、再びイメージは一転した。

サクラは上原の自宅マンション前に居た。他にも記者達が張り込んでいる事は言わずもがなだろう。マンションに入ろうとした時、サクラは坂道に呼び止められた。

「いくら行っても居留守だぞ?」

「行くだけ行ってみますよ」

「じゃ、俺も」

302号室、上原の自宅だ。サクラはインターホンを押した。それから数秒後。

「・・・あの時の記者さん?」

ドアの向こうから、上原が声をかけてきた。

「はい。大丈夫ですか?」

「大丈夫な訳ないやろ。何しに来たの」

「話せる相手が居た方が気が楽になるかなと思いまして」

「あんただけならええよ」

サクラは坂道に振り返り、見せつけるように微笑む。それからサクラは上原と2人、その部屋で座り込んだ。上原のその表情は疲労と怒り、どちらともを強く伺わせていた。

「何で、こんなことになったん。あたし、ただ通報しただけやん」

「予想以上に、風巻下議員が黒いって事じゃないですか?週刊誌記者を買収して、その上まるで口封じみたいに殺すなんて」

「犯人分かってんの?」

「分かりません。でも、怪しいですから。あの、しばらく仕事休むのは、上司の方の指示ですか?」

「うん。欲しいもんあったら買ってきてくれるし、真犯人が分かるまで大人しくしてろて」

「警察は優秀ですから、きっと真犯人見つけてくれますよ」

「どうやろね。相手は政治家、いっそ能力者に暗殺でもされてくれないと無理やないかな。はあ・・・もうあたし大阪帰りたいけど、それも無理そうやし、どこ行ったってどうせ言われるんやし」

「落ち込まないで下さい、警察に協力してる能力者だっていますから、ね?」

「・・・うん」

「あの、勝間田と会った事はありますか?」

「死んだ記者?ないよ」

「会った事ないのに、遺体から上原さんの私物ですか」

「やっぱり風巻下やろ。権力があればどうにでも出来るんや、ほんま最低」

「身の回りで無くなったものって?」

「タバコとライター、取り調べ室で見せつけられるまで分からんかった」

「じゃあ心当たりもないね」

「警察には覚えてないて言うたけど、もしかしたら、風巻下にヤられてる時かも。そんな時やったらこっそり盗られても分からんもん」

「貰ったお金は今どこに?」

「小出しにすれば足付かんとか言うて、店来る度に少しずつくれるて。でももう無理やろ。きっとこれも計算やったんや」

サクラがマンションから出ると、すぐにハイエナの如く坂道がやって来る。

「なぁ、レインボーハートのプロデューサーの情報欲しいだろ?」

「これから私プロデューサーに突っ込もうかと」

「おい頼むよぉ、持ちつ持たれつだろ?未発表の情報掴んだのか?」

「遺体から発見された上原さんの私物と、取り調べで言ってなかった事。そっちは?」

「レインボーハートを出す番組のディレクターが、保木について話してくれた。どうだ?」

「じゃあ、取引で」

その夜、サクラは中華料理店の前に居た。個室もある高級レストラン「香雲(こううん)」。やれあの芸能人が来たとか、たまに政治家も見るとか、一般人のつぶやきなどで割りとその店の名を目にする機会がある。しかしサクラは店には入らず、その入口がよく撮れる位置で立ち尽くしていた。するとやがて、そこに黒塗りの車がやって来た。


──数時間前。

サクラは風巻下議員の事務所に向かっていた。すでに風巻下議員は事務所を後にしていて、そこには記者達の待ち伏せは無い。あるとすれば事務所を通り過ぎる一般人に風巻下議員の事を取材したり。サクラは事務所のドアを開けた。奥への廊下や応接間が見えないように設置された受付。見るからに記者な風貌のサクラに笑わない受付嬢。

