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自己嫌悪するトータへの、ゲテの企(くわだ)て

 針金男は週に一度の周期で屋敷を訪れるようになった。

 男が訪れてからというもの、アレイの表情は晴れない。

 あの男、彼女に何を話しているんだ。

 ぼくの家族に。

 何を。

 アレイに理由を尋ねても教えてはくれなかった。

 それどころか、ぼくと顔を合わせない様にしている。

 以前は仕事が忙しかろうとも、食事の時は一緒に取ったのに。

 時間をずらされる。

 すれ違わされる。

 会えない日々が積み重なる。

 事情を知っているだろうミルも、アレイに口止めを受けているのか、ぼくがどれだけお願いしても口を開いてはくれなかった。

 腹に鬱屈した気持ちが溜まる。


 今日はまた、針金男が来る日だった。


 男は誰に声を掛けることもなく無言で屋敷に入り、使用人の誰とも口を利かず、アレイが詰める執務室へと入って行く。

 その都度、ぼくは聞き耳を立てるべく扉の前へと行くのだけれど、針金男が来た時には、必ず部屋の前にミルが立っている。

 ぼくの側付きとしての仕事も、針金男が来た時だけは、こちらを優先するように言い付かっているらしい。

 アレイとミルが、ぼくより何かを優先するということに、ひどく気分が悪くなる。

 それが仕事ならばまだしも。

 あの男が理由となれば尚更だった。

「ミルさん」

「駄目です」

 にべもない。

「ミルお姉様」

「だ、めです」

 一考の余地はあったようだ。

 しかし、実直なミルは、ぼくが媚びたくらいでは仕事を放りだしたりはしない。

 仕事に忠実な女性と言うのは、とても魅力的だとは思うけれど、今はただただ邪魔にしかならない。

 ぼくはもはや日課となった行動へと移すべく、言葉を呟く。

「糺す」

 ぼくの言葉に呼応するようにミルもまた「糺す」と返した。

 日本語を話している時点で、彼女が魔術を使えることは分かっていた。

揺蕩たゆたう風よ。貴方の囁きは母なる者の子守歌に勝る。どうぞぼくの友人にも、その美声を届けて欲しい」

「猛る風よ。貴方の一声は万人の心を打ち揺さぶる。願わくばその吟声により、私に責務を果たさせたまえ」

 重なり合う言葉。

 巻き起こる風。

 眠りを誘う魔術に対して、気付けの魔術で対抗するミル。

 魔術言語の発音と速度に関してはネイティブであるぼくが上。

 しかしながら、上位者との間に築かれた関係性に置いては、ミルに一日の長がある。

 魔術が先に発動したのはぼく。

 遅れはしたものの、地力が上なのはミル。

 結果。

 冴え冴えとした目をもってして、申し訳なさげにこちらを見やるミルは、今日はもう職務を終えるまで眠ることは無いだろう。

 ぼくは今日も今日とて、ミルに恨めし気な眼を向けて、執務室の前から退散する他が無かった。

「お菓子は調理場の棚にあります。その……申し訳ございません」

 背に投げかけられる言葉には、ぼくに対しての気遣いがあり、ミルを睨むように見てしまった自分が嫌になる。

 子供っぽさが抜けない。

 意地を張っている自分が格好悪いと、そう自覚している癖に、ミルが言ってくれた調理場へは向かわない。

 自室へと戻って、殊更に部屋の扉を強く閉める。

 乱暴に扱われた扉は、屋敷中へと響くほどに大きな音を立てて、きっと執務室にも届いていただろう。

 アレイにもミルにも。

 当てつけるように。

 ベッドの上で仰向けになったぼくは顔を覆って自己嫌悪。

 何をやってるんだ、ぼくは。

 ダサい。

 ダサすぎる。

 さいてーだ。

「飽きもせず、よくやるね。君は」

 勢いよく閉めたせいか、部屋の扉が僅かに開いていたらしい。

 ハグの背に乗ってやって来たゲテが呆れたように呟く。

 ぼくは彼女を払いのけ、ハグを抱き上げてから、再び寝転んだ。

