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初解体に初料理

 体を慣らすという名目の狩りが終わった昼前に、ぼくらは屋敷へと戻ることにした。

 調理しようにも野外では器具が無かったからだ。

 アレイから条件を提示されたその後、一匹では足りないだろうと、ぼくはミルの分も含めて五匹の蜘蛛を仕留めていた。

 内二匹はもちろんぼくの取り分である。

 いらないと言ったならば、「一緒に食べてはくれぬのか」と目に見えて落胆したので、音速を超えて否定した。

 なお、条件というのは蜘蛛の量を増やすことでは無い。

「アレイはどんな料理が好きなんだ?」

 ぼくは語尾が敬語にならないよう、意識して言葉を発する。

 そう。

 彼女が提示した条件とは、ぼくが敬語を使うのを止めることだった。

 しかし、これがぼくにとっては蜘蛛を狩ることよりも難題になる。

 知り合って日の浅い相手には、年下であろうと敬語を使うことが習慣となっていたので、ざっくばらんに話すというのは、これがなかなかに難しい。

 うっかり敬語を使おうものなら、アレイはとても寂しそうな顔を浮かべる。

 その表情は反則だろうと言いたい。

「お前の作った物ならば何でもいい」

 こういうことを真顔で照れなく言うのも駄目だ。

 乙女心ってこういう気持ちなんだろうか。

 胸がときめく。

 俄然やる気が出てきたが、しかし気持ちだけではどうにもならない。

 料理なんてしたのは調理実習の時くらいだ。

 それも肝心要の味付けなどはグループの女子に任せっきりで、ぼくは盛り付けや後片付けなどの雑事しかやっていなかった。

 それでも何とかなると思っていたのは、こっそりミルにでも手伝ってもらおうと画策かくさくしていたからだった。

 しかし。

 アレイは屋敷に着いて扉を開くなり、朗々とした声を隅々にまで響き渡らせる。

「今日の我の昼餉ひるげはトータが一人で作る。この世界に生まれたトータにとって初めての料理だ。誰あろう手出しは許さん。約定をたがえる者あれば、相応の地獄が待つことと知れ」

 正直、ぼくの料理を楽しみにし過ぎだと思う。

 相応の地獄って、どうあれ死ぬことは決定してるんだな。

 ぼくが調理場に立った途端に、料理番や給仕係りが脱兎の如く逃げ出すのも無理はない。

 もはや覚悟を決めてヤルしかあるまい。

 料理番が置いていったぼくには大き過ぎる前掛けを胸の辺りで巻き、高い戸棚から物を取る為に用意されているのであろう踏み台を、流しの前に置く。

 驚くべきことに水道が通っているようで、どこかの水源から汲み上げているのだろう、窓の外から雨どいのような筒が流し台へと伸び、こんこんと水を流し続けていた。

 アレイが踊り食いを提案するものだから、てっきり衛生面などは問題とされておらず、雨水などをそのまま使っているのだろうと思っていた。

 嬉しい誤算だ。

 そして、嬉しい誤算がもう一つ。

 料理番は今日のまかないを作ろうとしていたようで、かまどには火が入れられ、底の深い鍋には湯が煮立っていた。

 天啓がひらめく。

 神はおっしゃった。

 鍋を作れ、と。

 それであれば、他の具材を混ぜることも出来、ぼくの皿にだけ蜘蛛を入れないという選択肢を取ることが出来る。

 蜘蛛から抽出されるであろう出汁に関しては諦めよう。

 男は諦めが肝心。

 ぼくは火が途絶えないよう、薪の具合を見つつ、踏み台を昇って、流しの前に立つ。

 そこには事前にメイドが運び込んでくれていたのだろう、青い血に塗れた蜘蛛がうじゃうじゃわんさかこんもりと。

 一旦、踏み台を降りる。

 膝を屈し、床に両手をついて、ぼくは愕然とした。

 なんだあのスプラッタ。

 蜘蛛の死骸などはもう見慣れただなどと、思い上がりだった。

 一匹ならばまだ堪えられていたのだが、複数となるとまた話は別。

 痙攣する脚が互いに絡み合い、蠢くその様は蜘蛛では無い何か別種の生物に見え、生理的に厳しい。

 逃げ出したい。

 しかし、食卓から調理場までかなりの距離があるというのに、聞こえてくるアレイの鼻唄がぼくの逃げ場を塞ぎ、追い詰める。

 あれだけの啖呵を切ったのだ。

 今更、出来ませんとは言い出せない。

 ぼくは再度の決意をもってして体を奮い起こし、戦場である流し台へと向かう。

 まずは青い血を洗い流そうということで、水が流れ続ける筒の下へと一匹を摘まみ落とす。

 しかし、結果はかんばしくなかった。

 アメンボの脚のように撥水性の膜でも張られているのか、あるいは青い血が脂の様に水と相容れないのか、蜘蛛の節足に生える青い血のしみ込んだ毛が、注がれる水をことごとく弾いていった。

 つまりはまず、この気色の悪い毛を剃るところから始めなければいけないということか。

 粘り気を帯びた青い血に気が遠くなりそう。

 そうして寝たら死ぬぞと言わんばかりに自身を叱咤し、結果、うぞうぞと蠢く脚に生えた毛を全て剃ることが出来た。

 水洗いを済ませて、汚れが取れたならば、続いては脚をぐ作業だ。

 食べ易いように一本一本を本体から解体していく。

 甲高い鳴き声に鳥肌が立つ。

 ごめんよー。

 わるいねー。

 だから暴れないでくれると嬉しいなー。

 おっかなびっくり、なんとかかんとか千切ることが出来たそれらを、再度、水で洗い流してから、良く煮立った鍋へ殻ごとぶち込んでいく。

 時間が経つごとに蜘蛛の脚が赤く変化していくのを見て、これならばカニに見えるとぼくは胸を撫で下ろした。

 うん。

 今のは自分を誤魔化そうとした嘘だった。

 欠片も安心できない。

 だからこその他の具材だが、何があるかな、と棚を片っ端から開いていく。

 人参らしき物と、赤いパプリカのようなものがあった。

 彩的に赤ばかりになってしまうが、見つからなかった物は仕方が無い。

 それらを適当に刻んでから、再度、鍋の中へと放り込む。

 具材は赤一辺倒であり、汁までもが恐ろしいまでに赤くなっていたが、まあたぶん大丈夫だろう。

 味見ということも知らずに、そう考えていた当時の自分を殴り飛ばしてやりたい。


 んなわけねーだろ、と。

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