「記者の方は──」

サクラは人差し指をクルッとする。

「──ご遠慮、して・・・頂けたら、助かり、ます」

「1つだけ聞かせて下さい」

「じゃあ1つだけ、ふー」

肩を下ろし、大きく息を吐く受付嬢。厄介だが、すぐに済むなら仕方ない。そんな態度で迷惑そうにサクラを見る。

「風巻下議員の食事のスケジュール、教えて下さい」

「えー、それって、張り込む為ですよねぇ。私、怒られちゃいますぅ」

「大丈夫ですよぉ。貴女から聞いたって言わないので」

「そうですかぁ?」


消音モードで、シャッターは世界に噛み付く。黒塗りの車から出てくる風巻下議員。続けて秘書。何にも気が付いてないような素振り。そして秘書と共に「香雲」に入っていく。しかし「香雲」には立ち寄らず、サクラはその場を静かに後にした。

「いらっしゃい」

居酒屋の主人が入ってきたサクラに声をかける。その店には割りとよく来ているサクラは主人に会釈すると、他の客を軽く見渡したところで1つのテーブルに向かった。相変わらずのちょうどよく充満する香ばしい煙たさ。時間帯だけに、スーツじゃない方が浮いてしまうガヤつきを進み、サクラは椅子に座る。

「いらっしゃいませ」

相変わらずの微笑みが可愛いバイトの女の子。彼女はすぐにおしぼりと割り箸をサクラの目の前に置いた。

「生ビールと焼き鳥盛り合わせ」

「はーい」

「上原さんから、タバコとライター無くした心当たり聞きました、本人の憶測ですけど。当の事件最中なら、こっそり無くしても気付かれないかもって」

「風巻下が、上原のタバコとライターを盗んだか。じゃあそれを秘書に渡して勝間田の遺体に忍ばさせたって?」

「はい。凶器とアリバイってどうなんですか?」

焼き鳥を飲み込んでビールを流し込む戸熊。

「死亡推定時刻はずっと家に居た、それだけだ。つまりホシは上原が家から出ないと知ってて、あそこで勝間田を殺した。凶器はまだ見つかってないが、害者の爪の中の皮膚片からでもホシを挙げられるから、最悪見つからなくてもいい。皮膚片の事黙ってろよ?」

「あ、はい。私物が何かは書いてもいいですよね?」

戸熊は眉間を寄せ、和木を見る。すると和木は眉を上げて黙ってジョッキを傾けた。

「でも風巻下の秘書は、DNAなんて絶対提出しませんよね」

「秘書野郎は、必ず追い詰めてやる。・・・他には聞いてないのか?」

「実は・・・」


──数時間前。

上原の自宅から去ろうという時、サクラは呼び止められた。その声色は、明らかに迷いを伺わせていた。

「警察に言おうか、記者に言おうか迷ってたんやけど」

「迷ってた?」

「だって通報しても揉み消されるんやし」

「そっか、それで?」

「SNSのダイレクトメールで、私も風巻下にヤられたっていうのが来てん」

「え!?」


「スタジアムの近くの高級レストランの香雲って所の従業員からで、上原さんの事がニュースになって、それで声をかける気になったって。でもこれは警察じゃ手が出せないので、ジャーナリストとして私が行きますよ。上手くいけば上原さんの事も認めさせられるかも知れません」

「良かったな」

和木はそう言って焼き鳥を口に運ぶ。言葉は少ないが、和木の優しい微笑みはそれだけでも私の正義感を理解してくれていると思える包容力がある。しかし次に戸熊が放った言葉は──。

「せいぜい主人の為に良い骨くわえて来いよ?」

「え、主人て、まるで私の夫みたいな言い方」

「は!?お前っバカタレ!Sって意味だろが。お前はオレの警察犬だぞ」

「分かってますよー。あそうだ、伊勢佐木町の、車内での殺しの事教えて下さい」

「ああ・・・伊勢佐木署の捜査本部に行ってんのは3係だからなぁ。今はお前、風巻下に集中しろよ」

「んー、そうですねぇ」


しかしそれから翌日の事だった。まさか上原の自宅という名の殺人現場を見上げる事になるなんて。記者がシャッターを鳴らし始め、レポーターが喋り始める。布が掛けられた遺体が、鑑識によって担架で運ばれてきたのだ。レポーターは皆、風巻下議員との関係を注目するような発言をしている。風巻下がここまでするのは、上原が保釈され、無実が濃厚になったから?。そんな事で殺すなんて・・・。