 ベッド脇に転がった彼女は抗議するでもなく、「ふて寝かな。子供らしくていいかもしれないけれど、そういうのが嫌で顔を覆っていたんじゃないのかな」とぼくをたしなめた。

 普段はおちゃらけている癖に。

 こういう時ばかりは真面目腐った口調で。

 ぼくの内心をあっさりと見透かし、ずけずけと説教を垂れる。

「そう思うのなら手伝って下さい」

 ミルとのやり取りも日常になっていたけれど、こうしてゲテに助力を頼むのもまたいつも通りのことだった。

 だから続く返答も分かり切ったもの。

「盗み聞くというのは面白そうだけれどね。言ったろう? 止めて置いた方がいいよ」

「あの針金男ですか」

「あの針金男だよ」

 そうして、幻影をぼくの目の前に飛ばしたゲテは「あれはヤバい」と腕を交差しバッテンを作って見せる。

 ヤバい相手なのは知っている。

 ぼくは頑強な魔族の身体を持ち、魔術が使えるようになって、自分の力に過信では無い自信を持っていた。

 しかし針金男は、まったくぼくを意に介さない。

 生物としての格が違う。

 男のぼくへの態度が正にそれを表していた。

 まるで空気を相手にしているように、ぼくへ焦点を合わさない。

 ぼくがアレイの前に立った時だけ、男は羽虫を払うような気軽さで、腕を振ろうとした。

 あの時、アレイが声を掛けなかったら。

 あの腕が触れていたのならば。

 ぼくの頭部は虫を潰すように平らにならされていただろう。

 そういう確信がある。

 分かっている。

 だけど。

 分かっているからと言って、だから納得が出来るというはずも無い。

「その目は心得てると言わんばかりだね。では、なぜそうまであの男に拘るのかな?」

「アレイの表情が暗いからです」

 彼が来るようになってから、アレイの顔は晴れない。

 それだけで十分だ。

 あの無邪気な笑みを消すなんて。

 二人きりでアレイに何を言ってんだあの針金野郎。

「あの男が原因とも限らないよ。態度は悪いけれど、こちらが何かしない限り、危害を加えるわけでもなし、週に一度、愛弟子に会いに来るだけだろう?」

 そう。

 あいつにぼくが何かをされそうになったのは最初の一度だけだった。

 この屋敷の主であるアレイが中に入ることを許可した時点で、あの男は客の扱いになる。

 もはやぼくの怒りはお門違いになってしまった。

 分かってる。

 けれど。

 嫌なのだ。

 ぼくは。

 彼女があの男と会うのが。

 堪らなく。

「なんとなくです」

「ふぅん」と目を細めたゲテは「理由なく嫌うのは相手が可愛そうだとは思わないのかな?」

 更なる指摘にぼくは言葉を詰まらせる。

 くそ。

 何で今日はこんなに真面目にぼくの話を聞くんだ。

 聞いて欲しいと思った時は茶化す癖に。

 卑怯だろう。

 ぼくが黙っていると、ゲテはさも得意げに「君がムキになる理由を教えてあげようか?」とぼくの顔を覗きこむ。

 寝返りをうって彼女から顔をそらし「分かってるんで、結構です」と答える。

 それにも関わらず、殊更に煽る様に声を高らかにして。

「君はアレイらを盗られた気になって嫉妬をしているんだよね」

「分かってるって言ってます」

「おまけに何やら自分だけ蚊帳の外」

「分かってます」

「邪険にされて気分は最悪」

「分かってますって!」

 なんで口にするかな。

 くっそー。

 こんなことで声を荒げて。

 なんて。

 ぼくは。

「子供っぽくて、格好悪い、そう思っているんだろうね、君は」

 見透かしたようにぼくの内心を言い当てるゲテ。

 一度ならず二度までも。

 ふざけてる。

 真剣になってるぼくを。

 からかっている。

 ふざけんな。

 冷えた頭が一気に沸点へと達し、口を大きく開いて、ゲテに対して怒鳴り散らそうとしたその直前。

「子供っぽくて格好悪いことは悪いことかな?」と心底不思議そうにゲテはぼくに疑問を呈した。

 その言葉には、ぼくに対する嘲りは無かった。

 ―――いや。

