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素朴な疑問

「ゲテはなんで書庫の中に居たんですか?」

 あたかも封じられているように奥まった書庫の中の書庫。

 けれど、あそこからゲテが出て来ていても、アレイは咎める様子も無い。

 実際、彼女は意地悪なだけで害はないし、アレイの仕事の役にも立っている。

 理由がまったく思いつかなかった。

 それに対してゲテはこれまた意地悪げに「君のせいだよ」と意味が分からない嘘を吐く。

「濡れ衣は止めて下さい」

 書庫に至るまでは会ったことも無い、そのぼくが原因なんてことがあるはずはない。

 いつもの悪ふざけが始まった、とぼくは辟易してそう言い返した。

 しかし、ゲテは「濡れ衣じゃあないさ」と昔を思い起こすようにしみじみと語る。

「僕とアレイは上手くやっていたさ。仕事が忙しいというアレイの気分を紛らわせるために、酒を勧めたり、注いだり、全裸で大熱唱したり。するとアレイは、僕の存在自体が子供の教育上に悪いとね。押し込まれたわけだよ。あの書庫に。君が呼び出されること自体を知らなかった僕は戸惑いを禁じ得なかったよ。子供なんかこの屋敷にいないだろう、とね」

 いや、子供がどうとか言う前の問題だろう、それ。

「自業自得でしょうよ。むしろ、頭を冷やせて良かったんじゃないですか?」

「……君ら二人は親子ともどもにして僕を酷く扱うよね」

「日頃の言動を改めて下さい」と、そうは言ってはみたものの、しかし、ぼくが来て書庫を覗く二週間近くはあそこに監禁状態だったということになる。

 もっと追求すれば、ぼくが書庫を訪れなければ、その状態はさらに長く続いていたことか。

 しかもその理由が、親戚の子が来るから、ばれない様にエロ本をしまい込むみたいな気軽さ。

 それで閉じ込められたわけだ。

 ぼくなら恨むかもしれない。

 そんな恥ずかしい者扱いされたら。

 ひどく、傷つく。

「その、やっぱり、しんどかったんですか」

 やや語気を落としたぼくに対して、ゲテは「弟子たちとよろしくやっていたからね。ハーレムだよ。ハーレム」と意に介した風もない。

 心配したぼくが馬鹿だったと。

 そう思わせるように。

 彼女はいつもそうだ。

 決して弱みを見せたりしない。

 相手を気遣わない言動が、実は気遣っていることに結果なってしまっている。

 相手に気負わせないように。

 責任を負わせないように。

「ところでさっきの問いなんだけど」とゲテは改まったように言ってくる。

 やはり辛かったのだろうか、とぼくは居住まいを正して愚痴だったとしてもなんだって聞こうと心を構えた。

「君は僕にああ言ったけども、君だってアレイのこと大好きだろう?」

 死角の外から放たれた右フックに、思い切り頭を揺さぶられる思いだ。

 予想外の反撃。

 さっきのお返しとばかりに投げかけられる問い掛け。

 まさかここで振り出しに戻って来るとは。

 ここで照れてしまって言い淀んでしまえば、ゲテの思う壺。

 ぼくのせいで不自由をさせて、申し訳なかったという気持ちもあった。

 だから。

「彼女はぼくの家族です。好きで当然でしょう」

 演技でも台詞でも無い。

 ぼくの本音を、顔が熱くなる思いをしてひねり出した。

 そして、ぼくの言葉に大きく、そして満足げに頷くゲテは「だってさ。良かったね。愛弟子」とニヤけながら、ぼくを見ていた目を、ついっと寝ているアレイに流し向ける。

 え。

 まさか。

 そんな。

 ぼくはゲテの目の動きを追って、椅子に寝入っているはずのアレイを見やる。

 殊更に大きくなった寝息を響かせるアレイは、暖炉の光に照らされて顔を真っ赤にしており、口端がそこはかとなく吊り上がるのを必死に抑えている葛藤が見て取れた。

 ぼくは恥ずかしさに堪え切れず、膝にのせたゲテを放り出してこの場から逃げ出す。

 背後から聞こえるゲテの哄笑に、一度でも魅力的だとか、同情的に思ってしまった自分を心の底から殴りたい。

 

 後日談。

 暖炉のある部屋を飛び出したぼくは、体調を崩し、風邪を引き、長く寝込む。

 次いで体の弱り方が尋常では無いとアレイに供物の件を看破され、こっぴどく怒られてしまうことになった。

 だから。

 アレイを泣かせちゃダメなんだって、ぼく。

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