「クックック」

「坂道さん、何笑ってるんですか?」

「嘘を嘘で塗り重ねて、挙げ句にこれじゃ、もう風巻下は終わりだ。風巻下が私物盗んで、勝間田殺しの濡れ衣を上原に着せて、無罪になりそうになったら口封じ。いやぁ、良い記事書けそうだ」

「でも、実際は証拠不十分なんですよねぇ」

「良いんだよ、政治家として死ねば何でも」

真壁出版に立ち寄るサクラ。カメラと真壁のパソコンをケーブルで繋ぎ、サクラはテレビを見る。ワイドショーで紹介されたのは、「上原」でハッシュタグの付けられたつぶやきだ。バチが当たった。死んで当然。どうせ政治家を潰す為に金貰ってる。でも逆に潰されて逆上して殺人。犬死にした雇われ政治家キラー。逆に殺処分されるべき人間。もしかしたら反政府組織の人かも。美人局だったの?。

「何じゃこれ」

真壁はカメラから転送されてきた画像に戸惑う。それは、微笑む上原の写真。しかしすぐに頭を巡らせた。使いようによっては切り札になると。

「レインボーハート特集の素材、今日からレギュラー番組のスタジオ行ってこい」

「それはつまり、ディレクターにも話をって事ですね」

「突っ込み過ぎて嫌われるなよ?最優先はレインボーハート特集だ」

「はーい」

仕事も終えてサクラはそれから、「香雲」に居た。たまには高級レストランで自分にご褒美をあげたい。という事はなく、あくまでも目的は店員さん。

「お待たせ致しました、担々麺でございます」

あの時、サクラは聞いていた。SNSのダイレクトメールを送ってきた人の名前を。それからその人のブログを見て顔も確認していた。

「あのぅ、華川(はなかわ)さん居ますか?知り合いで、話したいんです」

「少々お待ちください」

そしてやって来た途端にサクラは女性店員に向け、人差し指をクルッとする。

「・・・あなた、誰ですか」

「私、上原さんの知り合いです。ダイレクトメールの事で話したくて」

すると華川はさりげなく周りを見渡してから、隠れるように個室に入って来る。

「何で、上原さん死んじゃったの?」

「まだ分かりません。それで、何でもいいので風巻下に関する証拠が欲しくて」

「でも、私・・・まだ死にたくないし」

「ネタ元は明かしませんから」

「まさか、記者か何か?」

「はい。上原さんの為にも、協力してくれませんか?風巻下に買春されたのは事実なんですよね?」

「うん。でも、告発となると店の名前くらい出さないといけないだろうし、そしたら、風巻下は私が話したって分かっちゃうし、そしたらやっぱり、消されちゃうよね」

「いえ、逆ですよ」

「え?」

「今は、風巻下議員のイメージは悪いです。そこにまた別件での密告があれば、同じように密告者を潰そうとすればするほど疑惑は高まります。ですがそれには、決定的証拠が無くてはだめです」

「・・・証拠は、多分イケると思うけど、でもだめだったらマスコミの餌食だしなぁ」

「華川さん・・・」

2人は見つめ合う。華川は胡散臭いと疑いつつも、まるで見捨てられた子犬を見るような目のサクラの懇願の眼差しを見る。

「お願いしますよぉ」

「ふー・・・・・・もう分かったよ。麺伸びちゃうよ?」

「あ、はい」

「そうだよね、悪い奴は、ちゃんと懲らしめないとね」

それから、週刊ターコイズの最新刊は発売された。「香雲」の写真と共に、風巻下は買春の常習犯だったという見出しを載せて。「香雲」の女性従業員Aの証言によると、今までに金を渡して淫らな行為に及んだのは計5回。渡された金額は計200万。その金は使わずに置いてあり、風巻下の体液が付着した女性従業員の下着は未だにそのまま保管している、そんな文面が綴られて。

