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所蔵された高弟たち

 終始ぼくをなだめ続けるゲテに頷きつつ、ぼくらは地下書庫の十四番目の棚の前に到着した。

 アレイの声を真似て呟く。

「糺す。ほどけよ」

 すると、棚が左右に開いていき整然と並んだ本の数々が目に入った。

 棚に収まった書物はその静謐な空間に似つかわしく、ただそこにあるだけ。

 ゲテの幻影が、ぼくに向かって「やってみせてよ」と、書物こうていたちの目覚めを任せてくる。

 ぼくは、ゲテの声を真似るのではなく、自身の声で上位者を呼ばわった。

「糺す。文物を司る付喪つくもよ。多大なる知識を与えて下さることに謝辞を。貴方の眷属である文物を乱雑にえきすることに謝辞を。感謝を謝罪を。これらを受け入れて頂けたならば、御力を持ってして動かざる物に躍動を。生を。意識を浮かび上がらせ賜う」

 言葉を紡ぎ終えると、なぜかすべての本がぼくへと跳びかかり、思い切り押し倒された。

 床に後頭部を打ち付け、悶絶。

 頭がくらくらする。

 じゃれつく本に目を白黒させていると、ゲテは高弟たちが飛びついて来たその理由を教えてくれた。

「ここは寒いからね。君は冬の間はあまり来なかったろう? 末弟子の君が可愛いのさ。ちなみに君の胸にへばりついているのが、同性愛者ホモセクシャルで、君の耳を食んでいるのが、小児性愛者ショタコンだね」

 魔術言語に存在するのか。

 正太郎コンプレックスという言葉が。

 ファジー過ぎるだろ世界の境界線。

 っていうかそんな話は聞きたく無かった。

 途端、胸と耳がおぞましく、痒くなってくる。

「離れて下さい。特に胸に貼り付いている本と、耳のかた

 そう言っても離れようとしない、口を開閉するようにページをパクつかせていた本二冊を鷲掴み、それらを遠くへと投げ捨てる。

 床へと投げ出されたそれらは、抗議を上げるようにばっさばっさと音を立てて羽ばたき戻って来るが、あんな話を聞かされて誰があのままにしておけるか。

 気持ち悪い。

「ゲテ以外はなんで口を付けてないんですかね」

 ここに来ると大抵は筆記による会話になっていたのだけれど、よくよく考えれば不便極まりない。

 人の皮を本になめすことに比べれば、唇を縫い付けるくらい訳もないと思うのだけれど。

「前は付いてたんだけどね。男を女性化させる魔術について口論が起きてね。それが高じて魔術合戦さ。書庫をめちゃくちゃにしたからかな。愛弟子が大人げなくも怒って来たんだよ。だから普段は外してるのさ。だから、ちょっと手を出してくれるかな」

「だからからの流れがよく分かりません」

「いいから」

「良くないです。説明してください」

「魔術を学びたいんだろう?」

 ぐ。

 その言葉には弱い。

 悪ふざけの可能性は九割。

 けれど残り一割を無視するわけにはいかない。

 そうしてぼくは恐る恐るといった様子でゲテへと手を差し出す。

 彼女は、差し出した手の上に「おえ」と吐しゃ物を出した。

 避けた。

 その軌跡は残像を残すほど。

 自分の脅威なる反射神経に心から感謝したい。

 ありがとうアレイ。

 ぼくを丈夫に創ってくれたことを有難がっている間に、吐しゃ物は床へと落ちていた。

 何か粘ついたものがへばりつく、気味の悪い音。

「酷いな君。避けるなんて」

「酷いのはゲテで。誰でも避けるでしょうよ」

 人に手を差し出させた上で、そこに吐くとか。

 どんな神経してんだ。

 ぼくのゴミでも見るような視線を受けて、ゲテは心外だね、と首を振って床を指し示す。

「僕が吐いた物をよく見てご覧よ」

「嫌です」

 即答だった。

 なんで人の吐しゃ物を見なくちゃいけないのだ。

 なんだったらモノが臭い立つ前に、一刻も早くここを離れたい気分だった。

「僕が消化しきれなかった食べ物とか、そういうのでは無いから安心していい」

「なんであろうと、口の中から吐き出された時点で嫌です」

 頑なに拒むぼくに対して、ゲテは感情たっぷりに、ぼくが耳を覆いたくなるような言葉を叫んだ。


「『十八年間過ごした家族と同じくらいに!』」

「ぜひ見させて下さいお願いします!」


 腰を九十度に折り曲げて懇願するぼくに対して、ゲテは大層ご満悦に。


「『二人ともぼくの大切な家族だよ!!』」

「見るっつってんでしょーが!!」


 げらげらと笑うゲテ。

 さっきゲテに生涯頭が上がらないと思ったのは彼女を敬ったからであって、あの時の言葉を、こういう脅しに使われると怯えたからでは決してない。

 お願いだから、そう思わせて欲しい。

 それでもって、モノマネ上手くなり過ぎだろ。

 録音したテープを聞いてるみたいで、鳥肌が立ったわ。

 ぼくはとんでもない人に、ぼくらの世界の技術を伝えてしまったかもしれない。

「冗談はこれくらいにして」とゲテは言ってから幻影を浮かばせて、床に落ちた何かを再度、指し示す。

 それは人の口だった。

 ゲテの涎に塗れた。

 うん。

 やっぱり見てて気持ちのいいものでは無かったし、分かったところででは受け止められないものだったなあ。

 あんな唾液塗れの他人の唇。

 吐しゃ物なみに触れない。

「じゃあどんどん吐いていくから、それらを拾って、みんなに取り付けてあげてくれるかな」

「嫌で―――分かりましたので、後生ですから嬉し気に口を開こうとしないで下さい。お願いします」


「『構って欲しくて! だけど駄目で!』」

「はい! 拾いました!」


「『ぼくが生まれた時、本当に嬉しそうで!』」

「はい! 付けました!」


「『二人ともぼくの大切な家族だよ!!』」

「ほんっと勘弁して下さいぃぃぃっっっ!?」


 そんなすったもんだがあり、ぼくは高弟たちの一人である同性愛者に、迫られつつもその要求を受け入れることにより、彼独自の魔術体系と、針金男の正体について学ぶことが出来ましたとさ。

 めでたくないめでたくない。

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