アレイの告白
以前に交わした約束だと言われ、ぼくは断り切れずにアレイとお風呂を共にすることになった。
よくもまあ、半年以上も前のことを覚えているものだ。
あんな失態は出来れば忘れて欲しい。
そして、今からも失態を晒しそうで怖い。
正直、相手が十歳児と分かってからの風呂はかなり辛いものがあったのだけれど、ようは歳の離れた従姉妹の世話をすると思えば気も紛れるわけがない。
「よし! では入ろうか!」
風呂に入ることに多大な気合を入れるとはこれ如何にと思いつつ、深くはつっこまない。
あの告白大合戦による一晩を過ごしてからというもの、アレイは妙にちぐはぐだった。
こうして積極的に触れ合いを求めるわりに、いざそうなると緊張に顔を強張らせる。
お陰様で、タオルで前を隠すということは覚えてくれた様子で、ぼくも安心して入ることが出来る。
嘘だ。
安心なんかしていられない。
彼女の為に、命を懸けてズィズィと戦ったのだ。
ハードルは年齢面だけ。
つまり容姿的には何も問題に感じていない。
意識しない訳が無い。
そんな気になる彼女がタオルで前を隠しつつ、強張った顔はしているものの、その頬にはほんのりと赤みが差して愛らしい。
抱き締めて、部屋に持ち帰りたい。
ぼくは終始、視線をあらぬ方向へ向けて対処するしか無かった。
彼女もまたぼくを見てはいないだろうと思う。
そうして、奇妙な二人三脚を披露しているであろうぼくらは、並んで揃って、風呂に肩まで浸かる。
二人して間抜けな声を上げた。
いや、間が抜けていたのはぼくだけ。
アレイの声は正直エロい。
目はそらしていても、彼女のその艶めいた声までは防げず、早くも茹で上がりそうだった。
ぼくは無言のまま正面を見続ける。
目端に捉える彼女もまた前を向き続けていた。
なお今回、思い出したように風呂へ誘われた理由は、アレイがぼくに話があると言ったからであり、ここならば誰にも聞きとがめられないと指定したからであった。
こちらの世界でも裸の付き合いということわざの様なものがあるらしい。
書物であるゲテも、ここならば聞き耳を立てられないだろうというのも分かる。
執務室での前科もあることだ。
仕方が無い。
しかし、そろそろ熱で頭が呆けて来たし、この沈黙にも耐えられなくなってきた。
どういった理由で呼び出されたのかを聞こうとアレイへ声を掛けようとすると、彼女が先んじて言った。
「我は家族が欲しかった」
彼女は熱を逃がす様に、あるいは罪を告白するように言葉を吐き出す。
「母は我が産まれて半年も経たずに無くなってな。大貴族の下で使用人として勤めていたようなのだが、ミルは詳しいことを語ってはくれん。そも聞きたいとは思わなかった。母は私生児だったらしくてな。その死後、我は頼る身寄りが無かった。その大貴族とやらは我を不憫に思ったのだろうな。母と特に親しくしていたミルを付けて、ここグンヌダルグを治めるよう取り計らった」
ぼくは想像する。
この広い広い屋敷の中、アレイとミルが二人きりでいる姿を。
風呂に入っているのに、背筋にうすら寒いものを感じ、考えていて楽しいものでは無かった。
彼女は記憶を思い起こすように、遠い目をして呟く。
「我はミルに家族としての情を求めたが、彼女は良き従者たらんとし、我を助け守り支えてはくれたが、一線を踏み越えてはくれなんだ。村人もそうだった。我が子供であるにも関わらず、ただ宛がわれたに過ぎない領主という役職に慄き、敬って距離を置く。書庫に仕舞われた師を見つけた時は望外の喜びだったが、彼女ともまた師弟としての関係以上のものを築けなかった」
その後も自身の生い立ちを話し続けたアレイだったけれど、彼女は父親のことをついぞ語らなかった。
誰がそうであるのかは、文脈から読み取れる。
あえて語らなかったのだろうとは容易に分かった。
彼女にとって家族とは呼べない存在なんだろう。
ひょっとしたら彼女がぼくを選んだ理由にそれがあるかもしれない。
意識的か無意識的か。
自分よりも年上の男性を。
彼女は隣にいるぼくへと向き直り、しかし目は見れないようで俯いて呟く。
「トータをこの世界に呼んだのは我だ。我が寂しさを紛れさせる為に呼んだ。お前の願いを聞くと言い、返答も待たず、無理やりにここへと連れて来た」
小さく震えるつむじを見、そんなことは気にしなくていいと前に言ったと思った。
あの時は、あんまりにもわざとらしかったから、見透かされていたのかもしれない。
アレイに心配を掛けないよう無理をしていると。