「高級料亭の女性従業員が殺害された件で、横浜市在住の、畑本(はたもと)勝司(かつじ)容疑者が先程、神奈川県警によって逮捕されました。畑本容疑者は、大人数によるSNSのやり取りの中で、上原は殺すべき人間だと話していたら、本当に行動に移してしまったと供述していて、犯行は認めているという事です」

相変わらず真壁は腕を組み、北条はリラックスしている。同じようにテレビを見ながら、サクラは立ち尽くしていた。“全く、関係の無い人間が、上原を殺した”。それが、上原が殺害された事件の真相なのだ。

「バカだよなー。けど、人間の心なんて、こんなもんなのかな?サクラ」

「大勢がそうだと言えば、そうなる。上原さんは、“そういうもの”に殺されたんですかね」

「でもまぁ、サクラが上原の無念を晴らせたって事でさ、そう落ち込むなよ」

「・・・はい」


確かに上原を殺した人は逮捕された。でも、悪いのは、本当に殺した人だけなのだろうか。同じように上原を殺すべきだと話していたその“大勢”は、罪に問われないなら、それでいいのだろうか。


「畑本容疑者が登録しているSNSのコメント欄では現在、畑本容疑者に対するバッシングで炎上しているとの事ですが、そもそもSNSでの上原さんへのバッシングが原因で今回の事件が起こったとの声が大半を占め、世間では炎上の危険性が改めて注目されています。以上ニュースをお伝えしました」

「はい、ありがとうございました。えー、続いてのトピックスは、こちらもバッシングで現在注目されてる、レインボーハートのプロデューサー、保木さんの件ですねぇ。どうなんですかねぇこれ、レインボーハートは恋愛禁止ではないそうですが、相手がプロデューサーとなるとファンの反応が違いますからねぇ」


──2日前。

華川と会う前、サクラはスタジオに居た。レインボーハートの子達の収録中の自然な笑顔を撮ろうと、サクラはカメラを上げていた。レインボーハートは5人組のアイドルグループだが、番組出演の際は2人、2人、リーダーの順となっている。この収録は共に16歳の「カナ」と「ゆらら」だ。MCとのトークで笑う2人に、サクラはシャッターを切っていく。

「オッケーでーす!ありがとうございましたー!」

ゆるい空気が持ち味のバラエティなのでそもそも強い緊迫感は無い。だがやはりADのその叫びで出演者達からは少なからず安堵感が立ち込める。そうして出演者達、スタッフ達が動き出した頃、サクラはしれっとディレクターの高橋(たかはし)に歩み寄る。

「いつもお世話になってます高橋さん」

「どうもどうも、こちらこそ」

「あの、高橋さんから話を聞いた坂道さんから聞いた話なんですけど、保木さんとレインボーハートの仲が悪いって本当ですか」

「元々、保木さんは仕事の上では明るく人付き合いとかしない人なんだよ。それに普段から子供には興味ないとか言ってたから、5人と距離があっても普通なら不思議じゃないんだ。けどこの前さ、楽屋で、5人が保木さんが嫌いだって話してんの聞いちゃってさ」

「理由は?」

「それが聞いても誰も教えてくれなくて」

「そうですか。他に保木さんとレインボーハートとの間での話、何かないですか?」

「え?んー、特にはないかな」

サクラは扉をノックした。可愛くしてみせるような返事が聞こえてきてから、サクラは扉を開ける。幸いマネージャーの姿はない。すでに私服に着替えていたカナとゆららは目を丸くしながらも、ターコイズのカメラマンだと微笑みを見せる。

