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盛大なる掛け違い

 出かける前に行ってきますの挨拶を交わすのは、家族として当然。

 ということで玄関にゲテを置いてから、ぼくは執務室にて羊皮紙を睨みつけるアレイへと会いに行った。

 眉間を指で揉み解し、アレイは入り口に立つぼくを見やる。

「魔術を向上させるならば、我より師に学ぶのがりょうである。性格に難が―――多大に難があるがしかし、彼女は物を知っている。教えることに長けているかどうかは別にして、だ。しかし、大魔導師になるのならば避けては通れない道だろう。我が子ならば出来ると、疑う余地は無いが、あまり無茶をしてくれるな」

 そう心配してくれるアレイだったけれど、ぼくは彼女の唐突な話に付いていけなかった。

 ゲテから魔術を学ぶのは、あの場を収める為の条件である。

 いわば望んでやるべきことじゃない。

 交換条件の末の結果だ。

 だからこそ、アレイの言う『避けては通れない道』が、ぼくには釈然としなかった。

「大魔導師になる、ですか?」

 確かに魔術を使えるようになることに魅力は感じた。

 中学くらいまでは、漫画を見て気功を撃つ真似事なんかもしたことがある。

 赤面ものの過去だ。

 思い出すたびに、穴があったら入りたい気持ちにさせられる。

 それが現実に出来るようになる。

 学んでみたいと思うのは当然だ。

 けれど、今は何を置いてもやりたいことは他にある。

 まず料理を習得したい。

 次いでこの地方の言語や文字を覚える。

 理由は料理本を読めるようになるから。

 言語や文字が学習出来たなら、更には行政関係の知識を得たい。

 アレイの目前にある大量の羊皮紙束。

 手伝えるようになれば少しは負担が減るだろう。

 そういった気持ちが顔に表れていたのかもしれない。

 アレイは訝しげに、ぼくの言葉と態度に首を傾げる。

「腑抜けた返事だ。今際のきわにまで願い続けた夢への一歩を踏み出すのだ。自失して歓喜しようとも恥じ入ることは無い」

「ぼくの夢ですか?」

「然り。大魔導師になることを望んで、こちらへと転生したのだろう」

「え?」

「ん?」

 お互いに頭の上に疑問符を浮かべたような表情をしている。

 その表情はまた無垢な顔であって、抱き上げたい気持ちにさせられたが、すぐに考え事で頭がいっぱいになった。

 ぼくが生まれて初めてアレイに会った時も、そんなようなことを言われた気がする。

 ぼくの夢。

 ぼくの夢ね。

 今やもう叶わないけれど、ぼくの夢は、番組制作会社にまずは音声スタッフとして入社し、ゆくゆくは音響効果の仕事に携わりたいと考えていた。

 無いだろーな、こっちには。

 テレビ局も、番組制作会社も、音響監督の仕事も。

「『万夫不当の大魔導師に』我は、確かにそう聞いた」

 アレイはぼくの夢についてそう語った。

 そこでぼくはようやく彼女の言わんとしているところが、すとんとが落ちる。

 あー。

 あーあー。

 なるほどね。

 一度始まった劇は何が起ころうと決して止めてはいけない。

 部長による言いつけを守って、朦朧とする意識の中でも、確かにそう口にした。

 賢者の弟子になる為に。

 呆けた頭の中で。

 脚本の台詞を。

 ぼくの反応をどう捉えたのか「まさか我の聞き違いだったとでも言うのか……」そう言い淀むアレイは怒っている様子では無かった。

 むしろ、顔色はみるみる青ざめさせていっている。

 いや、その表現ではまるで足りない。

 血の気を失い、倒れそう。

 ぼくが書庫で押し潰されていた時だって、ぼくが反抗期だと言った時にすら、こんな表情は見せなかった。

 なんでだ。

 今までの会話で、そんな顔をする内容なんて一つも無かった気がする。

 ぼくはどうすればいい?

 どうすれば、その顔を止めさせられる?

 ぼくは甲斐性無く狼狽えていると、アレイは自身を責めるようにして、その理由を独りちた。

「我は。我はお前が望みもしないというに、こちらへと手引いてしまったのか……? あのまま転生をすれば、別の存在としてではあれど、生前の家族と顔を合わせるやもしれない可能性を摘み取ってしまったと……?」

 とんでもないことを仕出かしてしまった子供のように、親に叱られやしないか、自分が見捨てられはしまいか、顔を歪ませて今にも泣きそうだった。

 ぼくをあんなにも大切に思い、我が子同然に可愛がってくれているアレイに、そんな顔をさせてしまった。

 どうかぼくのことで気を咎めないで欲しい。

 二度と悲しませまいと決意したばかりなのだ。

 瞳から涙がこぼれるよりも先に、ぼくは拳を握りしめて反射的にこう言い切った。

「ぼくは大魔導師にむちゃくちゃなりたくて来ました! 家族と二度と会えないくらいの覚悟で! ああ、嬉しいな! 夢が叶うなんて! 魔導師なんて前の世界じゃ絶対なれなかったもんなあ!」

 勢いだった。

 アレイを泣かせない為の方便と言っても良い。

 けれど、思えばこの時かもしれない。

 ぼくはアレイの盛大な勘違いを、自身の夢とすることにし、嘘を突き通すことを決めたのは。

 それでもまだしゃくり上げそうな彼女に対して慰めを言う。

「アレイたちがいるし、今は今でぼくは楽しいよ」

 そう嘘でも無いことを織り交ぜながら。

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