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初めての魔術戦闘がスパルタに過ぎる

 ゲテがぼくを連れて来たのは、紅葉した木々が鬱蒼と茂る森の入り口だった。

 森の中は夜よりも暗い。

 木の密集度合が高く、枝葉が日の光を遮っている為だろう。

 日中だというのに、光源の無い森は太陽など存在しないかのように振る舞う。

 一寸先は闇。

 まったく先を見通せない。

「さて」

 そう前置いたゲテは森に生える木々の一つに狙い定めるよう指先を向ける。

ただす。火矢」

 ゲテが言い終えると、指先に小さな火が宿った。

 それは周りの空気を巻き込み、小さな矢じりと化す。

 次いで、彼女が指していた木々の一つに向けて、弓で射られた様に弧を描き進んだ火矢が、その一本の枝に突き刺さった。

 射抜かれた木は枝葉しようをほんの少しだけ焦がして―――土から根を引っこ抜くように、身体を動かし始めた。

 その動きは、さながら靴下を脱ぎ捨てる酔っ払い。

 あれも魔獣かよ。

 植物だろ。

「あれは木人ウッドマンと言うんだ。お膳立てはしたからね。後はまかせたよ」

「は?」

 なにが?

 そう問いかける間もなく、胸に抱いていた魔導書ゲテはその体を蝶のように羽ばたかせて、ぼくから距離を取った。

 木人は、僅かながらに知性があるように見て取れた。

 ぼくの手元から飛び立った本では無く、それを扱っていたであろうぼくに対して、そのささくれ立った体を向けていた。

 ゆっくりと駆け出し、次第に速さを増していく木人。

 それは正に漫画で見る化け物が、巨大な棍棒を振るう殴打に等しい威力となるだろう。

 木人はぼく目がけて突進を仕掛けてくる。

 咄嗟に腰に差した剣を引き抜いて、すれ違いざまに横一線と胴体を薙ぐ。

 しかし、化物の幹は堅く、硬い。

 石に叩きつけたようだ。

 振動が手に伝わり、痺れ、指先の感覚を失う。

 剣を取り落としそうになった。

 ぼくの様子を、木の根っこに寄り掛かって見ていたゲテは、幻影で鼻をほじりながら「君さ。何してんの?」とのたまう。

 こんな時にまでぶれない彼女の姿勢に、ぼくは殺意さえ芽生えた。

「魔術の勉強しに来たんだからさ。魔術で対応してよ。そんな技術もへったくれも無い剣技じゃ、刃こぼれして修理代が嵩むばっかりだよ」

 鼻くそを口で吹き飛ばす仕草をするゲテが心底、憎らしい。

「教えてくれるんじゃないんですかっ?」

 木人が、突進を避けたぼくに対して、ゆっくりと向き直ってくる。

 だっていうのにゲテは、殊更のんびりとぼくへその理由を説明し始めた。

「君が今どれくらい使えるのか知らないからさ。まずは君が覚えているのを、アレに向けて撃って見せて欲しいんだよ」

「はいっ?」

「木人には火系がおすすめってどの書物でも言われてるけど、生木って水分をたっぷり含んでるから燃えにくいんだよね。おまけに大量の煙も出すから、それ見た仲間がわんさか来るし、よほどの熱量が無いと難しかったりするんだ。一体を屠るにも、大勢を相手取るにもね」

「いやっ、ちょ!」

「逆に水系でふやけさせて足を遅らせるなんてのはありだよ。そのまま放って置けばそのうち腐って死ぬからね。個人的には好手さ。どちらも基本魔術だし、好きに撃つといい」

 ぼくの戸惑いの声を遮ってまでした口上は、しかしぼくの納得のいく返答では無かった。

 待った分だけ損した気分だ。

「出来ません!」

「ん? なんでだい?」

「やり方を知らないからです!」

 そうこうする内に、木人が再び構えを取った。

 根をうねらせるように前後させ、こちらへと歩み始める。

「火も水も学んでないのかな? では、愛弟子の得意な風系はどうだろう。少し扱いが難しいが、根っこを刈り取れば、動けなくなるし、水を吸い上げられなくなる。そうでなくとも、幹を分断すれば倒木のように倒れるから―――」

「魔術自体を教わって無いって言ってるんです!」

 繰り返す意味のない助言に、ぼくは抗議の叫び声を上げると共に、横っ飛びに跳ねる。

 先ほどまで立っていた場所を、木人が通過していった。

 森の木の一つにぶつかって、その身を押しとどめる。

 そうして、ぼくは木人が再び体勢を整える前に頭を整理した。

 木人は足が根っこであるために踏ん張りが利かず、初動が遅い。

 しかし、体重がある分、いざ動き始めると、その突進は加速度的に速くなる。

 車が遠くを走っていると思って歩道を渡っていたら、いつの間にか衝突間際の距離までに迫っていた時があったけれど、それに似ていた。

 距離感を見誤るとすぐにもっていかれそう。

 車と違い、木人はブレーキなど踏んだりはしないだろうしな。

 そうして、木人が突っ込んでくる度に、ぼくは脇をすり抜けるように避けては対峙を繰り返す。

 攻撃の間隔に間があるとはいえ、だんだんと疲れてきた。

 ゲテはぼくのそんな様子を見ても焦ってはくれず、ただただ、ぼくに対して疑問を呈すばかり。

 そして、次のゲテの言葉で、ぼくはようやく彼女が根本的に勘違いをしていると知った。

「君が話しているのは魔術言語だろう? それに書庫で僕の魔術を解いてみせたじゃないか」

 ぼくが話しているのが魔術言語?

