アレイと針金男の会話
ゲテがぼくにこのことを言うべきかどうかを考えていたそうだ。
ぼくの部屋で恥ずかしくって死にそうになる叫び声を吐かせたのも、怒りに我を忘れて暴走しない為のガス抜き的意味合いがあったそうな。
つまりアレイと針金男との会話はそれだけ酷かったいうこと。
実際に聞いてみての感想はこうだ。
初めて誰かを殺したいと思った。
―――ぼくはその場にいなかったので、描写は無しでお送りする。
ゲテが日本語に訳し、二人が言ったことをそのままに。
「そろそろ決断して貰おう。子爵。俺の主である閣下との救縁を受けるや否や」
「いま少し待って欲しい」
「既に一月が立つ。訳も無く待つことなどまかりならん」
「理由は話せん」
「殺されたいのか?」
「易々と殺されたりはせん」
「強がりは止せ。ここに食客として住んでいる人種最低の魔導師と、その高弟ども。なるほど。確かに脅威ではある。しかし、それら全てを合わせても俺には至らん。まして、閣下の配下全てを相手取るなど不可能。兵役にもつかん農民など物の数では無い」
「脅すつもりか、この我を」
「何の後ろ盾も持たん地方の田舎貴族風情を、俺が崇敬する閣下が娶って下さるとおっしゃっているのだ。感涙にむせび泣き、地に頭を擦りつけて礼するのが道理であろう。それをこともあろうに脅迫とはな―――図抜けた調子に思わず足が突いて出る」
「ぐ」
「―――足蹴にされてなお、返答せぬとはな。ならば靴裏を舐めることも造作ないか? そうすれば今日のところは見逃してやろう―――冗談だ。舌を引っ込めろ気色の悪い」
「…………」
「閣下は雉が盛りし声に変わるまでは待つ。そう仰せだ。それまでに返答が無ければ、貴様が閣下を侮辱したと見做し、可能な限り惨たらしい死をお前と、お前の身内に与えてやろう」
「我に身内などおらん」
「屋敷前で仲睦まじく手を繋いでいたろう?」
「あれは使用人の養い子だ」
「ならば見せしめに殺そう」
「好きにするがいい。しかし、しかと覚えておけ。我の領地の中で誰かしらが死ねば、婚約など無かったものとなると、そして、我が死してもお前を殺そう」
「囀るがいい。雉が鳴くまでは待つと言った閣下の顔に泥を塗るつもりなど、俺には毛頭無い。また来る。次は色よき返事をしろ。閣下を待たせるな」
以上がゲテが聞き取った二人の会話である。
ああ。
未だかつてこんなにも誰かを憎いと思ったことがあるだろうか?
家族が酷い目に遭って殺人に走るなんて、漫画を見る度に非現実的だと馬鹿にしていた。
倫理や道徳を完全に無視していると。
人の理性を軽んじていると。
そう思っていた。
ぼくが馬鹿だった。
想像力が足りていない。
こんなにも。
手元に刃物があればと思うなんて。
どういう事情か知らないが、アレイが無理やりに結婚させられるだなんてのがそもそもふざけてるし、その次に言った針金男の言葉は腸が煮えくり返る思いだ。
アレイを足蹴にし、あまつさえ靴を舐めろと、そしてその行為を汚いと。
何様だ。
あのクソ野郎。
やばかった。
ゲテの言う通りだった。
ああして叫んで無ければ、アレイへと向けることが出来なかった鬱屈した気持ちがベクトルを変えて爆発して、何の気兼ねも無く憤れる針金男へと突っ込んで行っただろう。
今にも飛び出したい気持ちでいっぱいだ。
「ゲテ」
「顔が怖いよ」
「なんでもするからぼくを強くして欲しいです」
「高弟には同じことを言わないように。僕の弟子は僕と同じで変わっているんだよ。何をされるか分からないからね」
「構いません」
強くなれるなら。
あの針金野郎をぶちのめせるならば。
「今ならきっと何でもできます」
そう偽りのない本音を述べた。




