4 お祭り当日
日曜日、商店街に行くと、祭りはもう始まっていた。
小さい御神輿は念入りに磨かれて、使い古されているのだろうに、渋く輝いている。
私は、御神輿の横を通り過ぎ、、書店の扉を開ける。中にはもうすでに美玖がお洒落をして鏡の前で入念なチェックを行っていた。
「早いね。もう出かけるの?」
「そりゃそーよ。今日のために猛アピールしてきたんだから。れい、変なところないかな」
美玖はくるりと回る。長い髪がふわりと舞って、艶やかな黒が宙を泳いだ。
「髪もきれいに手入れしたね」
「わかるー? さすが美容師さん。朝一番に少し話題の美容室行ってきたんだ」
美玖は本当に嬉しそうに鏡の前を行ったりきたりしている、まだお祭りが始まるまでは二時間ほどあるというのに。
「待ち合わせは十二時よね。今からそんなにしてたら疲れちゃうよ?」
「そうかもねー……。でも緊張でじっとしてられないよ」
「とりあえずお店も開店しなきゃいけないんだから、上にでも行ってたら。ここにいたら埃まみれになっちゃう」
「うー……それなら少し歩いてくる」
そういうと、美玖は準備をして出て行った。いつもよりおとなしいのはやはり緊張しているせいだろうか。なぜだか自分の高校生時代を思い出して、苦笑してしまう。自分にはあんなにときめいていたことがなくて、少し羨ましい。
お店の開店準備を終えると、やはりやることはほとんどなくなってしまった。私は昨日読み残していた本の続きに取り掛かる。今日はおそらく、一人もお客さんなんて来ないだろうな。
時折お店の外を見ると、商店街の人たちがしきりに行ったりきたりしている。やはりほとんど若い人は見なかったが、みんながいきいきとしていて、いつもの商店街の雰囲気とはまるで違う。
そのうちお爺さんが帰ってきた。
「店番お疲れさま。客は何人か入ったかな?」
「お爺さんもお疲れさまです。今日はまだ一人も」
「そうじゃろうな。ただでさえこの周りの人しか来ない。嬢ちゃんもお祭り見たかったらお店閉めても大丈夫じゃぞ」
バイトを雇っている意味を考えてしまったが、私もなんとなく慣れてしまって、少しはお祭りを見て歩こうかなとか考えてしまう。一応、閉店時間まではちゃんとお店にはいるけど、それまでお祭りが続いていたら。
「いえ、ちゃんと雇ってもらっているので、ここにいますよ」
「すまないな。美玖のことも騒がないように見ておいてくれ」
「大丈夫ですよ。美玖ちゃんだってもう高校生ですから、一人でもできることは沢山あります」
「そうなんじゃが、まだまだわしから見たら美玖は子供。まぁ嬢ちゃんには懐いてるようじゃし余計な心配もいらないとは思うが」
「えぇ、なのでお爺さんはめいっぱい御神輿運んできてください」
「まかせろ。まだまだみんな気合いがなってらんのでな、ワシが見本をみせてやらんと。じゃあ、また行ってくるんで、頼んだよ」
「はい、行ってらっしゃい」
お爺さんは意気揚々と扉を開けて出ていった。なんだか昨日のお爺さんとは別人のようで、口調も元気になっていた気がする。これがお祭りの力なのだろうか。
「今の、お爺ちゃん?」
入れ替わりで美玖が帰ってきた。
「そうよ、美玖ちゃんをお願いって」
「余計なお世話、これだから過保護って言われるんだよ。私だってもう高校生なのに」
「孫はやっぱり可愛いものなんじゃないの? 私にはまだわからないけど」
「わかってもらっても困る」
美玖はそういって二階へ上がっていった。そんな反応をするから、まだ子供っぽいっていわれてしまうんだろうな。孫でなくても美玖は可愛いと思った。
外からは途切れ途切れに笛の音が聞こえてきた。この音が聞こえてくると、あぁ、お祭りだなって気がして、少し嬉しくなる。心地よい笛の音と、喧噪を聞きながら、私は本を開いた。
「れい、もう三十分前なんだけど行った方がいいかなー」
夢中になって読んでいたようで、いつの間にか時間は十一時半を回ろうとしたとこだ。
「もうそんな時間なんだ。そうね、もう待っててもいいんじゃない?」
美玖は嬉しそうに降りてきて靴をはく。靴も気合が入っていて、なんとなく全体をまとめてくれていた。
「それじゃあ、いってくるね。れい、うまくいくように願っててよ」
「もちろん、願ってる。うまくやりなさいよー」
「行ってきます!」
美玖は元気に、お店を出ていった。待ち合わせは商店街の入り口のはずだ。店を出ればすぐに見える場所だけど、願ってると言ったから、私は気になるけれどその待ち合わせを覗き見するのは我慢した。
お祭りの始まりは、花火の音でわかった。
ドーンドーンと、それは子供の頃の運動会の始まりを思い出させる。
そうしてから、商店街には本格的に笛や太鼓が響き始める。商店街も人通りが激しくなって、なんだか自分もうきうきとしてきた。やっぱり少ししたら外に出てみようかな?
御神輿が歩き始めるのは、確か一時からだったはずだ。せっかくの御神輿、お爺さんも背負っているのだから、それはせめて見なくてはならないと思い、一時までは店番をしっかりしようと思った。始まってから少し経つと、お店に鰻重の出前が来た。今日ぐらいよかったのにと思いながらも、鰻重なんて食べるの久々なので、美味しく頂いた。
それからまたほどなく、私が満腹と心地よい音に微睡んでいると、お店の扉が突然開いた。お客さんかとあわてて扉に目を向けると、そこには涙でぐしゃぐしゃの美玖が立っていた。
ビックリした私は、店をほっぽり出してとりあえず美玖を二階に上げた。美玖は堰を切ったように私に抱きついて泣きだし、私はなんとなくその意味を理解したが、美玖の頭をなでてあげることしかできなかった。
外ではこの部屋とは対照的に、楽しそうな声が聞こえてくる。メインである御神輿が歩きだしたらしく、商店街はますます盛り上がると言うところで美玖は顔を上げた。
話せるようになるまで落ち着いた美玖は、ぽつりぽつりと話し出す。
「私が待ってたら、啓がきたんだ」
啓っていうのは、おそらく待ち合わせしていた男の子だろう。名前は初めて聞いた。
「啓は待った? って言ってくれて、デートみたいだなぁとか思って嬉しかったんだ。っていうか私はそのつもりだったの」
「うん」
「それで、一緒に歩いたんだけど、お店の人にもサービスしてもらったり、私は楽しかったんだ……でも啓はやっぱりこんな小さな商店街のお祭り、興味なかったみたいだから、商店街抜けて、街の方まで行くことにしたの、そしてら啓の携帯がなって……」
美玖はまた涙声になってくる。
「私が誰って聞いたら、彼女だって……」
美玖はまた泣き始める。今時の子は彼女がいても女の子と出歩くんだとか、それを正直に言ってしまうのかとか、私の経験にないことなので色々と疑問が浮かんだけど、私は恋というものをもう忘れてしまうくらいしてないから、今の美玖に詳しく聞くことはとても出来なかった。
「切って」
私がぐるぐると考えていると、美玖はいきなり立ち上がり私に向かってそういった。
「えっと……」
一瞬、聞き間違いかとも思ったが、今度は私の目をはっきり見て言った。
「私の髪、れいに切ってほしい」
次で終わります。