「お世話になってますターコイズです」

「はぁい、おはようございます」

「スタジオ収録の様子、特集の素材として撮らせて貰ってたからね」

「はい」

「高橋さんからね、保木さんと仲良くないって聞いたんだけど、大丈夫?」

2人は笑顔を浮かべる。それはとってもぎこちない雰囲気をもたらすもので、まるで収録時のテンションかのよう。

「そんな事ないですよ大丈夫です」

「ホントにぃ?」

「まぁ仲良くはないですけど、悪くもないです、えへへ」

「あは、そっか。じゃまたね」

「はい!」

それからサクラは廊下で見つけたレインボーハートのマネージャーに歩み寄る。仕事相手として挨拶する、というだけではない。

浜谷(はまや)さん。お世話になってます」

「あぁ村崎さん、こちらこそお世話になってます」

「あの、レインボーハートの子達と保木さんが仲良くないって聞いちゃったんですけど」

「まさか変に膨らませて記事にしませんよね?」

「膨らませはしないですよぉ。レインボーハートとの仕事が無くなったらターコイズは干からびちゃうんで、仕事が無くなるような事はしませんよ。でも他社の記者にも知られてるので、こっちとしては擁護出来るように突っ込みたいところで」

「他社って?」

「ストレイトです」

浜谷にだって分かりきっている。週刊ストレイトは政治家に対してよく悪い記事を書く。それがカナを通してレインボーハート自体に悪影響を及ぼす、その可能性はあり得ると。苦々しく、浜谷はため息を吐く。

「そもそも、何故、熱愛なんて出たんですか?」

「それはあたしにも分かりません。ただ最初に保木さんを嫌いだと言い出したのはアコです」

「当の熱愛の相手と言われてるリーダーのアコちゃんが、本当は保木さんが嫌いだなんて」

「まだ書かないで下さいよ?今それが公になってしまうと、きっともっと複雑になってしまいますから」

「分かりました」

その翌日、スタジオ収録ではカナとゆららに代わり、17歳の「まよる」と18歳の「タオリ」が出演していた。サクラは同じく、トーク中に笑ったりする2人にシャッターを切っていく。

その時世間では、上原が殺害されたニュースが1番新鮮だ。犯人はまだ逮捕されておらず、警察は今正に突っ走っている最中。

「記者クラブで公にはしてないが、十中八九ホシはSNSのコメント投稿者の野郎だ。秘書とは関係ねぇだろう。マスコミに知られて掻き回されないようにしてんだから、お前も書くなよ?」

「はい、それはもう私の出る幕は無いですね。じゃあ伊勢佐木町の件教えて下さい」

「はあ?風巻下はよ」

「それに関してはもうターコイズの発売を待つだけですから。そうなればきっと秘書も大人しくなりますよ?」

得意げに微笑み、ビールジョッキを傾けるサクラ。

「ほー。やっと尻尾掴んだか」

「しょうがねぇなぁ」

「そうは言っても、私の為に3係の人から聞いてくれたんですよね?」

「あ?そりゃあいくら犬でもエサやんないとなつかねぇからなぁ」

「もうぉー。和木さん、こういうのいい加減何とかして下さいよぉ」

「何言ってんだ、未練の塊なんだよこいつは」

「えっ、和木さん!か、勘弁して下さいよ」

「けどお前らはな、今もバディなんだ。未練がましく突っ掛かってんの、皆腹ん中じゃ微笑ましく笑ってる」

「・・・マジですか」

「ハハハ、だから何とかするも何もないだろ。バディなんだから」

“大人な眼差し”の和木を前に、サクラは子供のように大人しくなる。内心では腑に落ちてる訳じゃない。店に充満する香ばしい煙たさはそのまま、私の胸の中をモヤモヤさせる。未練という言葉を連れて。大人しく、サクラは焼鳥を口に入れ、戸熊はジョッキを傾ける。

