反省とリベンジ
あの鍋はこの世のものでは無い味だった。
砂漠の砂を飲み干したような渇き、その一粒一粒が粉末状のハバネロと思って貰えれば近い。
アレイが言っていたほんのりとした蜘蛛の甘みなど、完全に吹き飛んでしまっている。
人参らしきものと、パプリカのようなものはきっと、この世界でいうところの香辛料だったのだろう。
それもかなり強力な。
唐辛子と山葵と辛子入りをバケツ一杯分に集め、ただの一滴に凝縮して、舌の上で永遠に転がっている気分。
どんな芸人だって、あんなものは飲めないだろう。
確実に放送事故を起こす。
そんな劇物を皿一杯分。
アレイに至ってはぼくの分を合わせた二杯分を食べた。
その苦しみは如何ほどのモノだったろう。
たった一口を食べたぼくが、あんなにも取り乱して。
情けない。
最悪だ。
美味しいと言ってはくれていたけれど、思えば疑うべきだったのだ。
あのいつも上品に食事をする二人が、掻き込むように平らげる様を。
本当に鍋が美味しいものだったとして、二人ならば、もっと美味を味わうようじっくりと一口一口、舌へ運んで行ったろう。
それをぼくは喜び勇んでいると勘違いして。
恥ずかしい。
おまけに時間もだいぶかかっていた。
丸一日ぼくに時間を割いた為に、アレイの村主としての仕事が山積みになっていたらしい。
ここ一週間は執務室に缶詰状態だった。
あんな料理の為に。
本当に申し訳ない。
実際に二人に謝っても来た。
けれど、二人は嫌な顔一つ見せずに美味しかった、と。
また作って欲しいとまで言われた。
それがまたぼくを気遣うのでなく、ぼくの気持ちが嬉しかったのだと言われているようで、蜘蛛をナマで踊り食うくらい今ならば訳もない。
だからこそ、ぼくは決断する。
次こそは上手い料理を食べて貰おう、と。
そして、きちんと味見をしよう、と。
「本、ですか?」
ぼくは部屋の掃除に来てくれたミルに、書物などが売られている場所が近くに無いかを尋ねていた。
彼女に料理を習うことも考えたが、アレイ同様、頼りたくない。
頼ってしまえば、この前の詫びの代わりならないと思う。
料理のことならば、料理番に。
そう思ってまず真っ先に逃げ出そうとする彼を捕まえて声を掛けた。
しかしなぜか、アレイやミルとは違い、料理番の操る言葉が日本語では無かった。
同様に他の使用人たちも話が通じない。
イントネーション的に、ドイツ語っぽいような気がするが、いかんせんダンケシェーンくらいしか知らないので、あくまでイメージとして、だ。
人に聞けない。
そして、話が通じるアレイとミルには、事情を説明できない。
ならばということでの、料理本探し。
当然、料理本を探しているという部分は伏せ、本の所在だけをミルに聞いてみる。
「図書館のようなものがあれば尚良いんですが」
「そういった施設は都市部へ行かなければありませんよ」
うーん。
やっぱりそうか。
この屋敷内でも棚のようなものが幾つかあるけれど、飾ってあるのは壺や花瓶ばかり。
本を置いてあった場所は、アレイの執務室くらいだった。
おそらく紙自体が貴重な世界なのだろう。
当然、村に本屋などは無いとのこと。
弱った。
早くもドッキリ計画が頓挫しそうだ。
これを機に都会へ繰り出して見ようか?
そう思い悩んでいると、ミルが一つ思いついたように話してくれた。
「屋敷の地下に書庫がありますので、まずはそちらをご覧になられてはいかがでしょう?」
なんとこの屋敷、水道ばかりでなく地下室まであるらしい。
どこの貴族様だ。
あ、貴族様か。
ということで、ぼくはミルに行き方を説明して貰い、書庫へと足を踏み入れることになった。
アレイに使用の許可を取って来ると言った、ミルには内緒で。