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七日目 午後 十一時

あんまり綺麗な回じゃないです。

お食事中の方は控えた方が吉。


まさか扉が高速タックルしてくるとは思わなかった。


扉を開けた犯人はわかったが、その犯人もパニックに陥っていている。私も痛みに気絶しかけていた。全く威張れることではないが、防御力は底辺なのだ。他も、少なくとも私の知っている人達の中ではぶっちぎりの底辺だ。


恐らく、いや確実に扉に強打したことで鼻血が出ていると思う。

寧ろ折れなかったのが奇跡だろう。


……折れてない、のか?


そーっと触ってみるが折れてない。折れていても魔法を使えば治る範囲だろう。大した問題は無い。

その代わり、ものの見事に服は血だらけになった。


とはいえ、それも元々刺された時に血だらけだったから更に上書きされただけだ。……はたしてクリーンの魔法で綺麗になるだろうか。多分、時間がかかると思われる。普通の汚れなら早いのだが、最初に付いた方の血が乾燥しているから、なかなか取れないのだ。


異世界に来て平穏に生きてる割には、血塗れになるのは四度目だ。まさか呪われてないよな。



一度目はブラットウルフに腕を美味しく頂かれた。


二度目はヴァイアスに爪で危うくスライスにされかけた。


三度目は刀で腹をざっくり。串刺しにされた。



そして四度目は扉とぶつかって鼻血を出した。


……うん、今回が一番平和な怪我だと思う。



他にも毒性の果物を食べてひっくり返ったこともある。よく生きてたと自分でも思う。




だから、そんなに顔面蒼白にならなくてもいいんじゃないか。




「ごめ、血、本当無理なんだよ……」


もしかして血が苦手なのか。

怪我してる本人より真っ青な顔をしているものだから色々あったことも、言ってしまったことも一時的に頭からぶっ飛んだ。

歯ががちがちと噛み合わず音を立てている。どんだけ苦手なのだ。


苦手という次元を超えてるだろう。



……そういえば、シソーラスでも彼が相手したチンピラは気絶こそしていたが擦り傷ひとつなく無傷だった。

今回もあれだけの数と戦ったのにどちらも無傷だ。


それを私は絶対的強さの差故と、深くは捉えていなかったが、もしも優矢にとって血が致命的な弱点・・・だとしたら。


……あの時顔が何となく青かったのは、血の臭いがしたからだったのか。



取り敢えず手元の魔法袋から布を何枚か取り出しておく。

取り敢えず自分の顔にその布を当ててから、血が飛び散った服を脱ぎ捨て、魔法袋に戻しておく。



そして取り出した私が元々着ていた服を手早く結び、袋状にする。多少漏れるのは仕方ない。本当はナイロン袋か何かがあればいいのだが、贅沢は言えない。

そして結びながらも同時進行で魔法を使い止血する。布は魔法袋の中に戻しておいた。

これで血の臭いもそれなりにマシにはなっただろう。


結んで作った仮の布袋を優矢に渡す。


その姿を見たとき、私は過去を少し思い出した。人間関係以外の、ちゃんと元から覚えている記憶のなかにあった過去だ。


多分、私は乗り物酔いが酷い質だったのだろう。ぼんやりとした記憶だが確かに覚えている。


バスなんかもっての他で、十分も乗っていられなかった筈だ。


だから吐く辛さは少しは分かるつもりだ。


わかる、つもりなのだ。共感できる立場の……筈なのだ。


……なのに友達じゃない、って言ってしまったんだなあ、私は。




普段、日本で生活してる時なら関係に軋みはあれど私はここまでは思わないだろう。


だが、異世界というのは独りなのだ。


私には初めからウォンがいた。

だが、そのウォンも日本を、私が生まれ育った街を知っているわけではない。

悪く言いたいのではない。至極当たり前のことだ。


人との関係の記憶のない私ですら望郷の想いに駆られたのだ。


記憶のある優矢は相当だっただろう。二度と帰れないかも知れないのだ。

家族も、友人も、抱いていた夢も、何もかも捨てなくてはいけないのだ。見えざる手に捨て去られるのだ。



異世界トリップとはそういうことだ。



あの世界に未練のない人物ならそれでもいいかもしれないが、そうじゃない場合は地獄だ。

夢を、希望を持っていればいるほど苦痛に変わる。


そんな中、同じ日本から来た同郷の人間に出会えば気も緩むだろう。


……私はそう、相手の視点に立って考えることが出来なかった。



……謝ろう。


大分顔色が戻ってきた優矢に私は覚悟を決めて、正座で体を向ける。




「……電話でのこと、ごめん」



緊張で声が少し小さくなる。他にもいろんな言葉ご頭の中には沸いて出ていたが、実際口に出たのはそんな簡素な一言だった。


優矢はといえば、鳩が豆鉄砲の三連弾を食らったかのような珍妙な顔をしていた。


何故謝ったのかよくわかってない顔だ。もしくは、聞き逃したのか。


「……もしかして、もう一回言った方がいいだろうか」


「いや、大丈夫! 聞こえてた! ……寧ろ、俺の方がどう考えても悪かった。本当にすまない……。意思を無視した上に……思っきり、怪我までさせたし……それに、は、吐いたし…… 」


喋るごとにどんどん優矢に暗雲が漂っていく。泣かないか心配になるレベルだ。

何となくその姿にデジャブを覚える。負の無限スパイラルに陥っているこの姿。


……そう、私だ。


私の優矢との初対面の印象は割と現代風。どこか飄々としてて明るいイメージだったのだが、今は大分印象が違う。

……当たり前か。


誰だって嬉しい時と落ち込んでる時の印象は違うものだ。






「おい、遅すぎるぞ」


再び、急に扉が開いた。そして、今度扉の前にいたのは優矢だ。

私は砂と額以外に初めて、扉と頭が仲良しになった瞬間を見た。


扉を開けた張本人、ガルドは蝉の抜け殻を踏んでしまった時のような、微妙な顔をした。



***



「はあ? 喧嘩だァ? こんな時にか」


何故遅くなったのか手短に話すと、呆れと怒りを滲ませながらそう言った。

至極最もな言葉に私も優矢も無言になる。



「あー、お前ら。殴り合いでもすればどうだ? 手っ取り早いだろ」


これで解決解決とばかりに手を鳴らすガルドに、おずおずと優矢が手を挙げてとんでもないことを言った。


「ライラックの胴と首が離れる危険が……」




「そこは手加減しろよ」


ガルドは呆れたように言った言葉に全力で同意しながら、私は首を手で隠した。




結局のところ。


「直接会ったのは一日足らずで、根性勝負も無し。そりゃあよっぽど相性が良くねぇと気は許せねーのは当たり前だろ」






「それに、本当のダチっていつの間にかなってるものなんじゃねぇのか」



その言葉でなんだか目が覚めた。

隣を見ると、優矢も私と良く似た表情をしていた。


……友達って、無理になるものじゃない、か。


そして世の中不思議なもので、無理になるものじゃないと言われてからの方が、ずっと自分に素直になれる気がした。




……因みにMじゃない事だけははっきり言っておく。他でもない、自分自身に。

噛まれても刺されても気にしないだけだ。

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