トータ、手料理を振る舞う
ぼくが料理を運び込んだ時、アレイは待ち兼ねたとばかりに目を爛々と輝かせている。
待ち兼ねたも何も、調理を始めたのが昼で、今はもう日が沈んで随分と経ってしまっていた。
ぼくが調理中、何か口にするよう誰かがアレイに勧めたのだろう、彼女は調理場にも届くほどによく通る声をもってして、頑なにそれを拒んでいた。
「何を馬鹿なことを。事前に何かを食しては、トータの手料理の味が濁るやもしれん。下がれ。心遣ってのことだと一度は許す。二度は無い」
プレッシャーが半端なかった。
どんだけ期待してんだよ。
気持ちは嬉しいけれども、勘弁して欲しい。
そうして半泣きになりながらも、何とかかんとか突貫で作り上げたのは、ただ具材を刻んで放り込んだだけの蜘蛛鍋だった。
さすがにガスコンロのようなものは無かったので、調理場で皿によそってから食卓へと運ぶ。
広く長いテーブルの上座に座るアレイの前に一つ。
その斜め向かいにある空席に一つ。
そして、ぼくが座ろうと思っているアレイから遠く離れた対面になる席へと一つ。
その離れた席の隣に立つ。
「さて。召」し上がって下さい、そう続けようとしたら「こちらには座らぬのか」とアレイが悲し気に言う。
なんだろうか、この居た堪れない感じ。
ぼくは慌てて彼女の斜め向かいにあるもう一方の席へと皿を運び直した。
仕切り直すように一つ咳を払う。
改めて「召し上がって下さい」そう言ってからアレイに食事を勧め、それと同時に彼女の斜め後ろに控えていたミルに対して目を移し、「ご一緒にどうぞ」とぼくの対面になる席に着くよう手の平で促した。
ぼくの言葉の意味を咄嗟には理解できなかったらしく、ミルには珍しく呆けた顔を見せた。
普段に見せない呆気に取られたその表情は、油断した様子に見えて愛らしく感じる。
そして、固まっていた彼女は言葉の意味を飲み込めた様子で、慌てて手を振り、首を振って大仰に断った。
「いいえ。いいえ。トータ様。私は使用人の身になります。ご主人様たちと席を同じにするわけには―――」
「良い。トータが言っているのだ。席に着くことを許す」
ぼくがミルの言葉に対して落胆する様子をくみ取ってくれたのか、アレイは彼女の言葉を断じるように言い切った。
「しかし」
「座れ」
有無を言わせぬアレイの言動に、ミルは恐る恐るといった様子で席に着く。
有難う。
ぼくがアレイに向かって笑みを浮かべると「ただし最初に口をつけるのは我だ。こればかりは譲れん」とぼくらに向かって宣言する。
ぼくもそれについては異論は無く「もちろんそのつもりだよ」と力強く頷いた。
ミルはぼくのアレイに対しての言葉遣いに顔を青ざめさせたが、「では頂くとしよう」との反応に目を白黒させている。
やっぱり違和感あるよな、敬語を使わないのって、とぼくは深く頷いて同意した。