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解けない僕たち  作者: zaizai
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1 始まりの朝

「お父さん、いい加減にして下さい! 爽馬はモルモットじゃないんですよ」

 白衣を身に纏う胡散臭い中年親父がバツの悪い顔をして10代半ばの少女にお説教をくらっている。

 少女は自身よりも背の高い、こちらも10代ほどの青年を背に囲い勢いよく言葉を畳み掛ける。


「お父さんの研究のために爽馬がどれほど苦労をしてきたのか良くご存知の筈でしょう。これ以上爽馬を実験に利用すると言うのなら私が代わりにやります」


「お嬢さまそれはいけません。私のことはどうかお気になさらずに。私は喜んで旦那様のお手伝いをさせて頂きます」


「駄目よ! 爽馬は全国有数の難関高校に進学が決まったばかりでしょう。なにかあったら大変よ。今後一切お父さんのお手伝いはしないで」


明良あきらそれはちょっと酷くないかい」


「酷いのはお父さんです!」

 まったく懲りない駄目親父だと内心ではため息が零れる。代々続く大森家の当主たるこの中年親父は働きもせず、自身の趣味である薬品の研究開発に没頭していて放蕩の限りを尽くしている。

 有り難いことに先代が商売の才のある人で元々あった財産を何倍にも増やしてくれた。お蔭で何不自由のない生活をしているのだ。

 駄目な父親の分、母親が事業を受け継ぎ、何とか切り盛りしていると言うのに、反省するどころか益々研究にのめり込んでいる。


 これまた代々大森家に仕えてくれている爽馬の家族は同じ屋敷の敷地内に暮らしている。忠誠心が強く、心身共に優れた遺伝子を受け継ぐ真田家の人々は何時の時代も当主の右腕になって働いてくれている。

 そんな爽馬に父親はよからぬ薬を与えては実験を繰り返しているのだ。


 狼男の如く毛むくじゃらになったり、髪が赤く染まった事もあった。大概の現象は数週間の後に薄れて元の状態に戻っていったが今後もそうだと言う保障はない。尽くしてくれる爽馬だからこそ危険な目には合わせられない。稀に劣性遺伝が目を出す大森家の今後を爽馬に託さねばならないのだ。勉学に勤しみ、ひとまわり大きくなって戻ってきて欲しい。もはや父親には何の期待もしていないが、爽馬は別なのだ。

 同級生でもある明良は爽馬の優秀さをよく分っている。

 容姿端麗。

 深慮遠謀。

 自由自在。

 爽馬の為に有るような四文字熟語が次々に頭に浮ぶ。

 世を憂いて亡くなられた孔子様も爽馬を見れば安心だろう。


 そんな人類の宝を己の実験に利用するなどわがままにも程がある。


「でも今回の実験は是非爽馬君に試して欲しいんだけどな~」


「駄目だと言っているでしょう! 今度は何の薬を開発したんですか」


「そうだね~強いて言うなら、真実を知る薬かな~」


「だったら、私が試してみましょう。私も是非、真実を知りたいですから」

 

「お嬢さま。いけません!」

 爽馬の静止も聞かずに父親の手から小瓶を取り上げると一気に喉に流し込んだ。


「……」

 茶色の液体は一滴たりとも残らず腹の中に納まり消えた。無味無臭のそれは何の刺激も残さず喉元を通り過ぎて行く。じっと様子を伺う3人だったが何の変化も見られない。


「これが真実なんです。お父さんが毎日やっていることは時間の浪費。無駄の極み。魔法使いじゃないんだから素人が世紀の大発見なんて無理なんですよ。これに懲りて少しは家の手伝いをしてください」

 現実に向き合おうとしない駄目親父を残して部屋を後にする明良。我父親ながら情けない。どうすれば目を覚ましてくれるんだろう。明良の落胆は眠りに付くまで続いた。


「お早うございます」

 昨日の騒動のせいか、身体が重く声がかすれている。


「あら、明良ちゃん?……その、なんて言うか、久し振りに見たせいか……随分とたくましくなってない?」

 忙しい母親と何日か振りに顔を合わせてのこの反応はなんだろう。

 此処最近は成長も止まって、背も伸びていないし、体重もキープしている。一晩でどれだけ浮腫んだと言うのか。

 

 ---まさか!!

 明良は慌てて洗面所に向う。


 鏡に映る自分の姿に愕然とする。


「何これ!」

 確かに見慣れた顔が映っている。昨日までの自分となんら変わりはない。けれど女性らしい丸みが消え失せ、がっちりとした印象が残るのだ。そういえば緩いパジャマがキツイ気がする。

 嫌、気のせいだと思いたい。

 マジマジと鏡を見つめ、恐る恐る自分の体に手を這わせて確認をする。

 二の腕の内側の柔らかさはなくなり硬く締まっている……ような気がする。

 胸板も厚くなって腹筋が発達している……ような気がする。

 そして、胸板の上に乗っかっている筈のBカップのバストが見事に消滅しているではないか。

 しかも首の真ん中辺りに喉仏が飛び出ている。

 

 明良の体は男性化している。


 恐る恐る下半身に手を伸ばしてみると其処に男性のシンボルは存在していなかった。

 安堵するやら、呆れるやら。明良は洗面所を出るとすぐに父親の居る研究室に向う。


「やる事が中途半端なんだから……」

 あまりに馬鹿馬鹿しい変化をその時は楽観していたと、後になって悔やむ事になる明良だった。 


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