ACT.4 由乃の破局
ここから由乃と巴の裏というか…まあそんな感じのお話です。
午前の授業が終わり、皆それぞれ動き始める。寮生は昼食を食べに寮へ戻り、通学生達は食堂や購買部のある別館へ向かったり、机の上に弁当や買ってきた昼ごはんを取り出して箸をつけ始める。
俺は自分の机で弁当を食べていた。目の前には巴が、どこかから椅子を持ってきて俺の机の前に座っていた。彼女も弁当を持ってきていたので、俺の机は俺のと巴の弁当で占められていた。
「おかずあるんなら食えよ。おにぎりばっか食って腹減らないん?」
「だからちょくちょく食べてるんじゃん。」
「ちゃんと食えよー。細い体してー。」
巴は、いつもお菓子をつまむようにおにぎりを食べている。なら昼休みに全部食えよと思うのだが。
「そういう発言NGだぞ〜!もっと女扱いしろよ。」
「いつもしてやってるだろー?RJいじめとか。」
俺がそう言うと、巴は満面の笑みを浮かべてこう言った。
「ふーん。携帯割って欲しいのかー。」
「ひっ!やめてやめて!」
机の上に置いてあったiPhoneを慌てて取ったとき、それが震えた。何かメッセージを受信したらしい。
「あー由乃だー…え?」
「ん?なした?」
怪訝そうな顔を浮かべる巴に、俺はiPhoneの画面を見せた。トーク画面の一番下の白い吹き出しの文字を見て、彼女も驚きの声をあげた。
《彼氏と別れた。》
そう書かれていた。
「またか。」
「え?前にも別れたの?」
俺の大して同様していない風な発言に、巴は不思議そうに尋ねた。割と興味深々である。
「去年の2月あたりにねー。まー、2日かそこらで仲直りしたんじゃなかったべか。」
「やったじゃん。慧ちゃんチャンスだよ!」
巴が期待を込めた眼差しを向ける。
「…よりを戻せと?」
「今なら好きな人もいないだろーし、復縁するチャンスだよ。」
「えー。別にヨリ戻すために勇気出すつもりねーし。わざわざ焦る必要ねえべ。」
それにたった今(かどうかは分からないが)別れたばかりなのだ。今告白すれば、別れるのを望んでいたと思われてもなんら不思議は無い。
「好きな人いるから別れたんかもしれんし、ま、どーでもええわ。」
そう言って俺は冷凍食品の春巻きを口に運んだ。
「なんだよヘタレ〜。折角のチャンスを逃すなんて勿体無いよ。」
「仮にヨリ戻す気があろーとなかろーと、今焦って結論出す必要もねえだろ。」
「はぁ。ま、それもそうだね。」
巴はおにぎりの最後の一口を口に入れた。
帰り道、俺と巴は下り坂を下りていた。俺は歩きの巴に合わせて、自転車を降りて歩いて押していた。彼女の利用するバス停はこの坂の下にある。途中で何人かとすれ違い、みな汗だくで自転車を漕いでいた。
高専のある春光台は丘の上にあり、この地域に辿り着くには長い坂を登らなくてはならない。主に高専へ辿り着くには二つのルートがあり、高専に近い方の坂は通称、高専坂と呼ばれる。俺を含めた大半の通学生はこの高専坂を利用する。勾配がキツいため自転車の場合上りはペダルを漕ぐのがツラく、下りは漕がなくてもかなりスピードが乗るため危険。ブレーキにも負担がかかる。もう一つ、これより短い坂から行くルートもあるにはある。だが俺の場合、このルートだと橋をまる二つ渡る必要があった。高専坂ルートなら一つで済む。
「そういやさー、由乃ちゃんの彼氏…てか今は元カレか。どんなやつなの?」
「どんなやつ…ねー。うーん。」
俺は、由乃から幾度となく聞かされた彼氏の愚痴を記憶から引っ張り出して頭の中に並べた。
由乃の彼氏である伊藤は、由乃と同じ旭川から50kmほどの田舎町にある学校の生徒である。実家は更に遠い地域にあり寮に入っているという。因みに由乃は通生だ。
伊藤とはたまにLINEで会話しており、一度通話もしている。肉声を聞いて話した感じはただの変わった変な奴、という感じだった。ただ俺とは込み入った話はあまりしておらず、彼の内面的な部分は全て由乃から聞いた。
