実戦訓練
ぶるりと震える背筋にぼくは後ろを振り返る。
木人の一体が肉薄していた。
火矢ならば間に合うが、勢いを殺せない。
威力ある魔術ならば押し止めることが可能であるが、今から唱え始めても到底間に合わない。
しかし。
ぼくは木人の居る方向へ腕を振るう。
見えざる風が刃と化して、木人の身体をばらばらに解体した。
そうして、ぼくは再び頭の中で唱え続ける。
風の上位者に対して。
熱烈な信望を。
過剰なる愛を。
唱え、捧げ続ける。
針金男への対策とは、敵に近づかれる前に、頭の中で魔術を唱え終えること。
知性の低い木人相手ならば、声を出して魔術を役してもそう変わらない。
彼らに魔術の知識は無い。
言葉を発そうが発すまいが、急に火や風が現れたと思うだろう。
しかし、知恵ある生物を相手取る場合、この方法は非常に役立つ。
なにせこの世界の常識として、魔術は声に出して発するものなのだ。
不意を打てない代物だと、思い込まれている。
相手はぼくが頭の中で魔術を唱えているなどと、予想もつくまい。
針金男であってもそれは変わらない。
懐に来た途端に、想像の外からの一撃をお見舞いしてやれる。
ただし、この方法が使えるのは一度きり。
無言で魔術を放てることが割れてしまえば、針金男は頭で考える暇さえ与えずに、殺しにかかって来るだろう。
右方から飛び出して来た木人の突進をいなすようにして、腕を振るい胴体部を分断する。
よし。
このままいけば、針金男の動きにもぼくは対応できるようになるかもしれない。
今、ぼくは木人の攻撃を避けられないまでも、突進をそらし、側面へと回ることが出来た。
目を使えないこの環境での訓練が、魔族として創り直されたぼくの身体を成長させる。
動体視力を。
反射神経を。
五感全ての感覚を引き上げた。
初めて蜘蛛を狩った時などとは比べものにならないほど、ぼくの身体は戦闘に対して特化してきている。
だがまだ足りない。
ぼくはあの時を思い出す。
アレイを前にして、針金男になす術も無かったあの時を。
男の動きを、ぼくの意識は捉え切れず、咄嗟に反応できなかった。
繊細にして苛烈。
今のぼくならば一歩を引くことくらいはできるだろうが、それでも踏み込まれておしまいだった。
もっと。
もっともっと。
練習を。
訓練を。
鍛錬を。
積み重ねていけばあるいは。
いや、絶対に。
そう思えるほどにぼくの身体は成長してきている。
だからだろうか。
屋敷を出る時に。
一度たりとも振り返ることが無かった針金男が。
今日に限っては違った。
それはまるで目障りな雑草を摘む、剪定者の目。
「雑ぜモノが、一端の戦士を気取るか」
吐き捨てるように呟かれた声は、甲高い癖に、錆色に濁っていた。
そして男は続けて言う。
「糺す」
遅まきながら気付いてしまった。
「尊大なる風よ」
男が。
「希う」
日本語を話していることに。
「爆ぜよ」