 日本語が?

 意味が分からない。

 ぼくは横薙ぎに振って来る敵の枝を屈んで転がり、避ける。

 そうして息を吐いて、ゲテからの質問で分かる方だけを答えることが出来た。

「書庫でのは、アレイの見様見真似です!」

 その言葉に興味深げに眼鏡を光らせる演出をするゲテの幻影。

 頼むからせめて早口で話して欲しい。

 そんな願いを聞き入れるゲテでは無く、むしろ勿体付けるように唸り声をあげ、ぼくに間違いはないのか、そう何度も確認を取って来る。

「つまり君はアレイの声質やイントネーション、抑揚の付け方などを真似て、魔術を解いた、そう言いたいわけだね?」

「そう言ってるじゃないですか!」

 するとゲテは小馬鹿にしたように肩をすくめて「にわかには信じられないよ」と首を横に振った。

 いい加減ぼくは彼女を殴っても良いと思う。

 女がどうとか言ってられないほどに、ぼくは切羽詰っていた。

「信じるとか信じないとかどうでもいいから助けて下さいよ!」

 状況はますます拙い方向へと向かっていた。

 ゲテの初撃によって、燃やされた木人のほんの僅かながら焦げた臭い。

 それに反応したのか、森の奥からその他大勢の同族が森の外へと歩み出そうとしていた。

 しかしぼくの必死の懇願にも、ゲテは柳に風の様に素っ気ない。

 助けなど必要が無いかのように振る舞う。

「君の言葉が本当だと言うのであれば、君は自身で問題を解決できるよ」

「なんで!?」

 ぼくの息つく間も無い返答に、ゲテは顔を顰めて首を左右に振る。

 まるで出来の悪い生徒を叱責する教師のよう。

 叱りつけたいのはこちらだ、と言いたかった。

 やれやれと言わんばかりにゲテは、ぼくに説教を垂れる。

「簡単に聞き返すものじゃないよ。思考の停止は、魔導師にとっての死に等しい」

「今まさに実際の死に対峙してるんですけどね!?」

 魔術が何なのかすら分かってないのに、何をどうしろと言うんだ。

 ゲテは仕方がない弟子だと呟き、指を一本立てて助言をくれた。

「理解しなくとも使えたのだろう? 愛弟子の魔術を。なら話は簡単だよ。僕がこの森に着いて早々に言った言葉を思い出してごらん」

 アレイの技?

 入り口で言った言葉?

 ぼくは言われるままに、ゲテの言葉を思い返す。

 さて、と一呼吸を置いて、指先を木々に―――。

「ああっ」

 そこでようやくゲテの言いたいことが分かった。

 というか、こんな持って回った言い方をせずに素直に教えて欲しい。

 ぼくが恨めし気にゲテを睨むと「自分で答えを見つけることこそが重要だよ。それによそ見をしている暇があるのかな?」と彼女は目線をぼくと対峙する木人へと移す。

 ゲテの言う通りだった。

 ぼくの動きに慣れて来たのか、木人はぼくが避けようとする先を読んで、攻撃するようになってきている。

 しゃがみ込んだぼくを追う様に、低くしなやかに振られる枝。

 ぼくは屈んだ状態から、更に四肢を伸ばして仰向けになることで、枝を避け切ろうと試みる。

 葉が鼻先に擦れ、冷や汗もんだった。

 寝転んだまま自身が一本の丸太になったつもりでぐるぐると横転。

 木人との距離を開けることに成功する。

 ぼくの格好悪い逃げっぷりと焦りっぷりに腹を抱えて笑うゲテ。

 あとでしばく。

 こちらへと向かって来る木人に対し、ぼくは指先を向けた。

 彼女の言葉を、声質を、リズムを思い起こす。

 ゲテは女性であるが少し落ち着いた、けれど甘い声。

 声帯は少し伸ばす程度に。

 鼻から空気が逃げるよう意識して。

 ぼくは唱える。


「糺す。火矢」


 指先に火が宿る。

 不思議と熱くない。

 それはぼくが指差していた、こちらへと向かって来る木人に対し、弧を描いて飛んで行く。

 深々と木人の胴体部に突き刺さる矢じり。

 火はそれを起点として相手の全身を舐めようとする。

 木人は悶え、苦悶の声を上げ、前のめりに倒れる。

 あたかも倒したかのように見えるそれは、しかし、ただ燃えた箇所かしょを地面に押し付けて消火しただけに過ぎない。

 枝を杖代わりに、地面に付き、再び立ち上がろうとする。

 そして、その後ろからは木人の焦げた臭いに釣られた同族たちが、ついに森の外へ、外敵であるぼくを打ち潰さんと、次第に歩く速度を上げて来ている。

「変わり種君」

「覚えています」

 ゲテは言っていた。

 生木は燃えにくい。

 よほどの熱量が必要。

 ぼくが使える火の魔術は一つ。

 なら答は簡単だ。


「糺す」


 ぼくはいつも稽古前にしていた発声練習のように。

 早口で。

 滑らかに。

 噛まないよう。

 深く息を吸って。

 留処とめどなく魔術をそらんじ続けた。


「火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢火矢――――」

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