魔術体系(人種最低の魔導師ゲテの高弟(ホモ)による論)
ぼくの家族愛が拗れた叫び声は、当然、針金男にも届いていなければおかしい。
ぼくの言葉をどういった風に捉えたか。
ぼくの言葉を聞いたアレイの態度をどう判断したか。
男は屋敷を訪れる度に、アレイ以外で唯一、ぼくだけには意識を向けるようになった。
品定めをするように。
見定めるように。
見抜くように。
もっと言えば、殺す隙を窺われている気がした。
陶器を思わせる白く無機質な目が、ぼくの姿を鏡映す度に、体中に怖じ気が走る。
しかし、男は手を出しては来ない。
目じりの端に執務室を捉え、硬質な唇を金属的に打ち鳴らして去って行く。
この針金男の態度がぼくの苛立ちをだいぶ和らげてくれる。
おかげで冷静になれた。
ミルに対して、魔術を掛けるなんて、どうかしていたとしか思えない。
ぼくらの世界でいう麻酔と同じで、眠りの魔術は加減によっては、時に相手を目覚めさせないこともあるという。
魔術の行使とはそれだけ危険なことなのだ。
だからこそ、ミルは自身に目覚めの魔術を掛けた。
ぼくに対して言うことを聞かせるような、諦めさせるような、動きを止めるような魔術を仕掛けることはしなかった。
ぼくはなんだってこうなんだ。
何度も何度も。
同じ間違いを繰り返して。
迷惑ばっかりかけて。
ほんと、度し難い。
そうして落ち込みそうな気分になるのを、頬を張って引き締める。
ぼくはゲテの教訓を思い起こした。
思い悩んでる暇があるのなら、一つでも多くの魔術を学ぶ。
ミルに申し訳ないと思うのならば、尚更、役に立つ技術を身に着けるべきだ。
そうしてぼくは、執務室の前に立つミルのところへ行く。
ミルは身構えたが、ぼくは「お菓子、美味しかったです。それからごめんなさい」そう言って頭を下げ、彼女の反応を見ないまま、屋敷の外へと駆け出した。
素直に謝るというのは、幾つになっても恥ずかしい。
ミルの鈴の鳴るような控えめな笑い声が後ろから聞こえていた。
顔が真っ赤になるのを感じつつも、心はすっきりと気持ちがいい。
今日こそは針金男を、想像の中で超えてみせる。
自分を鍛える為に、もはや散歩がてらな気分で行くようになったグンヌダルグの森へと出かけた。
実はここでの木人退治はアレイの仕事の手伝いにも繋がるとはゲテの談。
冬の間は活動を休止し、冬眠していた木人たちが春になるにつれて活発になる。
すると、森林は見る間にその侵食を広げ、過去には村近くにまでその生息地域を広げたことがあったらしい。
村民にも被害が出て以来、グンヌダルグを治める村主が森の管理を任されるという。
木人の身体は硬く刃が通り難い為に、配される者は魔術に長けている者が選ばれるようになった。
かと言ってアレイも森林伐採に時間を割いている暇は無い。
ゲテがぼくに草原に出没する魔獣でなく、この森で木人を相手にさせていたのは、きっとアレイの仕事量を少しでも減らそうという配慮もあったのだろう。
まったく。
「こういうことをするから、色んな目に遭ってもゲテを強く責められないんだよな」と独り言ちる。
そう。
ぼくは一人でいる。
当のゲテは、今日はここにいなかった。
厳密に言うと、書庫内でのやり取りが終わってからは、ぼくは一人で森に来ることにしていた。
ゲテや、その高弟たちには、屋敷で針金男が変な行動を起こさないかを見張って貰っている。
というのは建前半分。
ゲテを置いてきたもう半分の理由は、ぼくにお目付け役がいると出来ないことをする為だ。
彼女に付き添われていた時は、入り口までと言われていた森だが―――ぼくは既に草原が見えないくらいに奥まで入り込んでいた。
日中だというのに光が一切も射してくれない。
重なり合う枝葉による陰は、どこまでもどこまでも先へと続いていた。
「糺す。日に宿る光よ。いついつも来たる朝に感謝を。心やすぐ穏やかな昼に謝意を。夜に配慮する貴方に特大の敬意を。惜しむらくはここに潜む闇に、貴方の深謀なる配慮が届いていない。譲ることを知らぬ仄暗い闇に、その御手をどうぞ差し伸ばして欲しい」
そうして、薄ぼんやりとした光が、ぼくの足下を照らしだしてくれる。
しかし、ただそれだけだった。
森の先を見通すほどの光量は得られない。
本来は光源の無い場所に光を現しているのだ。
ぼくと光の上位者との関係ではこれが限度なのだろう。
称える言葉を重ねても、あざとく受け取られてしまう可能性があり、むしろ威力を落としてしまった。
やはり上位者は人間臭いと思う。
さて。
ぼくはある程度まで中に進んだ後で、暗闇に立つ木々へ向かい指先を向け「糺す。火矢」と一条の火を解き放つ。
