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魔術体系(人種最低の魔導師による論)

 ぼくは木人ウッドマンたちの死骸(ゲテの指示通りに表面を削り取ったら、焼けていない部分が出て来た)それを何本も、森に生えていた蔓をロープ代わりに利用して、筏のように組み上げた。

 そうしてぼくは、漫画の主人公が修行しているシーンよろしく、前から引っ張る形となって、力の限りって運ぶ。

 ゲテはその筏に魔導書からだを預け、幻影をぼくの眼前に飛ばして魔術に関しての講義をしてくれた。

「魔術というのはね。僕らには見えない存在が、その力の一端を貸し与えてくれているんだよ」

 その言葉に、ぼくはここに来るまでにゲテが喋っていた与太話を思い出す。

「上位世界の住人って言ってたやつですか?」

 よく覚えていたね、と察しが良い生徒を褒めるように、ゲテはぼくの頭を撫でる。

 今、分かったけれど、彼女は考えなしに答を求める輩が好かないらしい。

 さっきの木人での戦闘時とは打って変わっての好待遇だった。

 幻影なので感触は無いはずなのだけれど、何だか頭がむずむずする。

 気恥ずかしい。

 アレイならばともかく、ゲテにやられて照れ臭くなるのは何やら負けた気がして嫌。

 ぼくが手を振って彼女を追い払うと、ゲテはぼくの隣へと移動して、微笑まし気に続きを話した。

「人によって言い方はそれぞれだけどね。神だったり悪魔だったり天使だったり精霊だったり万物だったり、あるいは人を超えた人、魔族を超えた魔族とも。それでまあ、彼らに語り掛けるには二つの条件があるわけさ。一つが今から上位者に話し掛けますよ、理非曲直を問いますよーってサインになる『糺す』という宣言。そして、もう一つが彼らが僕らに歩み寄って聞いてくれる唯一の言語である魔術言語―――僕らが今、話している言葉だね。それを使うことが必要になってくる」

 指揮棒を振るうように指を折って、ぼくへの疑問に快く答えてくれるゲテ。

 最初からこれくらいに詳しく話して欲しかったが、今の説明で彼女がぼくに対して誤解した理由もよく分かった。

 どうやらぼくが話している日本語は、こちらの世界では魔術言語と呼ばれているらしい。

 ゲテは、ぼくが当然のように魔術を行使出来るだろうと勘違いしていた。その一因として、ぼくが魔術言語を流暢に喋っていたことが挙げられたのだろう。

 理由なくおちょくっていたわけでは無かった。

 それで、ぼくのゲテへの憤りが少しばかり緩まる。

 ただまあ、せめてぼくに直接、使えるかどうかの真偽を確認して欲しかった。

 ゲテにそう愚痴ると、「誰が予想しうるよ。先日、生まれたばかりの子が何の教育も無く魔術言語を操れるなんてね」と悪びれもしない。

「変わり種君。僕はね。色々な人も、色々な魔族も、言葉を発する万物にすらも種々様々に会っては来たけれど、君のように美しく魔術言語を発音する生き物は初めて見たよ」

 そうして、ゲテの話を聞くにつれて分かってきたことだけれど、要は英語圏の人間が日本語を上手く発音できないことに似ているようだ。

 ラ行やハ行、拗音、促音、撥音、母音の連続使用など。

 どうしても抜けが出たり、イントネーションやアクセントがおかしくなったりするらしい。

 確かに。

 日本へ帰化している人が近くに住んでいたが、何年と過ごしていても完全なネイティブの発音が出来るようにはなっていなかった。

 ぼくなんかは例え魔術が使えるようになると言われたからと言って、外国語を地元民と同レベルで話せるようになるなんて、考えもつかない。

 それこそ何十年という時間が掛かるだろう。

 ゲテの誤解も分かろうと言うものだ。

 ぼくはゲテに、ぼくの前世で生まれた国が、魔術言語を母国語としていたことを話した。

 すると彼女はさも興味深そうに、目を見開いて舌なめずり。

「それは是非に一度、お邪魔したいものだね」と零れ落ちそうな垂涎すいぜんを拭った。

 汚いなあ。

 ぼくは、その世界には魔術と言うものは空想としてしか存在せず、たとえゲテがぼくの世界に行けたとしても意味が無いと話す。

 これにゲテは「ネイティブと会話が出来るのが重要なことだよ」と、もっともな意見を言う。

「上位世界の住人―――上位者にも色々居てね。魔術言語を頑張って喋ってる様子が可愛いと言って、力を貸してくれる方も居る。けれど大体が、きちんと喋れるようになってから出直してこい、と門前払い同然に力を貸してはくれないんだよ。場合によっては死をたまわる。だからこそ、言語を自然と操る存在から学ぶ機会はとても有意義なことなんだよ」

