2 黒髪の女子高生
目覚まし時計がなる。時間を見ると八時で、私は少し慌てかけたが、バイト先が違くなったことを思いだし、ゆっくりと布団からぬけ出した。
今日は日差しが昨日よりも強く、暖かくなりそうだ。寒いのは苦手なので、こんな天気がずっと続けばいいのに、と晴れるたび思ってしまう。
朝ご飯やら着替えやら洗濯やら、やることを全てを終わらせて、時間は九時。私は悠々と外に出た。今日もいつもと反対の道をゆく、なんだかそれだけで新鮮な気がした。
少し道に迷いながらも、商店街についた。もう少しで約束の時間だ、私はまっすぐ書店を目指しその商店街に入っていった。
「おはよう! 今日は少し早いね。というか今日も来るとは思わなかったよ」
昨日の精肉店のおじさんに声をかけられた。時計を少し見て余裕があることを確認する。
「おはようございます。今日から、私もこの商店街でバイトすることになったので、よろしくお願いします」
「とすると、小山書店かな? いやぁ、爺さんも助かるだろうね。あの爺さんは祭りだけの為に生きてるようなものだからね」
おじさんは嬉しそうに笑う。寂れた商店街でもお祭りが近づくと、活気がでてくるのだろうか。
「そんなにお祭り、立派なんですか?」
「いやぁ、そこまでじゃないよ。ただ神輿を運ぶのがこの商店街の男たちにとっては一年で一番の楽しみってだけの話だ」
「へぇ、私もそれまでのバイトなので、楽しみにしておきますね。今日のお仕事終わったら、また寄らせてもらおうかな」
「おぅ、コロッケ揚げたてで待ってるよ!」
私はおじさんに手を振り、書店へとまた歩き出した。
書店に着くと、ちょうどお爺さんがお店を開くとこだったようで、シャッターを上げていた。
「おはようございます」
「ん、おはよう」
お爺さんは優しい笑顔で返してくれて、なんだかそれが少し嬉しい。
残りのシャッターを上げるのを手伝い、私たちはお店に入った。
お爺さんは狭い本の道を器用に通りぬけ、レジ(のような場所)に座る。
「んじゃ、ある程度の説明はしておくぞ」
気合いたっぷりで来た私は、メモとボールペンを取り出した。
「ワシは祭りの準備で忙しい。だから店番などしてられんのじゃ。だから、お嬢ちゃんにはここで店番をしてほしい」
私は頷く。
「以上」
私は一瞬自分の耳を疑った。
「えっと、それだけですか?」
これだけ高い時給だから、もっといろいろあるのかと思ったけど予想外の内容だ。
「お昼は出前を取る。お金は払っておくから、来たら食べなさい。まぁ、客なんてほとんど来ないから、問題ないだろう」
そう説明すると、お爺さんは手提げの袋を持って、早々と出かけていった。一人残された私はどうすればいいかわからなくて、掃除とかすればいいのかと思ったけど掃除用具の場所がわからないし、本を整理するにもどこから手を付ければいいかわからないし、かといってなにもしないのも……とレジで考えていて、とりあえずレジの横に積み上がっている本を手に取り、ぱらぱらとページをめくってみた。
「こんにちわー、天真です」
「はっ!」
びっくりして扉の方をみると、そこには料理服に身を包んだ青年が立っていた。
「出前お持ちいたしました。小山書店さんはここであってますよね」
そこで今日の朝、お爺ちゃんとの会話を思い出した。
「はい、合ってると思います」
「お金はもらってますので。これチャーハンと中華スープになります」
そういって、カウンター上に皿を置いていく。
「皿はそのうち回収しに来ますので、外にでも出しておいてください。それじゃありがとうございましたー」
「はーい……」
青年はそういって去っていった。あの青年は岡持ちをどうやってこのカウンターまで持ってきたのだろうか。
私は目の前に置かれたチャーハンを見て、時間を確かめる。一時ちょうどだった。
本でこんなに時間を消費してしまうとは。私はその本に時間が加速する魔法でもかかっているんじゃないかと思った。普段本なんて読まない私が、こんなに夢中になってしまうなんて。
チャーハンを一口食べる。中華屋さんのチャーハンと言う感じで美味しい。こんなバイトでいいのかな、と思いながら、私はまた本を手に取っていた。
しかし、やはり古びていても本屋は本屋のようで、午後になってから何人かやってきた。といっても、最初の本の山に圧倒されるのであろうか、ほとんどの人は入り口を開いてすぐに帰っていった。中まで来たのは商店街にもともといた人だけだ。
精肉店のおじさんからコロッケを差し入れてもらい、それを片手にさらに本を読み進めていると、また扉が開く音がした。
「いらっしゃいませー」
次に入ってきたのは、意外にも制服に身を包んだ少女であった。今時ながスカートはかなり短く、鞄にも変なキーホルダーが沢山ついている。
それだけ見ると、そこらを良く歩いていそうな女子高生だが、彼女の髪のせいで、その外見はどこか不自然なものになっていた。
それは長い黒髪だ。短くしたスカートと同じくらいまで伸びた髪は、歩くたびにさらさらと音がでそうなくらい綺麗な黒で、こんなに長く、そして艶を保っている人を今まで見たことがなかった。だから、その少し着崩している制服という格好がとても不自然に見えるのだ。
中に入ってきた彼女に、こんな子も商店街にいるのかなぁと思っていると、その彼女はいきなり話しかけてきた。
「あんた誰?」
気の強い声だ。話しかけられるとは思わなかったので、慌てて答える。
「こっ、ここの店員ですけど……」
「もしかしてバイト?」
「そうだけど……」
「ふーん」
彼女は私を遠慮なく見回す。彼女はいったいなんなのだろうか、今時の女子高生ってこんな感じだったっけ?
