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解けない僕たち  作者: zaizai
9/10

9 明かされる真実

 明良はトボトボと長い下り坂を歩いている。春に来た時と同じ道を今はひとりきりで歩いている。今頃爽馬は心配しているだろうか。けれど顔を見てしまったら言い出せない気がして、ああするしかなかったのだ。

“真実を知る薬”

 知りたくなかった事が次々と押し寄せてきて今の明良は苦い思いしかない。とにかく1秒でも早くこの場所から逃げたかった。

 思い出すのは我が家の懐かしい風景だ。母親の全てを包み込む胸に縋りたい。両親に叱られた記憶はなく、どんな時も笑顔で受け入れてくれていた。100点のテスト用紙を得意気に見せると頭を撫でられた。父親からはいつも白衣に染み込んだ薬草やアルコールのにおいがした。嫌いだったはずなのに、今は懐かしくて仕方ない。ずっと我慢していたがもう泣いてもいいだろう。泣き声は風に揺れる木の葉がかき消してくれる。立ち止り、嗚咽を漏らして途方に暮れていると、記憶の中のにおいに包まれる。


「僕を置いて何処に行くんですか」


「……爽馬---」


「僕との約束は忘れてしまったんですか?」


「……うぅ」


「僕はお嬢さまの側を離れませんよ」

 逃がさないとばかりに抱き締めた腕に力が入る。

 

「絶対に、離れない」


「もう無理なの。私は爽馬に護られる価値も無い女なのよ」


「それは僕が決めることでしょう。今更僕を捨てようなんて、お嬢さま許しませんよ。僕の事、嫌いですか?」


「私は---好きじゃない!」

 泣きながら強がって見せる明良が可愛らしくて仕方ない。思わず笑ってキスをする爽馬。


「お嬢さま知っていますか? スキの逆さ語は“キス”ですよ」


「爽馬、ふざけないで!」


「貴方に嫌われたら私は息をすることも出来ないでしょう。お嬢さまは私の全てです。3年間も離れて生活するなんて耐えられなかった。旦那様は私の気持ちに気付いておいででした。だからあの薬を作って下さったのです。私の気持ちが本物ならきっと効果が現れるとおっしゃって……」


「だから、一緒にいられるように私の体は男性化したの?」


「そのようです」


「でもそれじゃ、まるで私が爽馬と離れたくなかったみたいじゃない」


「そうなんですか?」


「……爽馬は、大森の家に縛られる運命を変えたくはないの?」


「真田家の長男として先祖代々の使命をまっとうしようと思った事は一度もありません。お嬢さまが大切だから、支えて、お側にいたいんです。お嬢さまに縛られるのなら本望です」


「だって、もしかしたら私は一生この身体のままかも知れないのよ」


「お嬢様が大森明良である限り容姿などどうでもいい事です」


「爽馬」

 それは魔法が解けるように一瞬の出来事だった。

 触れるだけの優しい口付けの後に目を開けば、驚きに満ちた爽馬の顔が飛び込んで来て、次の瞬間には抱き締められていた。


「明良だ。……僕の明良」


「爽馬?」


「こっちに来て」

 爽馬に促されて小川の水面を覗けば見慣れた顔が浮き上がる。水の流れに顔が歪みまた元に戻る。目の前の霧が晴れたように身体の力が抜ける。


「元に戻ってる?」


「旦那様の魔法が切れましたね」


「良かった。……本当に良かった」

 ぎゅっと爽馬に抱きついて涙を流す明良を受け止めるとこれまでの日々が脳裏に蘇る。

 


 真実は必ず此処に巡り来る。

 

 明良への想いを日増しに募らせていたある日大森家の主は爽馬に言ったのだ。


「爽馬は明良ことが好きなのかい?」

 働きもせず、何をしているのか離れの建物に篭りきりの頼りない主が、誰にも知られていない恋心を言い当てた。否定の言葉を発するも忘れて爽馬は驚いた。


「当たりだね。でも明良は僕の宝ものだから爽馬にはあげないよ」


「旦那さま……」


「でも、そうだなー爽馬は良い子だから、僕のお願いをひとつ聞いてくれる毎に明良の秘密をひとつ教えてあげるよ。どうだい? 名案だろう」

 猫の皮を被った策士の罠に嵌り、爽馬は大森の実験の手伝いをするようになった。

 

 最初は幼稚な秘密でも知ることに喜びを感じていた。

 明良の好きな色。好きな食べ物。好きな花や好きなテレビ。何の本を読んで、どんな音楽を聴いているのか研究室に訪れる度に聞かせてもらった。それはただの親ばかの自慢話に過ぎなかったが、爽馬は喜んで大森の話に付き合った。そうしている内に気付いたのだ。

 この主はただのアホボンじゃない。思慮深く、将来を見据えて、家族の幸せを心から願っている。自分が矢面に立って誹謗の対象になる事で妻や娘を護っている。心の内に猛烈な情熱を隠し持った猛禽類の様な男なのだ。


「我が主をそこらのお飾り2世と一緒にするんじゃない。あの方は強かだぞ。私など足元にも及ばない」

 厳しく、規律を重んじる父にそう言わしめる大森の真の姿に気付いた爽馬は世間にどう思われようともこの主を生涯仰ぐ決意を固めた。

 

 そんなある日に明良が女子校へ進学希望していることを知ったのだ。まさか女子高について行く訳には行かない。爽馬自身も遠方の高校に入学するように父親からは勧められている。明良を護る為に離れられないと言う理由も反故にされてしまうだろう。3年間離れて過す。それは生まれた時から常に傍に居た爽馬にとって想像も出来ない長い時間だった。


「お嬢さまと離れたくありません」


「困ったね。明良は女子校、爽馬は男子校。どっちみち無理な願いだよ」


「私は用務員でも構いません。勉強なら何処でも出来ますから」


「今時最終学歴が中卒じゃ、用務員にもなれないよ。……よし、分ったよ。爽馬が本気で明良と離れたくないと思っているのか試してみよう」

 

 かくしてあの“真実を知る薬”が出来上がったのだった。

 まさか明良が薬を飲んでしまうとは事の原因の爽馬は夢にも思っていなかった。



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