 そして、熱に浮かされたようにぼくの世界への憧憬を語っているゲテを横目に、適当に返事を返しつつ、ぼくはぼくで今の話を整理することにした。

 日本語が魔術言語。

 識字率が低く、発音も文法も違う言語を操る難しさ。

 そして、魔術を提供する上位者という存在。

 ぼくは上位者というのがとても危うい存在のように思えた。

 超常的な存在の癖に、何だかとても人間味に溢れる人たち。

 ぼくがそう思うのはゲテの話し方のせいだったのか。

 ギリシャ神話に出てくる神々と、似ているかもしれない。

 前者はプロメテウス的な存在で、後者はディオニュソスとイメージすれば分かり易い。

 ひどく人間臭い、生物を超越した存在。

 親しみやすくはあるけれど。

 人のように気まぐれであると思うのは怖い。

 ゲテが言った言葉の一つが特にそうだ。

「死、ですか」

 それはちょっと―――というか、かなり遠慮したい。

 一度、死んだ身としては尚更にそう思う。

 親より先に子が死ぬ不幸。

 アレイにこれを味わわせるわけにはいくまい。

 これに対してゲテはあっけらかんとした様子で、心配は無いと首を横に振って答えた。

「埒外の力を借り受ける割には、少ないリスクだと思うけどね。よほどな無礼を働かない限りは問題ないよ。供物を捧げて謝罪するという手もある。これは言語を綺麗に発音するよりも確実で有効だね」

「言葉で褒められたり、敬われたりするのも嬉しいけれど、やっぱり形あるものが良いと?」

 疑問に思ったことをただ問いかけるだけでは無く、自分の推測を混ぜるようにゲテに話す。

 すると、やはりゲテはそれはそれは嬉しそうに破顔し、「よくできました」と頭を撫でんが為に、にじり寄って来るので、ぼくは筏を強く引いて、幻影から距離を置いた。

 しかしますますもって人間臭いな、その上位者様だかは。

 供物とか。

 生々しい。

 しかも魔術言語を上手く話せれば、誰でも問題なく魔術を行使できるという。

 褒められて力を貸すとか。

 単純すぎる。

 紙が普及して、識字率が上がれば、魔導師の数は莫大に増えることになるだろう。

 やはりそれはとても危ういように思えた。

 言うなれば、銃が蔓延するアメリカの社会よりもたちが悪い。

 言葉一つで、火の矢じりが出せる。

 ゲテのような大魔導師ともなれば大量破壊兵器なみの魔術だって出せるかもしれない。

 それは人を傷つけるにはあまりに低すぎるハードルだった。

 日本語の取得が、この世界の人々にとって困難であり続けてくれることを、心より願う。

 そうして、ぼくはその単純な仕組みについて考察をしていると、ふと疑問が沸き上がった。

 火矢を連続で行使した時のことだ。

 息が尽きかけた時に、ゲテの声に似せる余裕が無くなり、地声へと戻ってしまった。

 すると、発音は正しかったにも関わらず、その途端、火の威力が減退し、危うく最後の木人にやられてしまいそうになる。

 それに関してはゲテがフォローをしてくれたが。

 あれはなぜ威力が減っていったのか。

 あまりに多くのことを一度に考えたために、頭がこんがらがってきたが、これは早めに解決しておきたい。

 ぼくがゲテに更なる疑問を投げかけようとすると、彼女は「さ。話に集中し過ぎて、歩みが進んでいないよ。ほらほら急いだ急いだ。このままじゃあ、日が暮れてしまうよ」と急かすように促すので、今日の講義はここで終わりだと言いたいのだろう。

 詰め込んだところで頭に入らないと、そう考えているのならば、今日一番に師匠らしい言動だ。

 もしくはまずは自身で考えてみろ、というゲテの教育方針か。

「馬車馬の如く、走れよ、走れー」

 並んだ木々の上に寝転がり、鼻歌交じりに歌うその姿を見て、うんそんな深い考えなんて無いなコイツ、とそう思った。

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