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青空に金魚

作者: ルルのまま

ある暑い夏の終わり 主婦の何気ない日常の物語。

そのスーパーは真理恵にとって よく行く馴染みであり 言うほど「いつも行く」という訳でもなかったが 誰かに説明する際にはそう言ったところで全く差し支えはなかった。

そろそろ半袖では少し肌寒く、かといって長袖を着るには暑く、着る物に本当に悩む季節。

真理恵は自宅からバス停4つ分離れたそのスーパーまで歩き到着すると 全身から汗が止めどなく流れるのが不快でならなかった。

若いうちに出産したからなのか 自分で更年期障害ではと思っていたし 症状もだいたい当てはまっていた。

病院を受診しないにしろ 飲むといくらか改善される市販の薬でやり過ごしていた。

大量の汗も 更年期障害の症状の一つだと思うと 妙に納得できた。

数年前ならば自転車でスイスイと出歩けられたものの 今はそういう訳にもいかなかった。

娘のセイラが高校生になった頃 何かとお金がかかることから 地元の24時間営業の大型スーパー内にある洋服のお直し専門のお店にパートとして働きに出た。

洋裁を少しばかり習っていたという自信と誇りが そこでは全く通用しないことを身にしみて思い知らされた。

一緒に働く先輩は 真理恵の母ほど年の離れた年輩女性が3人。

皆それぞれ一様にプライドが高く よく言えばチャキチャキ 悪く言うならキツい性格。

ゆえに気が強い方ではない真理恵は 彼女たちからするとストレスのはけ口となっていたのは否めなかった。

まだ入り立ての真理恵は新人と言うには 少しとうがたっていた。

短大を卒業しすぐに夫と結婚し出産した為 真理恵はきちんと就職をしたことがなかった。

決してお嬢様育ちという訳でもないのだが 履歴書に書き連ねるほどアルバイトをした経験もなかった。

そういう真理恵の歩んできた人生が 一緒に働くおばさま達には面白くなかったようで 風当たりが強かった理由の中には 真理恵に対するやっかみや嫉妬などが大半を占めていたようにも思えた。

だが真理恵の人生は人が羨むような明るい道ばかりではなく 人並みの苦労や辛さもちゃんと経験しているのだが どう必死に説明したところでなかなか相手には理解してもらえないのが現実だった。

それが真理恵は悲しくもあり 切なくもあった。

何事にも「はい!」と気持ちがいいほど大きく爽やかに返してくるのが どうにも気にくわなかったらしい。

仕事を一分 一秒でも早く覚えようと必死な下っ端の真理恵に 毎日次から次へとその時できる仕事を言いつけた。

今にして思えば それは彼女たちなりの真理恵への応援や励まし 仕事を覚えると言うことは決して楽しいことばかりではなく むしろ辛く我慢することの方が多いとする教えのようなものだったのではないかと なるべく良い方に考える事にした。

アイロンがけやジーンズの裾上げ レジの使い方 接客などはすぐにやりこなせるも 紳士物のズボンのウエストを縮めたり広げたり ファスナー交換など少し高度な技術を要するものは 真理恵にとってなかなかの難関であり ぶち当たった大きな壁でもあった。

多分 学校を卒業したての若さがあったのなら 毎日のどんなことさえもスポンジの様にドンドンと吸収できたのだろうが 30も半ばのただの主婦の真理恵には 一つ一つを覚えたい情熱はあるものの 脳と体がなかなかついていけないという現実もまたあった。

「家計の足しに・・・」とわりと軽い感覚で始めたパートだったが 職場の先輩達のキツい指導と 当時時給700円と言う契約だったにもかかわらず 平日の朝9時から午後の3時までのパートでもらった給料がたったの4万円だったことも 真理恵を精神的に追いつめるには丁度いい材料だった。