 今の今までの言葉もそうだった。

 ぼくがいつもと違う心境だったから、いつも通りのゲテの言葉に対して、過剰に反応してしまっただけ。

 ゲテは何も変わっていない。

 受け取ったぼくの側の問題。

 噴き出そうとした怒りのやり場が失われ、けれど沸々と湧き上がる何かを吐き出すために、開いた口は塞がらない。

 堪えろ。

 ぼくは自分に言い聞かせる。

 しかし、話せないでいるぼくに、ゲテは重ねて問いかけてきた。

「愛弟子とミルが好き。あれが見知らぬ男と二人きりで話していて、身内同然の二人が自分に隠し事をしている。それに対して腹の立つことが悪いことかな?」

 ぼくはゲテの問いに答えられない。

 何か一言でも言ってしまえば。

 みっともなく溢れてしまう。

 しかし、ゲテは更に重ねて言う。

「これを悪いと言ってしまうのなら、彼女たちに憤りを覚えないのなら―――それはきっと君が愛弟子とミルのことをどうでもいいと。二人がどうなろうと知ったことでは無いと。そう思っていることにならないかな?」

 ぼくは答えられない。

 ゲテは続ける。

「所詮は血がつながっていない赤の他人だと? 自分には関係のないことだと? 顔を合わせなくなったくらいで?」

 ぼくは答えない。

 ゲテは言う。

「そう思っているのかい?」

 ぼくは。

 ゲテはもう問いかけたりはしなかった。

 決めつけるように言う。


「二人のことが嫌いだと言うんだね」

「そんなわけないだろうがっ!」


 塞がらなかった口が、堰を切ったように言葉を溢れ出させる。


「アレイはぼくが死んだことに対して、関係も無いのに責任を感じていて! ミルは掃除も料理も上手で! いつもぼくのために動いてくれて! 二人はぼくのクソ拙い料理を美味しいって! ぼくは馬鹿だからそれを信じて喜んで! 後悔したりもして! 謝ったら何でもないような顔されて! また後悔して! 初めてハグを飼うことになった時にも笑顔で許してくれて! 体調を崩した時なんて二人して寝る間を惜しんで構ってくれて! 薪を運んで来た時に有難うって! 初めて暖炉に薪をくべた時も二人して火傷しないか心配してくれて! ぼくが生まれた時、本当に嬉しそうで! ぼくが何か言うごとに傷ついたりして! 喜んだりして! たまに怒ったりするのもぼくがいけなくて! でも一緒にいてくれて! 今日だってミルはぼくを怒ったりしなくって! それが逆に辛くって! 構って欲しくて! だけど駄目で! だから嫌で! 堪えられなくて! だからふて寝なんて! 扉を強く閉めて! かっこ悪いマネしちゃって! ダサくて! 避けられてても! アレイが辛そうにしてるのは顔を見て分かってたのに! わがままを言って困らせて! 二人は本当は優しいのを知ってる癖に! 怖くて! 笑って! 怒って! 楽しくって! 嬉しくて! 幸せで! 十八年間過ごした家族と同じくらいに! 二人ともぼくの大切な家族だよ!!」


 腹から湧き出してくる想いを全てぶちまけたぼくは、息も絶え絶えにベッドの上に倒れた。

 そうして、上下する胸と心臓が徐々に治まりつつあるのに反比例して、顔に言い様のない熱が駆け上がって来る。

 ぼくは今、なんってった?

 ぼくは今、なんってったっ?

 ぼくは今、なんってったっ!?

 湧き上がる羞恥心によって、開いた口から火が出そう。

 手足をばたつかせて悶絶し、その熱を逃がそうとするがまた足りない。

 熱を、羞恥を吐き出すように「あーあーあーあーあーあーーーーーッ!!」と叫び回って部屋中を駆けまわった。

 それをゲテはただただ面白可笑し気にげらげらげらげら、と腹を抱えて笑い転げる。

 はたから見れば、それはとても馬鹿らしい光景に見えただろうし、実際、ぼく自身も馬鹿らしいと思ってしまった。

 この時にぼくは確信した。

 生涯に渡ってゲテには頭が上がらないだろう、と。


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