5 怪しい主従関係
伝統があると言うことは歴史が古いと言うことで、どんな古ぼけた寮かと懸念していたが、心配は杞憂に終わった。
数年前に新しく宿舎を建て替えて全室冷暖房完備になり、明良たちの部屋はふたり部屋のバス、トイレ付だった。
母親がどんな風に学校と交渉したのか定かではないが、ふたりは同室になり共同生活を送っている。爽馬は相変わらず部屋ではお嬢さま扱いで何かと明良の世話を焼きたがる。明良が目覚めるとすでに着替えを済ました爽馬が何時もきちんと机に向っている姿が目に入る。1度くらい寝坊した姿を見たいのにそんな日は訪れそうもない。
「お早うございます」
「お早う。べットのマット硬くない? 何だか背中が痛いよ」
「お屋敷では畳に布団を敷いていましたからね。慣れるまで少し辛抱ですね」
「ねえ爽馬、もう少し砕けた言い方してくれない? 言葉使いが全然参考にならないんだけど」
「すみません。気をつけます」
それが一番の問題なのに爽馬は自覚しているのか、いないのか、相変わらず明良には敬語を使う。部屋を出て食堂に向かう途中で凌駕に出くわす。
「お早う! 相変わらずくっ付いてんだな。なんかお前達を見てると怪しんじゃうよ」
「なにがです」
「ボーイズLOVE」
「は!?」
「だってすげー仲良いじゃん。同室だし、いっつも一緒に居るし、楽しそうだし」
「それは、ふたりとも同郷で親元離れて初めてのひとり暮らしだから、お互い頼りにしてるって言うか……」
「普通は自由を満喫するだろう。ホームシックになるのはそれからだよ。明良は好きな子いないのか」
「今はそんな余裕ないよ」
「真面目ちゃんだねー。もしかして生徒会長とかやってた? 爽馬は書記とか会計やりそうだよな。そんで明良を影で支えてんの」
「もしかして、エスパー?」
「ははっ! そんな訳ないだろう。明良って面白いな。天然か。お前が女だったらね~俺のモノにするんだけど残念」
「人は物じゃないよ。人権侵害」
「はい、はい。お子様の明良は置いといて、爽馬はどうする? 週末外出するか?」
「僕も部屋の片付けがまだだから今回は遠慮しておくよ」
「そうか。分った。じゃあまたな」
「……」
嘘吐きだなと明良は爽馬を見て思った。
荷物の荷解きはとっくに終わっていてすっかり綺麗に片付いているのだ。顔色ひとつ変えずに朝の挨拶のように自然に嘘をつく爽馬に違和感を覚える。
爽馬の忠誠心と謙虚で誠実な態度を好ましく思っていた。明良に隠し事や嘘など吐くはずがないと信じて疑ったことはただの1度もない。それなのに今の態度はなんだろう。
こっちに来てからというもの爽馬の意外な一面を見せられて戸惑う事が多く、その度にどう接したらいいのか分からなくなる。
「僕のことは、気にしなくてもいいよ? たまには爽馬も出掛けたらいいのに」
「出掛ける気分じゃないだけです。また今度にするよ」
何でもない事のように答える。
ふたりは常に行動を共にしている。離れているのはトイレの時とお風呂の時間くらいだ。たまの週末くらい別々に過しても問題はなさそうなのに爽馬は離れようとしない。
凌駕が言ったように勘ぐられても弁解の仕様もない状況だ。
相変わらず薬の効果は切れないで明良は男の身体のまま皆と共に過している。上半身を晒すのにも慣れて来た。体育の授業など着替える場所はないので教室で脱ぎたい放題だ。明良はシャツの中にランニングを着けているが、ほぼクラスの全員が素肌なのには驚いた。下着無しでシャツを羽織るなんて女子には考えられない。汗が直接シャツに触れるのだ。気にならないのが不思議だった。そして男と言う生き物は裸になるとはしゃぐ様に出来ているらしい。
「明良! ランニングなんか着てんじゃねーぞ」
後ろからいきなり喉元に腕を回され羽交い絞めに合う。裸=プロレスごっこも漏れなく付いてくるらしい。
「うるさいな。汗が纏わり付いて気持ち悪くなるんだよ。肌着は着なさいって、お母さんに言われなかった?」
「母親の言うことは聞かない事にしてんだよ」
そう、そう、と大半が肯いている。
まったく子どもで話しにならない。
母親に逆らって良いことなんてひとつもない。家庭を牛耳っているのは母親なのだ。陰でどんな復讐をされるのか分かったもんじゃない。朝飯の味噌汁の中に唾くらい平気で入れられちゃう恐ろしい権力者なのだ。
脱いだシャツを振り回して何時までも着替えが終わらないクラスメートをほっといてさっさと教室を後にする。
(今のうちに退散しよう)
明良が今だ慣れないのが男性の脇毛だ。見てはいけないものを見てしまった気分になって毎回落ち込む。わりと毛深い圭介の胸毛を見た時は失神しそうになったのを必死に堪えた。ふにゃりと笑う圭介に男性らしさは微塵も感じないのに、男性ホルモン過多なのが不思議で仕方ない。黄色い熊さんは毛深くてもかわいいのに、何故だろう。色がいけないのか? いっその事圭介の胸毛を金髪にしてくれないかと真剣に思った明良だった。
傍らにはさり気なく爽馬が寄り添い、陰になって着替えを隠してくれる。それだけで安心出来たし有り方かった。クラスのみんなも爽馬のことは一目置いているのか、明良のように砕けた接し方はしない。余計なお喋りはしないし、普段は寡黙な爽馬は同級生のように馬鹿騒ぎは絶対しない。
爽馬は周りの同級生と比べてもちょっと大人っぽいのかも知れない。
明良の中の爽馬像が毎日のように変化して行く。
それが良いことなのか、そうでないのか、目まぐるしい毎日の中で答えを見つけられないまま時間だけが過ぎていった。