仕事を終え家に帰ると夕食の支度や洗濯物の取り込みや何かの家事をやる気力も残っていなかった。

そうなると仕事帰りにスーパーでお総菜を購入しやり過ごすことも多くなり 結局働く前よりも大幅に食費が増える始末。

「これじゃ…なんの為に働きに行っているのだろう?」と思うようになってきていた。

本末転倒でお粗末な自分がつくづく駄目人間のような気がして 洗濯機の蓋を開けて中で回る洗濯物をぼんやり眺めたりするようになっていた。

「昔はね・・・勉強させてもらいながらお給料をいただけるなんて 夢のような話だったのよぉ・・・あなた今はほとんど何も出来ていないじゃない。それなのに他の人と同じ時給をもらおうなんて ちょっとおこがましいんじゃないかしらね。あの人たちは毛皮の直しだってするのよ。それでも時給700円なのよ。それに比べたらあなた…やっと紳士のウエストと裾上げができるようになったぐらいでしょ?まだまだできてもらわなくちゃ こっちだって困るのよ。月謝払って習ってると思ったらあなた天国じゃない?色んな技術習わせてもらえてその上お給料ももらえるんだもの。感謝して欲しいぐらいだわよ。」

お店のオーナーの言い分がきちんと納得できない理不尽なものだとわかってはいても かといってそれで辞めてしまうのももったいない様なシャクな様な気分だったので 例えそこに通う毎日が辛く苦しくても 真理恵は歯を食いしばってがんばろうと思った。

朝の通勤時に幼稚園バスを待つ小さな子供などを見かけると 「あんな小さな子だって…もしかしたら好きでもない幼稚園かもしれない。それでもがんばって通っているのだから…」と思うことで 真理恵はがんばって仕事に向かうことができた。

辛い辛いと思いながらも 勤め始めて約4ヶ月が過ぎた年明け お店にとって辛くしんどい閑散期が訪れた。

そうなるとただ店番をしているだけで 時給が発生してしまうのはオーナーにとってとても都合が悪かったらしく ある日突然 そのスーパーにテナントとして入っているファミレスに呼び出され 真理恵は仕事を失ってしまった。

そのことを後になってから 労働基準監督署に訴え出たら良かったかもしれない。とも考えたのだが 洋服のお直しの技術を習った恩を仇で返していいものだろうか?こんな職歴も何もないただの主婦の自分を雇ってもらったのにという気持ちが 真理恵にストップをかけていた。

家族になんて報告したらいいのだろう?

あんなに応援し 「ママは慣れない仕事で疲れちゃってるから」と家事を少し手伝ってくれたりもして 自分を支えてくれている家族に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

