8 敗北と告白
冷静になれず、その場に居辛くなった凌駕がローカに出てみれば其処には青い顔をした明良が立っていた。凌駕は一瞬気まずそうに目を逸らしたが、何かを決意したように明良を睨みつけた。声には出さず、中庭の方に目線を向けて歩き出す凌駕の後を明良は追い掛ける。
「爽馬を解放してやれよ」
「凌駕」
「あいつはとび抜けた才能を持ってる。明良のお守りで終わる男じゃない。お前も一族の後継者なら、少しは自分の足で立つ事を考えろよ」
キツイことを言う。
こんなに面と向かって否定的な事を言われたのは初めてだ。
爽馬には昔から何一つ敵わなかった。明良が出来ない事を爽馬は易々とやってのける。勉強も、運動も、習い事も何もかもだ。それでも努力してなんとか人並みになったつもりだった。努力は必ず報われ、結果として現れるものだと信じていた。ところが今の明良は守られるだけで何も返せない。
爽馬の足手纏いになっている。
自分ひとりの力でやって来たことは何ひとつとしてないのだと気付かされてしまった。
これ以上爽馬に迷惑を掛けてはいけない。
馬鹿なのは自分だと今更ながら思い知らされた。
小さい頃から常に傍に居てくれたのは紛れもなく爽馬だ。
何をするにも、どんな時も常に爽馬がついていた。
明良の中の男の子は爽馬で、知らない内に爽馬が男子の象徴になっていた。現実は違うのに、爽馬しか知らなかったから、明良は思い違いをしてここまで来てしまった。
困ったことがあれば手を差し伸べ、優しい言葉を掛けてくれて慰めてくれる。成功を分かち合い、喜びを共有する理解し合える心の友。
そんなものは幻で何処にも存在しなかった。
爽馬は真田家の使命を果たすべく、明良の側にいただけだったのに。
「ごめんね、爽馬---」
体調の悪い明良をひとりにして心配だった爽馬が急いで帰ってみれば、部屋で寝ている筈の明良が居ない。
布団は朝起きた時に畳んだままの状態だ。爽馬は慌てて明良の荷物を確認する。
明良のトランクがない。
机の上には明良の字で一言書き置きが残されている。
『家に帰ります。今までありがとう。』
「何で……」
アキラ。
アキラ。
ボクヲオイテイカナイデ。
「おーい。明良の体調はどうだ?」
「あれ、明良は?」
「……」
黙って書置きを差し出す爽馬の瞳は何も見えていなかった。目の前から突然いなくなった明良の決断の早さに苛立ちを隠しきれない。
「逃げたい奴は逃げ帰ればいい。ほっとけよ爽馬」
凌駕の言葉は余りにも無責任で事実とずれている。明良は望んでこの学校に来たわけじゃない。
望んでいたのは爽馬だったのだ。
まさか責任感の強い明良が自分を置いてさっさと逃げ出すとは思っていなかった。身体の不調は余程明良の身に堪えたのだろう。それを見抜けなかった自分の浅はかな考えにため息が出る。
「凌駕は何かを欲しいと思った事はないの?」
「? なんの話だよ」
「喉から手が出るほど欲しくて、その事を考えると夜も眠れないんだ。頭の中はその人の事でいっぱいで、想像ばかり膨らんで行ったよ。願いが叶うなら悪魔にだってこの身を捧げてもいい。僕は頭がおかしくなったに違いないと随分悩んだよ。自分が愚かでクズだと嫌と言うほど思い知らされたよ」
「まさか、お前」
「それでも諦め切れないんだ。僕は明良を---」
「もういい! 分かったから、みなまで言うな」
「僕は今から明良を追い掛けるから後の事は宜しく」
「了解。頑張って捕まえて来いよ」
圭介の言葉に迷いなく答える。
「言われなくても」
確信めいた言葉と共に部屋を飛び出して行く爽馬を3人で見送った。
心に何かを秘めていると出会った頃から感じていた。爽馬の纏う空気は独特で、年若いが皆それぞれ何かを背負っている連中の中でも一際異彩を放っていた。家同士のしがらみで主従関係にある明良を疎ましく思っているのかと最初の頃は感じていたが、まさか真逆の感情が爽馬を苦しめていたとは想像もしていなかった。
「あぁ~! それでも俺には理解できん」
「凌駕らしくないな。価値観は人それぞれだよ」
「俺はお前がロリコンだとしても驚かないぜ」
「うるせー。結局1番臆病なのは俺か……」
「そこが凌駕の良いところなんじゃん。そうやって乱世の時代から一族を守って来たんでしょう」
「プライドだけしかない俺たちにしたらお前は凄い男だよ。死ぬほど嫌いな奴にも頭を下げる事が出来るなんて、お前は格好良いよ」
「明良に謝らないと……。許してくれるかな」
「大丈夫。明良は分かってくれるよ」
「捕まえられるかな」
「あの爽馬が逃がす分けないだろう」
世の中は分らないことだらけで、現実は小説より奇解だ。人の機微を読んで世渡りを上手にこなし、相手の懐に入り込む爽馬がひとりの平凡な人間を欲している。
これを恋と言うのなら、恋とはなんと恐ろしい魔法なのだろう。
いつか自分達にも特別な人が現れ、心を千切られてプライドをズタズタに切り裂かれるような想いをするんだろうか。
そんな女性にめぐり会う時が近い将来来るのだろうか。
それはもう少し後のことでいいだろう。
爽馬の将来を案じて男同士、3人は同時に思った。