矢は、期待通りに木人の一体へと当たったようだ。
木人は苦悶の声を上げ、その体の一部に灯火を宿す。
地に張った根を抜き出し、こちらへとゆっくりと歩み出す。
木人と言ったが、森の入り口付近に生えたモノに比べ、ここでの敵は大人と子供ほどに大きさが違う。
年月により目覚ましい成長を遂げる木人は、人が踏み込まない奥地へ行くごとにその体積を増す。
ぼくが相手どるのは大木人と呼ばれるサイズで、ここまで来ると火矢では歯が立たない。
どれだけ連発しても、火が表面で押し止まり、中にまで熱が通らない為だ。
大木人は倒れて火を消すまでも無いとばかりに、その身を燻らせたままでぼくへと歩み出す。
うねる根っこは木人の幹と同程度に太く、枝も同様だった。
絡め取られれば全身の骨を圧し潰されることだろう。
しかし、真の脅威は、本命はそちらでは無い。
ぼくは周囲へと意識を研ぎ澄ませる。
この森は暗く周囲を見通せない為に、うっかり敵との距離を取ろうとすると、他の木人が死角から襲い掛かって来るやも知れない。
全感覚を活動させて周囲を索敵しなければ、即座に枝や根、その巨体による突進によって潰されてしまうだろう。
かなり危険な訓練だった。
しかし、こういった環境で無ければ、木人たちが仮想針金男とは成り得ない。
逸話にでは、針金男は瞬時に目の前に現れるほどの瞬発力を持つ。
その仮想敵など、他の魔獣では代用できない。
それは木人でも同じ。
ではどうするか。
考えを巡らせた末の、この仄暗い闇の中での戦闘だった。
周囲がまったくの闇であるこの場所でなら、動きが鈍い木人であったとしても、現れるのは光魔術の届く目前になってから。
十分な助走を得た木人の突撃は、あたかも彼我の距離を瞬時に縮め、首を刎ねると書き記されている針金男と同義。
になるはず。
たとえそうでなくても、ここら辺の魔獣では、これ以上の敵役は望めまい。
ぼくは光源を増やさない為に大木人への対応は避けるに留め、高弟とのやり取りを思い起こす。
「お前は本を読む時や考え事をする時に、頭でどんな言語を思い浮かべる?」
ぼくは咄嗟に日本語と言おうとして、言い換える。
「魔術言語ですね」
高弟はぼくの返答を心の底から羨まし気に、唇を嫉妬に歪ませて、続きを話した。
「そう。お前の前世は生まれた時から魔術言語を扱う環境にあった。だから頭の中で考える時は、自然とその言葉が浮かぶ。俺たちも同じだ。生まれ育った故郷の言葉。それが思い浮かぶ。思い浮かんでしまう。魔術言語では無いただの普通の言葉が」
人は幼い頃より文字を覚えさせられる。
往々にしてそれは絵本だったりして、書かれた文字を保護者が指先でなぞり、それを読み上げる。
こうして、ぼくらは頭の中で発音し、文字を、言葉を思い浮かべる習慣が出来上がるわけだ。
「俺は上位者が心を読めると踏んでいる。より正確に言うならば、魔術を行使する者の内心にまでは至らないが、頭に思い浮かべた言葉をこそは読み取っていると考えた。だから唱えている途中で、上位者に対する不敬なことを頭に思い浮かべてしまうと、魔術の威力が減退し、関係性が悪化する。信者や伝道者などはこれを信仰が足りないからと表現するが、あながち間違ってはいないだろう。トータちゃんは、上位者に物を頼む時、面倒だとか、良いから力を寄越せなどの傲慢なことを考えたりはしないだろう」
ちゃん付けは止めて欲しかったし、ほぼ断定的に問いかけるのも勘弁して欲しかった。
高弟はぼくの見た目で純粋な少年だと判断しているのかもしれないが、いかんせん、中身は十八歳。
疑う時は疑う。
それが上位者であろうとも、だ。
無論、高弟の言う通り。頼み事をする時に、相手に対してしめしめ善人はやっぱり騙されやすいぜ、なんて悪意のあることは考えたりはしない。
というか、いるのかそんな奴?
いないで欲しいと信じたい。
「俺は思った。頭の中を読めているのならば、声に出さずとも魔術を行使することは可能ではないかと。しかし、この考えを実証する術が俺には無かった。魔術言語を、自然と頭の中で扱える生物などこの世に存在し得なかったからだ。けれど、トータちゃん。トータちゃんならば、俺の考えを立証することが可能だろう。頼む。俺が本となってまで追い続けているこの理論を。どうか証明して欲しい」
神妙に、身体さえあれば深々と頭を下げていただろう声で、ぼくに懇願する高弟。
その真摯な態度に心打たれそうになるが、「だったら最初のアレはなんだったんですかっ」と思わず本を踏みしめてしまった。
この時のぼくはまだ知らなかったのだ。
高弟が新たな趣味に目覚めるなんて。




