五話
頭上から降ってきた白い塊が、勢いよく黒狼を押し潰す。それを霞む視界で見届けた私は、意識を手放した。
***
目が醒めると、そこは最初にいた洞窟だった。
……これって、ゲームとかでゲームオーバーになったらセーブ地点に飛ばされた、のによく似てるな……。
なら、腕は治ってたらいいなー……。
なんて、そんな訳がなかった。
「ゔっ……痛い、痛い痛いっ! 物凄く痛い!!」
意識が覚醒するにつれて痛みがぶり返してきた。右腕があり得ないぐらい痛い。抉れる抉れてる。
ウォンが心配そうに私の頰に頭をぐりぐりしていた。
可愛いな! でも痛い! 腕が! 腕がァ!
洞窟の入り口から、何時ぞやの銀色の梟が飛んできた。そして梟は私の隣に、優雅に着陸した。
『擦り傷一つで喚くでない』
頭に響く声。微かに頭の奥が痛くなる。腕の肉を千切られたのは、私にとって擦り傷ではないのだが……!
ああ、段々感覚が麻痺してきた。指先が異様に冷たい。
血がこれ以上流れていかないように右手を心臓より上に上げるが、応急処置もいいところだ。解決には……
……ん?
その事実に気がついた瞬間、一瞬私は痛みを忘れた。
……ふ、梟が、シャベッタァアア!?
驚きに目を見開く私に、梟がクカカカと笑う。
『念話が珍しいか? まあ、最近は使うモノが減ったからの』
『それより、その傷を治すさねばな』
そう言い終わると銀梟は洞窟の奥へと飛翔した。それをウォンとともに呆然と見る。
……異世界って凄いな、色々と。
私の常識が一切通用しない世界だということを、改めて思い知らされた。梟が喋った……。
銀梟が洞窟の奥から帰ってきたのは、それから間もなくの事だった。
桜色の琥珀を、梟は嘴に挟んでいた。その琥珀を最近はよく見る。一体何なのだろう。
銀梟は私の隣に降り立つと
『我願う 彼の者を癒せ 』
と言い始めた。
梟の嘴は全く動いていない。が、声は聞こえる。頭に直接響く声だ。
次第に銀梟が淡く光り始めた。それを片腕を上げて唖然と見る私は傍目から見たら、なんて間抜けなのだろうか。
最早腕の痛みを気にしている場合ではなくなった。
梟が何をしようとしているのか、血を多量に失って霞む思考でも推測がつく。
これはまさか……
「……魔法?」
銀梟がまた笑った。
梟から飛び散った光が、洞窟中を乱反射し私の右腕に集まっていく。血を失い冷たかった腕に暖かさが灯る。
『まあ、念話も魔法の一つなのだがな。……ん、傷の具合はどうだ? 久しぶりに使った故な、不具合があるかもしれん』
痛みの消えた右腕を恐る恐ると触る。引き攣った感覚が僅かにあるが、其れだけだ。傷一つない。
「何処も痛くなくなってる……!」
ウォンが私の体を登ってきて、右腕にぺたぺた触れている。心配かけたようだ。……すまなかった。
謝罪の意味も込めてウォンの頭を撫でる。
『そうか、それは良好良好』
銀梟は私の腕を、完治した患者を見る医者のように頷く。
ああ、そうだ。これを忘れてはいけない。
「二度も助けてくれて、ありがとう」
ウォンを地面に降ろして、私は頭を下げる。相手が梟だとかそういうのは関係ない。
助けて貰った相手に礼を欠く訳にはいかないのだ。
『先代に頼まれていたからな』
銀梟は苦笑いするように、翼を数回羽ばたかせた。そしてまた聞きなれない単語が出てきた。
いや、単語自体は知っているが、それが私とどう関係するかがわからない。
「…先代?」
『…む? 先代が説明しておらんかったか』
「まず、その先代って人、なのか? 先代に会ったこと無いんだが……」
そう伝えると、銀梟はやれやれと言わんばかりに翼を竦めた。
『相変わらずズボラなのだな。仕方ない、ワシが説明しよう。疑問があれば最後に聞いてやる』
梟はそう言って、話し始めた。