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季節は巡り冬が来たりて

 グンヌダルグに冬が来た。

 この村の冬はひどく冷たい。

 極東近くに位置するこの村の、更に先を行くと海が東に広がっているそうだ。

 ここら辺りの海は寒流が流れ込んでいて、その海上にある空気は自然と冷える。

 そして、海側から西へと吹き込む風。

 海から村までの間にあるのは草原ばかりで遮る物は何もない。

 吹き込む風の影響で、村の夏は過ごし易く、冬は凍えるように寒い。

 村人は心得たもので、春から秋に掛けて蓄えた食料を使い、冬は外出することを避けるのが慣習らしい。

 屋敷の窓から外を見やると、雪に白く塗り潰された景色があり、一寸先も見えない。

 ぼくは屋敷内にある暖炉に薪をくべながら、安楽椅子に腰かけるアレイを見やった。

 彼女の膝上にはハグが丸まって寝ていたが、気にした様子も無い。

 よほど疲れていたのだろう、僅かにする寝息と、それと呼応して動く胸の上下を見なければ死んでいるかと疑ってしまうほど、彼女は深く眠りについている。

 ずれ落ちそうになっていた毛布を掛け直してから、ぼくはぼくで椅子に座り、魔導書を開いてくつろいだ。

 アレイが秋までにあんなにも忙しげに働いていたのは、冬に向けての仕事だったようだ。

 村中の水道が凍り付く前に、水源から各家庭までのどこに火の魔術を行使するかを計画し、実行に移す。

 これはぼくにも手伝えた。

 火を司る上位者に、何度も拝み倒しまくったので、今冬いっぱいは頑張ってくれそうだ。

 ぼくの習熟度では少しばかり実力が足りず、供物としては、魔術を掛けている間、ぼくの体温を一度分、捧げ続けることにした。

 おかげさまで炬燵から抜け出せない猫みたく、暖炉の前から離れ難い。

 これは屋敷の誰にも内緒にしていることだけれど、きっとゲテにはばれているだろう。

 アレイやミルに告げ口をする様子は無いので、あえて確かめてはいない。

 水道の件ではそれで良かったのだけれど、アレイは他にもいろいろな仕事をこなしている。

 そして、それらの仕事は、まだこちらの言葉を覚えきれていないぼくには任せられないと、遠慮されてしまった。

 悔しい、と、ぼくは自身が読んでいる本に問い掛ける。

「ゲテはアレイのこと大好きですよね」

 ゲテはぼくが読んでいた身体ページを閉じて、訝しげな幻影を浮かべ首を傾げる。

 ゲテはアレイに優しい。

 木人を倒させ、暖炉にくべる薪をぼくに運ばせた件もそうだが、ぼくの魔術訓練をしない時は、アレイの様子を遠巻きながらに見、煮詰まっていたら、持って回った言い方はするものの、最良の案への道しるべとして働いて見せる。

 出会って二か月ほど。

 彼女はとても良いひとだ。

 でも、意地が悪いのは意地が悪い。

 それに、アレイの役に立っているのも羨ましい。

 ぼくはたまには仕返しをしてやれと、からかうように言ったつもりだった。

 けれど。

「頭に愛と付けて、愛弟子と呼んでいるんだ。好きに決まっているだろう」

 自明の理だと言わんばかりに、臆面も無く言いきる。

 辱めるつもりが、こっちが恥じ入る結果になってしまった。

 いいよな。

 ゲテは素直で。

 ぼくもこんな風に誰かに言われてみたい。

 ぼくもこんな風に誰かに言ってみたい。

 羨ましい。

 そう思うと同時に気付く。

 ぼくには難しそうだと。

 羞恥心が先だって、誰かに言われたら誤魔化そうとするし。

 羞恥心が先だって、誰かに言う事は出来ないだろう。

 演者をやれ。

 そう部長に言われた時に、ぼくが嫌々ながらも役を演じ、部活を辞めずにやって来たのは、そういった恥ずかしがり屋なところとか、人見知りなところを治したいと思っていたのかもしれない。

 果たして成果はあったのか。

 異世界の人たちと、良好な関係が築けているのか。

 向こうがぼくに合わせてくれているだけで、本当は無理してるんじゃないのか。

 考え始めれば切りが無い。

「つまらないことを考えている顔だね」

 ふと気づくと、幻影がぼくを覗きこむように変顔をしていた。

 親指を鼻の穴に突っ込んで目いっぱいに広げ、ふごふごと豚の様な悲鳴を上げる。

 ぶはっ。

 思わず唾を飛ばして笑ってしまうぼくに対し、ゲテは「汚いなあ」と顔を顰めて、唾を遮るように手を振る。

 そうして、幻影の服を埃で叩くようにしてから一つ咳払いをし、ゲテは言った。

「つまらないことを考える暇があるのならば、魔術の一つでも覚えるのが良いよ。五分も思い悩んで解決しないことは、それは今は出来ないことだろうからね」

 壁掛け時計が時を告げる音がした。

 ぼくが考え込んでから、もう一刻は過ぎていたらしい。

 しかし、ゲテの言い分はいくらなんでも極端すぎると思う。

 天才の言い分だ、それは。 

 悩んだ末に出た結論とかは普通にある。

 しかし、きっとゲテはそんなことは百も承知で言ったのだろう。

 ぼくは幻影にでは無く、手元にある本に目を落として「気遣ってくれました?」と伺う。

 この問いかけに対して、ゲテは何でも無いように「そうだよ」と頷き「けれど、それを本人に確認するのは野暮と思うね」なんて意地悪げに微笑んで見せた。

 アレイはゲテが人心掌握の術に長けていると言っていたが、もしもこれが計算であったならば恐ろしい。

 アレイから事前にそうだと言い含められていても―――魅力的な女性だと思えてしまった。

 表紙に貼り付いた唇が話しているので無ければ、の話だけど。

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