「・・・害者は斉藤(さいとう)(ゆう)。フリーライターだ。遺留品は財布だけ。ケータイとか、要は取材メモ的なものが無かった。しかも家でもパソコンやら、取材メモに関するものが狙われて持ち去られてた」

「ヤバイものを調べてたって事は分かりますけど」

「お前もフリーなんだからさ、害者の近辺洗えよな?」

「はい。害者との関係者で分かってる事は?」

「そこまで聞いてねぇよ。明日また聞いてやる」


「サクラ、プロデューサーと話したのかー?」

「昨日はディレクターとマネージャーから話が聞けました。驚きの情報、掴みましたよ?」

「どんなよ」

「アコちゃん、保木さんの事が嫌いらしいです」

「何だそれ、だって報道されてるのに」

「不思議ですよねぇ」

「じゃあ今日はいよいよプロデューサーと?」

「いえ、重きを置くのは伊勢佐木町の殺しですかね。あ、真壁さん、フリーの斉藤有って人聞いた事ありますか?伊勢佐木町の殺しの害者なんですけど」

腕を組んではいるが、表情では小さく驚いた真壁。そしてあくまで落ち着き払ったままだが、真壁と北条は顔を見合わせる。

「あいつ死んだのかよ。そうか、芸能関係を主に突っ込んでる奴だったな。サクラ、お前だって擦れ違ってるはずだぞ。先々週のスカイだって、斉藤の記事使ったしな」

「そうだったんですか」

真壁出版は週刊ターコイズと週刊スカイ、その2冊の2本柱でやっている。けど、ただでさえターコイズの他の取材陣との関わりも少ないのに、スカイの方は、まるで別のクラスみたいな距離感。

「でも覚えてないですもん」

「で、ホシは」

「まだです。何か、現場でも家でも、取材メモがゴッソリ持ち去られてたらしくて」

「そうか。芸能人のスキャンダルしか狙わないような奴なのに殺されるなんて、何かあるな。お前も気を付けろ?」

「はい。他に斉藤さんの記事買ってた会社ってどこですか」

そしてサクラはとあるビルを見上げた。天地出版が入っているビルだ。坂道さんの悔しそうな顔が目に浮かぶ、そんな足取りでサクラはドアを開ける。小さくはない天地出版。サクラはデスク、人、積み上げられた書類諸々の向こうを見渡す。

瀧川(たきがわ)編集長、真壁出版のターコイズ担当の村崎です」

「え?何でだよ」

「斉藤有さんの事、知りたいので」

「ああ、それか・・・遺留品がゴッソリ持ち去られた件な。こっちも記事に出来るほどネタが集まってないからなぁ」

「誰に狙われてるとか、ポロッと聞いたりしてませんか?」

「いやあぁ、ああ、そんな話はなぁ、保木の熱愛ネタを持ってきた時だって、意気揚々としてたし」

「あれって斉藤さんのネタだったんですか。そもそもそのネタ元って誰ですか?」

「そこまでは知らん」

ビルを後にするサクラ。今日はアコがレギュラー番組に出演する日。これからスタジオに行こうという時、サクラは坂道と出くわしたのだった。

「ホント凄いなターコイズはよぉ」

「あら、随分と落ち着いてますね」

「確かにあれは決定打だ。けどな、連行された風巻下、否認してるぜ?」

「え!?でもかなりの証拠ですよ?」

「金については口座間じゃなく手渡しで、封筒にしか風巻下の指紋は無い。下着については本当に従業員のものか分からない、ってな具合だ」

「そんな・・・」

「まぁあんたは健闘したさ。証拠が無いだけで、世間はもう風巻下を黒く見てる、ていうか風巻下は黒だ。後は俺がやるからな?手ぇ出すなよ?」

「落とせるネタ掴んだんですか?」

しかしただニヤつきながら、坂道はドアの向こうへ去っていった。しかし気になるのは坂道のネタではなく、風巻下のしぶとさだ。まさかこれでも否認するなんて。

ある朝、いつものように真壁出版に立ち寄るサクラ。カメラと真壁のパソコンをケーブルで繋ぎながら、サクラはテレビに釘付けになる真壁と北条に続く。その時、ワイドショーではレインボーハートのリーダー、アコの話で沸いていた。レインボーハートのプロデューサーである保木との熱愛報道もまだまだ鎮火されていない中、彼女が保木を警察に突き出し、そして所属事務所が保木に対して刑事告訴をしたというニュースだ。アコ改め、山下(やました)天使(あこ)という本名で報道されるその重々しさに、サクラは真壁の気を揉むような横顔をふと見つめる。