そして 再び仕事を探さなくてはいけなくなってしまった。

折角 キツい指導にも耐えて洋服のお直しの技術を学び 習得したというのに。

真理恵は激しく落ち込んだ。

どうしていいかわからないまま お店に置いてあった荷物を引き上げ外に出た。

大寒の時期にさしかかっていた外は吹雪で視界が悪く 駐車場の自分の車まで戻るたった2百メートルがとても遠く感じられた。

その中古の軽自動車だって 「通勤に使うでしょ?」と夫が買ってくれたものだった。

一歩ずつ 容赦なくどんどんと積もるふわふわと柔らかい雪を踏みしめて 慎重に車まで辿り着き乗り込むと 我慢していた涙が一気に流れ出た。

車の窓は雪で真っ白く凍り エンジンをかけて暖まるまで結構時間がかかった。

いつもなら例え吹雪だったとしても 外に出て凍った車の窓にびっしりこびり付いた氷ををガリガリとこそげ取って 暖まる車が早く出せるように手助けした。

だが 今はそれもできなかった。

磨りガラスの様に凍って見えないままの状態の方がかえって都合がいいと 周りから自分が泣いている姿を見られないのでそのままがいいと思った。

車内に通勤でいつも聞いている曲が流れてきた。

耳心地が良いスローなバラードが だんだん真理恵の気持ちを落ち着かせてくれた。

目に見えるものが全て真っ白い吹雪の中を 家まで運転するのはなかなか神経を使った。

それでも帰りに夕食の材料を買いに行かなくてはならなかったので 家とは反対方向にある安売りのチラシが入っていたスーパーを目指した。

パチンコ屋さんの前の交差点で信号に引っかかり止まると 後ろからコツンとぶつけられてしまった。

軽い衝撃だった。

ちょっぴり体がガクンと前のめりになっただけ。

真理恵は何が起こったのか理解できずにいた。

コンコンと運転席側の窓を叩く人影があったので 真理恵は慌てて窓を開けた。

その途端「待ってました」と言わんばかりの雪が冷たすぎる風と共に 一気に車に入ってきた。

「あのぉ…すみませんでしたぁ…あの大丈夫ですかぁ…ホントにすいません…」

そう言って 車をぶつけてきた男が何度も謝ってきた。

「…いえっ…大丈夫ですよ…そんなに…大丈夫でしたから…」

相手にそう答えたが やっぱり一緒に交番に行くこととなった。

交番は交差点の向こう側にすぐあった。

車2台で到着し 中に入るも「パトロールに行っています」の手作りのプレートが置いてあるだけ。

他に誰もおらず 真理恵は力が抜け そこにあった机の椅子にとりあえず腰掛けた。

ぶつけられたことよりも ほんのちょっと前にあった急な解雇のことで頭がいっぱいで 自分では気づかぬうちに涙が勝手に目からこぼれていた。

ぶつけた相手の男性は 慌てた様子で書いてあった番号に交番の電話から連絡を入れていた。

「…あの…後15分ほどで戻って来てくれるそうです…ホントにすみませんでした。あの…体は大丈夫ですか?特にどっか痛くしたりとかって…」

男性は心配そうに泣いている真理恵の顔を覗き込んだ。

「…えっ…ああ…今のところは…特になんともないみたいですけど…」

真理恵は正直の答えたつもりだった。

「…えっ…でも…泣いてらっしゃるから…じゃあ…相当怖かったんですねぇ…急にこんなことになっちゃって…ホント…なんて言ったらいいのか…」

男性はずっと恐縮し 謝り通しだった。

結局 その後警察で事故処理の書類を書いて 保険会社に連絡して 一応病院に行くと「首と背中の間がねぇ…」と言われてしまった。

家族に連絡すると夫の英治も娘のセイラもすっとんで帰ってきてくれた。

「ママ…大丈夫?」

「…怖かったでしょ?初めてだもんなぁ…事故…」

夫もセイラも真理恵が泣いている本当の理由が 仕事を辞めさせられたことだとわかったのは みんなで無事に家に着いてからだった。

それから 真理恵は首と両肩と両肘の関節に注射をするのを余儀なくされ 医者に「お仕事は…ちょっとねぇ…後…車の運転と自転車も腕の負担になるから止めた方がいいですよ…」と釘を刺され 数年経った今に至るのだった。

