針金男
真っ直ぐ立っているように見えるのに、なぜか、どこかが―――いや、全てが曲線を描いているような矛盾した錯覚を受ける。
頭に被った山高帽を取ると、男の頭にもまた山羊のような角が生えていた。
柔らかく腰を曲げて深々と、けれど、金属のように固いお辞儀をした男は、ぼくらと―――アレイと同じ目線になってこう言った。
「時間を頂きたい」
錆びた金具と金具が擦れ合うような、鈍く耳障りな音。
針金細工のようにしか見えない男は、声を発する口から何から全て全部、金属で出来ているように思えた。
ぼくは何だかこの不気味な男と、アレイを向き合わせてはいけないと感じ、一歩を踏み出して、彼女の前に立つ。
針金男はそこで初めてぼくが居ることに気付いた様子で、折っていた腰を伸ばした。
ぼくの身長が子供だというのもあるけれど、背を伸ばした男は竿のように先端をしならせてぼくを圧倒的な高みから見下ろした。
そして、その上からの視線に気を取られていたぼくの横合いから、ゆっくりと男の手が伸びてきていて、気付いた時には、側頭に触れようとしてい「心得た。ついて来るが良い」とアレイの一言に、男は寸でのところで動きを止めた。
今の今まで時が止まっていたかのように、ぼくの額からどっと汗が噴き出る。
いつ。
いつだ。
いつ男はぼくの横に手を伸ばしていた?
まったく気付けなかった。
人として生きていた時とは違い、この身体は五感全てに優れている。
森での戦闘時。
相対する木人だけに視野が集中せず、その背後から迫って来る同族たちに、目で鼻で耳で、敵の動きによる空気の移動で、足下から伝わる振動で、反応できていたのが何よりの証拠だ。
にもかかわらず。
ぼくが針金男の行為に気づいた後も、伸ばされた手に対して、顔を背けることも無く、なされるがままだった。
顔を震わせることすら、出来ていない。
「しばらく外で遊んで来るように。ゲテやミルには言い含んでおく」
さっきまでとは打って変わったことを冷たく言い放つアレイは、引いていたぼくの手を手放した。
何でも無い物のように。
あっさりと。
未練など感じさせない。
針金男はまたもぼくのことが意識の外に追い出されたのか、こちらをもう見ることはなく、アレイに案内されるがままに屋敷の中へと消えて行った。
扉の閉まる音。
それと同時に暖かかった日差しが雲に遮られ、ぼくは暗くなった世界に一人取り残されることになる。
一陣の風が流れ、心に言い様のない寒さが吹き抜けていく。
春はまだ、遠かった。




