2 どうしたもんか
明良の1日は鏡を見る事から始る。
薬を飲んだあの日から毎朝期待を込めて鏡を覗くが一向に元に戻らない。
まったく笑えない冗談だ。
駄目親父は元に戻る手立てを知らなかった。
「だって、まさか明良が飲むと思わないからさー。どうしたもんかねー」
「お嬢さま申し訳ありません! 私があの時無理にでも飲んでしまえばよかったのに」
「爽馬は悪くないし、今この状態でお嬢さまは止めてくれない?」
「お嬢さま!」
明良はぺったんこの胸を両手で揉んでため息を溢した。爽馬は本気で泣いている。筋張った手の中にかつてあった筈のBカップのおっぱいは消え去り、肋骨の硬い感触しか伝わらない。もっとも恐れていた男性のシンボルは現れなかったが、外見はどう見ても男そのものだ。
“真実を知る薬”
父親は薬をそう説明した。
確かに男性に憧れていた。
苦労ばかりの母親を見て育ち、強く有りたいと願いながら爽馬との体格差はどんどん開いて行く。爽馬が易々と飛ぶハードルが飛び越えられない。プールを1往復しただけで息が上がるのに、爽馬は何往復も平気だった。大森家を守るためにも男であったなら……と何度思ったか知れない。けれど、それはそれ、今更男として生きて行く覚悟なんて到底ない。大体来年の4月には女子校に入学予定なのだ。こんな体で女子と認められる訳が無い。なんとしても元の体に戻さなければお先真っ暗だ。
「とにかく解毒剤を早く作ってください」
「明良あのね、あの薬はひと瓶だけしか作らなかったんだよ。それを君がみんな飲んじゃってサンプルは残ってないんだ。残念だけど、効果が切れるまで元には戻れないよ」
「薬の処方箋があるでしょう! それでまた作れば……」
「薬も料理と一緒でね、様々な偶然が重なって化学反応を起こして複雑な作用を生むんだよ。調合が同じだからといって同じ効果が生まれるとは限らないんだ」
「でたらめじゃないの!!」
「明良、ドスの効いた声で女言葉は止めなさい」
「誰の所為よ!」
「お嬢さま~!」
こんな調子で怒鳴り合いが毎日続いている。
そうして数日が過ぎ、数週間が過ぎても明良の体は元には戻らなかった。
その頃になると学校では良からぬ噂が立ち始めた。
「大森の奴とうとう性転換するつもりらしい」
「実は女の子が好きらしい」
「親父を追い出して財産を独り占めする気みたいだ」
言いたい放題。好き放題だ。
自身が蒔いた種なので仕方ない部分はある。ある日突然体が男性化すれば何か手を加えたと思われても仕方ないだろう。歯がゆいのは真実を公表出来ないことだ。
「父親の作った魔法の薬で体が変化しちゃいました」
なんて、死んでも言いたくない。
受験の為の選択期間が目前に迫っている。冷静な母親は事も無げに明良に妥協案を持ちかけてきた。
「明良ちゃんの実力なら大抵の学校は合格出来るでしょう。貴方の第一希望は残念ながら女子高だから、この状態では問題有りだと思うのよ。だからどうかしら、取り合えず別の高校を受験して、身体が元に戻ったら改めて第一希望の高校にトライしてみるって言うのは」
「でも性別は女のままでしょう。学校の友だちはみんな知っているのよ」
「そこなんだけどね、思い切って県外の学校に通ったらどうかしら。学校には事情を説明して、生徒さんには男性だと思わせておくの」
「無理だよ。私は14年間女の子しかやってないんだから」
「大丈夫よ。爽馬君がいるじゃない」
「爽馬?」
「実はね、爽馬君が入学する学校に入学辞退者が出たみたいで、二次募集しているのよ。明良の正体を知る生徒さんはいないし、爽馬君が一緒にいてくれたら安心だし、一石二鳥でしょう!」
「お母さん、本気で言ってるの? だって、爽馬が入学する学校って、男子校なのよ!」
「今の明良ちゃんだって男の子じゃない」
「身体つきはそうでも心は女の子のままです! 男ばかりの学校って、有り得ないでしょう」
「でも先生の中には女性もいるでしょう。男ばかりじゃないわよ。それにね、今回のことを爽馬君相当気に病んでるのよ。明良ちゃんが他所の高校を受験すれば、心配の余り付いて行くと言い出しかねないくらいよ。せっかく合格出来た高校を辞めさせる事になってもいいの?」
いい訳がない。
その為に明良は自ら薬を飲んだのだ。爽馬には心措きなく高校生活を満喫して欲しいと心から願っている。
「爽馬に……迷惑にならないかな?」
「それは明良ちゃん次第でしょう。大丈夫、駄目だったら戻って来ればいいんだから。お母さんは何時だって明良ちゃんの見方よ」
母親の妥協案は正式に受理されて、真田家の人々にも伝えられた。爽馬は畳に頭を擦りつけて涙ながらに宣言した。
「3年間全身全霊でお嬢さまをお守り致します」
(3年間って、---このまま私は元に戻らない前提なの?)
爽馬の宣言に苦笑いを浮かべる明良だった。