まだ2~3週間に一度病院に通い 痛すぎる注射をしてもらう様になっていた。

あれから家族は真理恵の体をそれまで以上に心配し 気遣ってくれる様になった。

事故でおった体の傷は回復こそしないものの 急激に悪くなる訳でもなかった。

それよりもあの時の仕事の辞め方が いつまでも真理恵の中で暗く渦を巻いていた。

汗を拭きながらお店に入る際 ふと見かけた老婦人が かつて一緒に働いていたキツい先輩の一人に背格好が似ていた為 ふいにイヤな気持ちが溢れ出てきた。

恨んでいないと言えば嘘になるが だからといっていつまでも恨み節を言い続けている訳でもなかった。

それを考えることすら 普段はすっかり忘れているのだ。

ただこうして極々たまに 多分本人だったり 背格好が似ているご婦人に出くわすと 真理恵の中に苦い汁があがってくる。

いつまでもそんな呪縛に囚われているのが 心から悔しくて嫌だった。

気を取り直し向かった本屋で 可愛らしい猫の写真が表紙の「今月のおすすめ本」を手に取った。

パラパラとページをめくると そこには先人達の名言とその解説と共に その言葉にぴったりの可愛らしい猫の写真が載っていた。

いくつか立ち読むと ついさっきまで真理恵の脳裏で回想していた辛い思い出は どこかに行ってしまっていた。

徐々に速度を上げて 気持ちが上向きになってきていた。

同時に汗もすっかり引いて 着ていたTシャツに恥ずかしい汗染みができているだけだった。

ふんふんと読んでいると バッグの中のケータイが鳴り出した。

慌てて取り出すと 丁度大学の夏休み中のセイラからのメールだった。

「ママ、今そっちに向かってるからパン屋の前で待っててね。」

…えっ?セーちゃん来るの?なんで?…

真理恵はあれこれ色々悪いことばかり考えながらも 指定されたスーパー内のパン屋の前までゆっくり進んだ。

火曜日は売り出しとあって レジは長蛇の列。

普段は通路の部分にも目玉商品の味付けのりやお菓子 パンやチューブの薬味などのワゴンがあちこちにカゴを乗せたカートをジャマするように置いてあった。

真理恵も当然朝刊に挟まっていたチラシをチェックし 今日はカレーのルー1箱99円とグラタンの元1箱148円を目当てに ここに足を運んでいた。

待ち合わせのパン屋からは おいしそうな匂いが漂い 真理恵の胃袋を刺激してきた。

…セーちゃん早く来ないかなぁ…ママ、おなか空いて死にそうよぉ~…

セイラを待つ時間が途方もなく長く感じられた。

先に買い物を済ませてしまおうか?と考え始めていると レンタルビデオ屋さん側の入り口からセイラが走ってくるのが見えた。

人混みをかき分け走る娘に 真理恵は「セーちゃんゆっくりでいいのにぃ~…誰かにぶつかったら大変なのに…」と心配だった。

実際 真理恵は約1ヶ月ほど前 違うスーパーで味噌売り場に行く途中 通路を猛ダッシュでやってきた小学校高学年くらいの女の子にぶつかってこられて その時女の子のカゴに手を激しく強打し酷い打撲の怪我を負わされた苦い経験があった。

「あっ!ママ~!!」

もうすっかり成人のセイラだが やはりずっと真理恵を「ママ」と呼んでいる。

友達に「え~っ!まだママって言ってんのぉ?」なんて言われても 「だってさ、生まれた時からママはママだし パパはパパだもん!逆に今更お母さんなんて恥ずかしくて言えやしないよ…」と言ったそうだ。

「はぁはぁはぁ…よかったぁ…」

「どしたの?セーちゃん…なんかあったの?…」

「…あっ…ううん…別になんもないよ…ただ家にいてもつまんないから 来ただけぇ…」

「…そう…ふ~ん」

大人同士になっても やはりセイラとの買い物はとっても楽しいと思った。

「あたし…自転車だからさっ…荷物カゴに入れるわ…」

真理恵はセイラが「自分は両腕と背中が悪く重たい荷物を持てない。」とわかってて心配して来てくれたのだと悟ると 涙が出そうだった。

自転車を押して歩くセイラと並んで歩き始めた。

外はさっきよりもだいぶ暑く 夏のような日差しはまだまだ健在だったが 空はだいぶ高くなったように思えた。

蝉の声とひまわり とんぼとコスモスの夏のものと秋のものが一緒に元気だった。

ふと空を見上げたセイラが 何かを見つけたらしかった。

「あっ…ねぇ…あそこ…ほら…あそこ…あそこ…見て見て…」

セイラの指さす方を見上げると 遠くの空に飛行船が見えた。

「…飛行船…」

「ねっ…ママ見えた?…珍しいねぇ…ここいらで飛行船なんてさ…」

「そだね…どっから来たんだろ?人乗ってんのかねぇ…」

二人で空を仰ぎ見ながら立ち止まると 首の辺りにふんわりと柔らかい風が通り抜けていった。

「…さぁ…わかんないけど…なんだろ…こうして改めて見ればさ…飛行船って魚の形っぽく見えるねぇ…」

「…ホントだ…魚っぽいねぇ…なんの魚だろ?…まんぼうかなぁ?」

「いや…全然形違うっしょ…どっちかっつうとさ…う~ん…金魚?っぽい?」

「…あ~…金魚かぁ…そう言われると金魚っぽいねぇ…青いお空にプカプカ金魚~~~…あたたたたた…上ばっか見てたら 首痛くなってきちゃったよ…」

「…大丈夫?それよりさ…ママっ…何その歌?」

「あっ…テキトー…今作ったのさ…」

「あははははは…青いお空にプカプカ金魚~~~…覚えといて 後でアップしよっ!」

「…えっ?アップって何?…ママわかんな~い!セーちゃん教えて教えてぴょ~ん!」

ふざけて笑いあいながら できあがったばかりの妙な歌を二人で歌った。

真理恵は今日の夕食の献立を「魚」に決めたはいいのだが 魚の何にしようかちょっぴり悩んだ。

最後まで読んでくださって本当にありがとうございました。

これからもどうぞ温かい目で見ててくださいませ。

よろしくお願い致します。

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