「でもこれなら別にレインボーハート、解散はしないよなー?」

「その線の方が濃いですよね」

「つってもなぁ、プロデューサーが逮捕となると、流石になぁ」

「大丈夫ですよ真壁さん、マネージャーさんはターコイズを嫌ってないんで。そもそもアコちゃん発信ですからね、通報は」

しかしすぐに北条が陽気な笑い声を上げる。

「サクラが焚き付けたんでしょうよ」

「そうなのか?」

「大丈夫ですよ、きっと」

重々しい溜め息を吐き下ろし、真壁はテレビに目線を戻す。テレビではレインボーハートの所属事務所からマスコミ宛てに出されたファックスが読み上げられたり、そもそも熱愛報道は何だったのかなどが語られていく。

それからサクラは神奈川県警本部の前に居た。他の記者達と共に、保木を撮れるかも知れないチャンスを待っていた。おおよそ、犯罪者は嘘をつく。犯行を否認し、保釈されるなら、すぐにでも保木が出てくる。もしそこで逮捕されたならそれでも痛手。しかし否認し保釈され、無実を偽ったならもっと痛手。サクラはそう、保木を待ち構える。そして出てきた保木に、記者達は詰め寄った。

「保木さん!熱愛報道の真意は何なんですか!」

「一言お願いします!保木さん!」

神奈川県警本部を後にして、路肩に停めてある車に向かう間にも、記者達は保木に詰め寄り、保木は何も喋らない。そんな様子に、サクラは遠目からシャッターを切っていた。そして車は去っていき、記者は散っていく。大方、そのまま仕事場についていくのだろう。

それから週刊ターコイズの最新刊は発売された。それは保木にとって、最後の止めとなった。朝の情報番組、ニュースの見出しは保木一記容疑者、殺人容疑で逮捕というもの。

「熱愛報道は、殺害された斉藤有さんによる保木容疑者への恐喝とも取れる行為で、このままでは山下天使さんへのわいせつ行為もバレてしまうとして、斉藤有さんを殺害したという記事に対して、保木容疑者は概ね認めているという事です。来月には東京ドームでのライブも控えているレインボーハートですが、今回の報道により、所属事務所はライブの延期や中止は可能性として否定出来ないと返答しています。因みにネットでは熱愛報道による悪いイメージが一転、勇気を出して声を上げた事への賛美の声が、女性ファンを中心に上げられています。続いては、風巻下容疑者再逮捕、遂に買春を認めたとのニュースが舞い込んできました」

サクラはレインボーハートが歌とダンスのレッスンをしているスタジオが入るビルの前に居た。入口前ではちらほらと他の記者も待ち伏せている。それは今現在、レインボーハートは微妙な立場だという事の表れであり、特にアコから直接話が聞ければと、そんな面構えなのだ。スタジオの入口前ではマスコミ対策としてか、マネージャーを含め、何か色々スタッフが居た。しかしレインボーハート特集を毎週載せている真壁出版の人間への対応は、ただの会釈だ。

