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人種(ひとしゅ)最低の魔導師ゲテ 2

「我の答はこうだ」


 心臓が縮むかと思った。

 実際は止まったと思う。

 ピラミッドの陰から現れたアレイは、ぼくと、ぼくの上に乗った本たちを見下す。

 その目の冷えたこと冷えたこと。

 ヤバい。

 完全に怒っていらっしゃる。

 ぼくが戦々恐々とその身を震わせていると、アレイは憤りを隠しもしない様子で、己が声を朗々と張り上げた。

「糺す。く棚へと戻るが良い。然らば我が子トータを侮辱した件、不問にす。されど」

 自身の爪を最大限に伸ばしたアレイは、床に敷き詰まった石畳へと突き刺す。

「戻らぬ場合は」

 手の甲に血管が、筋が浮かび上がり。

焚書ふんしょしょする」

 握り込んで床を粉々に砕き切った。

 重石のようにぼくを押さえつけていた本が、押し合い圧し合い我先にと棚へ帰って行く。

 熊によりて巣を落とされた蜂のような慌てぶり。

 あっという間もなく、今では何事も無かったかのように、書庫内は静謐な空間へと戻ってしまっていた。


 ただ一冊を除いては。


「我の子と。そう言ったかな。愛弟子よ」

 棚に戻らなかった本は、不気味なことに表紙に薄紅色の唇を持っていた。

 なめらかに滑るそれは、彼女自身が言った通り、死んでいない物のそれ。

 幻影がどうやって喋っているのか、不思議に思っていたが、何のことは無い。

 人皮同様に、唇を縫いこんでいただけだった。

 ―――気持ち悪っ。

「聞こえなかったかな? 彼のことを我が子と、そう言ったような気がするのだけれど」

 鷹揚にアレイを高みから見下すゲテ。

 対してアレイはめつける様にゲテを見上げ、その問い掛けを無視した。

「師よ。貴方はたわむれ過ぎた」

「敵うと思うのかい。この僕に」

「例え死すると知れていても、避けられぬ戦いが、今の我にはある」

 

