六日目 正午
「……これはアタシには治せないわ」
洞窟の最奥、ハルはヴァイアスを見た瞬間にそう言った。
「…………」
私は何も言えなくなった。
ウォンが肩の上で「キュー……」と力なく鳴いた。
私は無言で俯いた。唇をきつく噛み締める。
「でも、症状を軽くすることは出来るわよ」
ハルがヴァイアスから目を離さないまま、私にそう言った。
私は思わず顔を上げた。
「本当に?」
「どうして嘘をつく必要があるのよ?」
ハルは悪戯っぽく笑いながら、ヴァイアスにそっと手を当てた。
モナはそんなヴァイアスとハルをじっと見上げていた。
「どうも、魔力の巡りがおかしくなってるみたいだから、流れを正しくするわ」
ハルはそう言うと瞼を閉じ、息をゆっくりと吐いた。
ふわりと桜色の髪が浮き上がり、徐々に光を帯び始める。
その光はヴァイアスの身体へと流れ、広がっていった。
「……ッ、グッ、ガッ!!」
すると、ヴァイアスが目を閉じたまま、唸りはじめた。
ハルの表情に驚きや困惑といった変化はない。だから、大丈夫な筈だ。
それを見ていたモナは耳をぱたんと折ると、ぶうぶう鳴きながら私の方に突進してきた。
心配なのはわかるが、結構痛い。
ウォンは私の肩からそんなモナの所まで下りると、モナの隣にとてとてと歩いていった。
「……キュ」
ウォンはモナの頭に短い手を乗せ、諭すように鳴いた。
男前だ。イケメンがいる。
モナはウォンを見つめた後、静かにハルの治療を待ち始めた。
***
治療を始めて数分たった頃、突如ヴァイアスが何かを吐き出した。
カランと音を立てて私の方に転がってくる。
ウォンは吐き出した『それ』からダッシュで逃走し、私の後ろに隠れた。
……何だろう、前にもこんなことがあった気がする。
ああ、ハルが全力疾走した時か。
そんなことを思いながらモナを見ると、モナは耳をピクピクさせながら、そーっと『それ』に触れようとしていた。
危ないかも知れないのに……。
私は『それ』をしゃがんで拾った。
モナはびくりとして、直ぐ真っ白い手を引っ込める。心なしかしょんぼりしていた。
……モナが取ろうとしてたのに先に取っちゃってごめんな、と内心謝る。
私は謝罪の意味も込めて、モナの頭をよしよし撫でながら『それ』を観察する。
………釦ボタンか?
それは青をベースに、赤の太陽が描かれた釦だった。
正確に言うならば、太陽のようなもの、か。
金属製のようで非常に硬く、裏を見ると金属特有の光沢が見られた。
「今、何か吐き出したわね」
ハルが私の、釦を持つ手を見つめながらそう言った。
治療を終えたのか、もう魔法を使っている様子はない。
ハルは少し疲れたように額の汗を拭った。
「ああ、これだな」
私はハルに太陽マークの刻まれた釦を投げ渡す。
ハルはそれを危なげもなく受け取ると、まじまじと眺めた。
ハルの顔が驚愕に変わる。
暫く釦を見つめた後に、ハルは私の方に向き、ぽつりと言った。
「……治せるかも知れない」
それは私が最早諦めかけていた心に火を灯す、予想外の言葉だった。