「浜谷さんお世話になってます」

「どうもこちらこそ」

「大変ですね、マスコミ対策」

「ホントですよ、出待ちならファンだけにして欲しいです」

静かにスタジオへのドアを開けるサクラ。オーディオ機器から流れる曲がワッと耳に入ってくる。サクラがカメラを持ち上げた時、振り付け師は曲を止めた。

「まよる、テンポ遅いよ、Bメロから」

振り付け師がサクラに気が付くとお互いに会釈し、続けて5人もサクラに会釈してみせる。

「お世話になります。どうぞ続けて下さい。踊ってる真剣な表情を撮りに来たので」

スッピンで汗だくなアイドルを撮り終えた辺りで一旦スタジオを出るサクラ。

「浜谷さん、アコちゃんの様子どうですか」

「吹っ切れたのかどうか分かりませんけど、こうしたいああしたいって、前より声に出すようになりましたね」

「アコちゃんは根はポジティブですからね」

「その代わり頑固さも増しましたけど。でも落ち込むよりマシですから」

「今後の活動で新しく決まった事ってあります?」

「実は、事務所はレインボーハートの露出を少なくしようかって話してるらしくて。清涼飲料水のCMもアコちゃんから別の子に切り換えようかって。もしかしたら、ターコイズさんにも別の子達の特集をお願いするかも」

「そんなぁ」

「そりゃ他の子だって事務所としては推したいですけど、あたし、直談判しようか迷ってて」

「直談判、頑張って下さい、私からもお願いします」

浜谷がサクラの瞳を見つめたその時、2人の時間が止まった。それは一瞬だったが、すでに浜谷の瞳には小さな火が灯っていた。

「ターコイズは断然レインボーハート推しですからね?」

そのビルを後にしたところで、サクラは出待ちのマスコミの中に坂道を見つけた。その時にふと、ニュースを頭に過らせる。遠くからサクラをふと見つけた坂道も、歩み寄ってくるサクラに得意げなニヤつきを見せつけた。

「秘書を落とすなんて、流石ですね」

ガードレールに寄り掛かり、“お互いに”任務完了したスッキリ感でもって微笑み合う。

「秘書が認めりゃ、風巻下だって逃げ場ないからな」

「でも、ほとんど裏の取りようのないイエローネタですけど」

「2年足らずのお嬢ちゃんには分からねぇよ。ジャーナリズムってのは、無力の人間が大物と戦える唯一の武器だ」

「何ですかそれ、カッコつけちゃって」

「いやうるせぇよ。ていうかな、少しくらい強引でも、悪人は晒されるべきだ。一般人でも、ジャーナリストなら悪人を倒せる。それくらい分かるだろ?元捜査一課さんよ」

「あれ?言った事ありましたっけ?」

「ハハッ、ジャーナリスト嘗めんなよ」

真壁出版に立ち寄るサクラ。カメラと真壁のパソコンをケーブルで繋ぐと、真壁は転送されてきたスチール素材に目を通していく。

「サクラ良かったよなー。レインボーハートのマネージャーが社長に熱弁振るって、ライブもCMも予定通りだって」

「はい。浜谷さん焚き付けたので」

「あはっ自分で言っちゃってる」

その夜、大きな仕事がまた1つ終わったと、サクラは自宅で棚の上の写真たちを眺める。写真、それが今の、私の武器。でも坂道さんのような、カッコいい理由なんかじゃない。朝を迎え、ベッドから降りたサクラは“いつものように”洗面台の前に立つ。自分を見つめるサクラ。しかしそれは一瞬だ。けれどすでに、私の瞳には小さな火が灯っていた。正義感という“底無し沼のように重たい足枷”が。まぁ北条さん的に言うなら、焚き付ける、かな。


読んで頂きありがとうございました。

本作品のタイトルの意味は、悪人を倒すというヒロイズムに則って付けたものです。しかしそれによっては罪の無い人が傷付いてしまう危険があるという事を、本作品を通して考えて頂けたら、誠に嬉しい限りです。


ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ギャグと、物語の本筋のテンポが良かったです。 長編ではないのに、物語の世界観が簡潔に分かりやすく説明されていると思いました。 [気になる点] 【濡れ衣を着せれる】ではなく【濡れ衣を着せられ…
2016/06/06 17:46 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