 なんだかゲームで言うところのラストバトル的な重苦しい雰囲気が、書庫いっぱいに充満する。

 いやいや、待ってくれ。

 お願いだから、待って欲しい。

 ぼくが勝手に書庫に入ったせいで、アレイに生き死になんて重たいものを掛けて欲しくなんかない。

 一触即発。

 いつ戦いの火蓋が切って落とされてもおかしくは無い状況。

 ぼくは何とか二人の間に入って止めようと、腰を浮かせる。

 本に潰されていた為に、手足が痺れていた。

 立ち上がろうとして、ふら付き、本棚にぶつかる。

 踏ん張れ。

 男だろ。

 膝を力強く叩き、震えを止める。

 そして、ぼくはアレイの前へと立ち、彼女を庇うように両手を広げた。

退け。子が親を守るなど、出来が過ぎている」

 押し退けようとするアレイの力に抵抗するために、ぼくは足の指先に力を込め、石畳を咥え込む。

「嫌だ」

 溺愛していた子が初めて反抗したように、愕然とした顔を浮かべるアレイは、しかし、歯を食いしばって、ぼくの拒絶を否定する。

「子が親に手向かうべきでは無い。黙って見ているが良い」

「そんなわけにはいかない」

 悪いのはここへ無断で入ったぼく。

 アレイはそれを助けてくれた。

「ぼくは今、反抗期に入ってるから。だから。その頼みは聞けない」と知らず口をついて出していた。

 アレイはアレイでぼくの物言いに腹を立てたのだろう。

 床を踏み鳴らし、ぼくの肩を爪が食い込むほどに強く、強く掴む。

「成長は喜ばしい。そして、我を嫌いになる時期であるならば、我がどうなろうと構わないだろう。尚更、そこを退くが良い」と言ってきかない。

 まるで子供のような意地を張る。

 そっちがその気なら、ぼくだって見た目は子供なんだ。

 アレイが折れるまで駄々をこねて見せよう。

 そうして、ぼくとアレイとの罵り合いは続く。

「嫌いとは言って無い」

「それは嬉しい。だが、好いているのならば、我を信頼し任せよ」

「さっき死すると知れてもって言っただろ」

「あれは勢いというものだ。無論、勝つ」

「いいや、顔がマジだった」

「マジなんて言葉は使うな」

「なんでだよ」

「品位を損なう」

「言わないから、ここを退かない」

「話の筋がおかしい。支離滅裂だ」

「それをアレイが言うか?」

「我の言葉は一貫している」

「死すると言って、信頼しろと言って、勝つと言って?」

「我がお前を守るという点で齟齬そごは無い」

「それ『我が死んでも子を守れば自分の勝ちだ』にしか聞こえないんだけど」

「最初からそう言っている。我が血、我が後継が残るのだ。悔いは無い」

「ならアレイが死んだ時点で親子の縁を切るから」

 今まで見てきた中で、一番見ていられない顔をアレイに浮かべさせてしまった。

「なぜそんな悲しいことを言う」

 先ほどまでの勢いは欠片も無く、項垂れるように紡がれるその言葉は、ぼくの心をえぐる。

 妥協したくなる。

 アレイの良い様に、言い様に任せたくなる。

 しかし、ここで折れては意味が無い。

 ぼくは彼女に気に入られたいのでなく、彼女を守りたいと思って今ここに立っているのだから。

「泣きそうな顔をしたってこればっかりは駄目」

 そう首を振って心を鬼にする。

「親が子を守るのは世の理だ」

「子が親を守るのは当たり前の常識だ」

「親より子が先に死ぬのは不幸だ」

「子より親が先に死ぬのは幸福だと?」

「そうだ」

「違う」

 喧々諤々。

 二人して堂々巡りの会話をしていると、すっかり置いていかれていたゲテが「面白いね」と独りちた。

 ぼくは床に落ちた本を見やる。

 その唇は愉快に歪んでいて、さっきまでの緊迫した雰囲気は霧散していた。

「僕にしては大変に珍しく君の評価がうなぎ上りだよ、変わり種君」

 そうして、ゲテは幻影の顔をぼくと同じ目線に揃える。

 深く歪んだ笑みを浮かべたゲテは、ぼくの肩に手を置くなりこう言った。

「君、僕の弟子になりなさい。そうすれば愛弟子の発言は取り消すことにしよう」

巫山戯ふざけ―――」

 ぼくより先に食って掛かろとするアレイ。

 彼女を背で押し留めるぼく。

 ライブ警備員の経験がここで役に立つとは。

 怒鳴りつける彼女の言葉を掻き消すように、ぼくはゲテの誘いに応じるよう手を挙げた。

「はい! なりますなります! なりますから! 一旦、落ち着きましょう! アレイも! ぼく全然、平気だから! めちゃくちゃ元気だから! ね!」

 そうして、地下室なのになぜかリアルに暗雲が立ち込めていた空気が一掃され、ぼくらは誰一人傷つくことなく、地下書庫と言う魔窟から、みんなで地上へと戻ることが出来た。


 めでたしめでたし。


 といけば良かったのだけれど、アレイは誤魔化されてくれなかった。

 書庫に無断で入ったことに対し、彼女に凄い怒られたのは言うまでもない。

 ―――ああ、そうか。

 こんな風に親に怒られていたから、生前のぼくも物の分別が付いたのだと身に染みた。

『親より子が先に死ぬのは不幸だ』

 そう言ったアレイは直後に何かに気付いた様子で、言うべきでないことを言ったと、唇を引き締めたように、ぼくは見えた。

 ひょっとしたら、ぼくの境遇をおもんぱかってのことだったのかもしれない。

 親より先に死んでしまったぼく。

 アレイのせいでも無いのに、そんなことを気にする辺りが、どれだけ口論をした後でも憎めないところだと、そう思う。

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