彼女からは色々な話を聞いた。細かいことで一々うるさい、やたら束縛してくるくせに肝心なときには相手してくれない、素直にならない…など挙げればキリがない。というより、愚痴以外は聞いた覚えがない。端的にまとめてしまえば優柔不断、矛盾している、天邪鬼。何かと由乃の気に障ることが多かったようだ。そして由乃とケンカすると、LINEのタイムラインなどにネガティヴな発言を投稿して周囲の同情を求めた。いわゆる「かまってちゃん」。
「めんどくさっ。由乃ちゃんよく耐えたね。」
「ウザイだなんだ言ってたけど、とりあえず1年以上付き合ってたしな。まあ遂に好きだって気持ちが失せたか。」
坂を下り、高架の上にある交差点で信号が青になるのを待つ。この交差点を渡るともう一つ坂がある。距離や勾配はこっちの方が優しかった。
「そーいえばさー、前にも別れたとか言ってたじゃん。あれはどーやって別れたの?」
「あーはいはい。あれね、確か彼氏の方から別れようとか言ったんじゃなかったべか…」
「…え?なんでなんで?」
「シラネ。まあ、かまちょなんだろ?」
伊藤が別れ話を切り出した理由は、彼がお互いすれ違っているねなどと言ったからだそうだ。由乃は、本音は引き止めて欲しかったらしいと言っていたが。
「今度はなんでだろーね?」
「さあね。」
俺たちは坂を下りきり、しばらく歩いてバス停に到着した。
「それにしてもさ、随分と興味深々だな。」
「へぇ?」
停留所でバスが来るのを待ちながら、俺は巴に尋ねた。
「やたら由乃のことばっか聞いてんじゃん。」
「だっておもしれーじゃん。」
「確かにな。」
人と言うのは、この手の他人の話を好むらしい。少なくとも俺の知り合いはほとんどそうだ。でなければワイドショーや週刊誌が人々の人気を得られるはずがない。
「由乃ちゃんも大変だね、割と良い娘なのにさ。あ、だからか。」
「さー?…良い娘ね。」
「え?」
巴が聞き返そうとしたところでバスが来た。ディーゼルのエンジン音が巴の声を質問を遮る。
「じゃ、また明日ね。」
「おう、じゃな。」
巴が乗り込むとブザーとともに扉が閉まり、バスはゆっくりと走り出した。
それを見送り、俺も自転車のペダルを漕ぎだした。
「良い娘……か。」
由乃は今までに、伊藤や俺を入れて計5人の男と交際している。17歳の女子高生の彼氏の数と言えば決して少ない方ではないだろう。本当に遊んでいる女子ならもっといるかもしれないが。
共通点として、一回の交際期間が長いことが挙げられる。俺や伊藤は一年と数カ月。俺の前の彼氏は小学校の時に一年間、その後進学してから半年付き合っている。間が空いている理由は、彼氏が由乃の年下で一年間学校が違ったためだ。
そしてもう一つは別れてから次に乗り換えるまでのスパンが短いことだ。俺と伊藤の間は受験や進学などがあったため例外とするが、せいぜい一ヶ月も待てば由乃には次の彼氏がいたようだ。俺の場合は驚くべき事に1日だった。ヒロインが何人もいる恋愛小説でもない現実世界で、それも小中学生でこの期間は短いと俺は思う。モテ期とは無縁だった俺の推測だから、正しいかはわからない。
それと由乃は、昔から色々とトラブルを巻き起こしてきた。トラブルの内容は大小様々で、酷い場合は先生沙汰になることもしばしばだった。俺と付き合う前には、特に小学校の頃は色々やらかしたようだった。その影響で中学校でも学年の評判は低かった。もっとも俺がその事を知ったのは、俺が付き合い始めてからかなり後の話だったが…
それに人間関係、というより人付き合いもハッキリ言って良くなかった。昨日仲良くしていた女友達の愚痴を聞かされることは日常茶飯事。この間仲良くしていた女子と今日は口喧嘩していることも珍しくなく、「今日の友は明日の敵」状態だった。
俺と由乃が付き合う事になったその日、俺は彼女がトラブルメーカーであることを思い知らされた。