「まぁいいわ。お爺ちゃんのことだから当然、私のことなんて聞いていないでしょうけど。私はあのお爺ちゃんの孫の美玖よ。よろしく」
「はぁ……」
「あなたは?」
「えっと……、れいって言います。平仮名でれい」
「ふぅん、変わった名前ね。いいんじゃない? じゃあとりあえずよろしくね」
そう言って、美玖はカウンターを通り過ぎ、二階への階段を上っていった。
私はその彼女の後姿を見送り、急に不安になった。今の女子高生の対応の仕方というものがわからないからだ。私も四年ほど前は高校生だったが、かなり大人しい部類の人間で、派手なクラスメートは何回も職員室に呼ばれていた気がする。美玖は……そういう側の人なのだろうか? あの綺麗な髪がまだ茶髪とかなら分かりやすいんだけど。
私は階段の方をちらちらと気にしながら、そんなことを考えていると。今度は降りてくる足音がした。少し緊張していたが、次の一声で、そのいろいろな心配は杞憂になってしまった。
「れい、どうせ暇でしょ? 一緒に遊ばない?」
美玖は両手にゲーム機を抱えて降りてきた。
「ちょっと! 今のはズルクない?」
初めてやるゲームだったが、私はそのレースゲームで常にトップ3を保っていた。
「本当に初めてとは思えない……。家でやりこんでそう」
「いや、初めてだよー。家ではゲーム機なんて買ってもらえなかったし、私もしたことなかったから、興味はあったけどね」
「私、結構やってるのに……。絶対一位になってやるんだから」
私たちはお店もほったらかしにして、コントローラーを動かしていた。
お爺さんが帰ってきたのは夜の七時ほどだ。
美玖のやっていたアクションゲームを見ていた私は、カウンター奥の居間にいたので軽く慌てた。
「おかえりなさい」
「おぉ、ただいま。店番ご苦労さん」
サボっていたことを気づいているのかいないのか、だけど私は話をあわせた。
「美玖も帰っているのか」
「いるよー。れいと遊んでた」
「ほっほ、それはよかった」
居間にいても店番になるんだろうか……とか思っていると、美玖がゲーム機を片づけ始める。
「ごめんね、お爺ちゃん。ご飯今から作るから少し遅くなる。れいも食べていく?」
「えっ、そんな悪いよ」
「気にしない気にしない。一人暮らしならどうせ家帰って作ったりするんでしょ? ますます遅くなっちゃうじゃん」
ゲーム機を二階に上げ、エプロンをつけキッチンへ向かう。
「すごいな、高校生なのに料理できるんだ」
「あの子の両親は厳しいからのう。家事はもうほとんど一人でできるようになっておるはずじゃ」
なにかを炒める音が聞こえてくる。私が高校生だった時は料理をするなんて考えたこともなかった。
「そういえば、美玖ちゃんの両親はどうしているんですか? 家に帰らなくても大丈夫なんですかね」
「今はここが家みたいなものじゃな。両親は今外国に行っておる。父側の仕事の関係で、この時期はわしが預かることになっているのじゃ。美玖は外国に行きたがらないでな」
確かにまだ高校生ならば、友達と離れる方が寂しいかもしれない。
「れいー、嫌いなものとかないよね?」
「大丈夫だよー」
私だっていまだにホームシックになってしまうのに。寂しいとか思ってないかな……。
しばらくお爺さんと話していると、美玖が大きなお皿を思ってやってきた。その上にはハンバーグと蒸かした野菜が乗っていて、近くのファミレスで出てくるものよりずっと美味しかった。
私はあまり料理が得意ではない事を話すと、美玖は私が教えてあげる! と意気込んで、明日は二人で作る約束になった。私はもう包丁もほとんど握っていないので、とても心配だったが、美玖は楽しそうに明日のメニューを考えていた。
「じゃあ、また明日ね。私ちょっと用事で学校行くけど、逃げないで待っててね」
「さすがに逃げないよ……。でもやっぱり少し心配」
「大丈夫だって。れい外見は普通に料理できそうだから」
「外見って……」
私もなんとなく、明日また来るのが楽しみになっていた。バイトを楽しみなんて思ったことないのに……いやこれは最早バイトではないかもしれない。
「それじゃ、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
私は軽く手を振り、一日目のバイトを終えた。