悟られた。
そう。
確かに彼女はぼくの返事を聞かなかった。
無理やりに連れてきたのかもしれない。
生前に過ごしたぼくの家族は皆、仲が良かった。
会えるものならまた会いたいとも思うし、家族の温もりを知らない彼女の気持ちが分かるなんてとても言えない。
けれど。
「生まれ変わったら記憶とかは無くなるんだろ? だったら昔の家族のことを想い出せる今の方が、あのまま同じ世界で転生したよりずっと良いと思う。それにあの時は確かにアレイを泣かせまいとして、勢い任せに大魔導師になりたいって誤魔化したかもしれないけど、今は本当に魔術の勉強がしたいんだ」
アレイの力になれるから。
そう心から思ったことを呟く。
息を呑むアレイ。
嘘だ、と儚く呟く。
トータが優しいからそんなことを言うのだ、と信じようとしない。
ぼくは慰めるつもりは無いことを、本心から出ている言葉であることを、誤解のないよう懇切丁寧に偽りなく伝え続ける。
「ミルさんもゲテも他の弟子たちもそうだけど、みんなアレイのことが好きだよ。ただ、アレイは近寄らせないぞって雰囲気を持ってるからね。ぼくに接した様にもっとフランクにすれば、きっとみんな家族みたいになってくれると思う」
というか、だ。
アレイは考え過ぎだと思う。
ぼくもたいがい暗い方向へと考えてしまう質だからよく分かる。
村人はともかくとして、ミルは妹を気遣うお姉さんな感じで、ゲテはよく見る子供に素直に接することが出来ないお茶らけた保護者的ポジションだと思うんだよな。
アレイが妙に遠慮しているだけ。
ゲテみたく、一歩どころか二歩三歩と距離を縮めてくるのは頂けないけれど、アレイのように一歩も踏み出せないのは問題だ。
人見知りなぼくが言う事でもないだろうけれど。
そこはアレイの気持ちを慮って黙って置こう。
そうして語って聞かせると、アレイは俯けていた顔を恐る恐ると言った様子で持ち上げた。
その不安で、こちらへとおもねる表情は、年相応の子供に見えた。
「本当か」
「間違いない」
ぼくの言葉に、邪気の無い笑みを浮かべるアレイは、本当に幼く思え、可愛いとは思うけれど、それは保護欲をそそられるものであって、お陰様でぼくの邪な気持ちがキレイさっぱり払しょくされた。
彼女に対して、欲情してたなんて、なんて罪深いことか。
ぼくは冷静になった頭を巡らせて、とりあえず言葉遣いを改めるところから始めてみてはどうかと、色々と提案してみた。
一つ案を出すたびに、熱心そうに頷く彼女は、嬉しそうな恥ずかしそうなこそばゆいような取り取りの表情を見せるので、ぼくは汲めども尽きぬ泉のようにアイデアが溢れ出てくる。
「もっと素直に甘えるといいよ」
「な、れば一つ頼みたいことがある」
ここまでぼくの提案に頷き続けていたアレイは、そこでいいよどみ、それから決意をしたように頭を差し出した。
「な、でて欲しい。母に撫でられて以来、我は―――」
恥ずかしさに言いよどむアレイは「やはりいい」と距離を取ろうとしたので、ぼくは離れる前に頭に手を置く。
水気をすった彼女の髪は、見た目以上に滑らかで、いつまでも撫でていたいと思うような感触を手に伝えて来た。
アレイは体は逃げようとしているのに、頭だけはこちらへと突き出すような姿勢を取っていて何だか笑える。
猫のように目を細めていて、気持ちよさそうだ。
父性に目覚めそう。
いつまでこうしていたとしても、飽きない。
そうして、ぼくは延々と撫で続け、アレイもまた心地よさげに隣に居続けた。
いつまでも。
いついつまでも。
なお、ぼくらは二人とものぼせて倒れたらしい。
気付いた時は屋敷内で最も涼しい風の当たるテラスで二人して寝転がされており、ミルが熱を冷まそうと懸命に魔術を行使して風を送り、ゲテはその脇でゲラゲラと笑っていた。
まあ、そうだな。
家族ってこうだ。
心配したり。
間抜けだと笑ったり。
「こうやって嘘の無い開けっ広げな感じでいると、家族だってそう思うだろ?」
と、隣にいる彼女へと笑いかける。
「そ、うだな」
と、アレイはぼくが『嘘の無い』と言ったところで目をそらしていた。
え?
まだぼくに吐いている嘘があるのかよ?
それこそ嘘だろ?
ぼくは、アレイにそのことについて何度も尋ねるが、こればっかりは教えられないと頑なに固持する。
まあ、そうだな。
家族でも秘密の一つや二つはあるか。
そう一人で納得し、今現在の家庭を顧みて、ここでの生活もまた、まったくもって悪くないと、そう改めて思えるようになった。




