閑話 火鼠の皮衣
生まれた時から決まっていた。
一番は私で、二番が周。三番目にやっとお姉ちゃん。
瞳に星を抱いて生まれてきたんだって、ママもパパも言う。おぎゃあと言った声すら福音のようだって。
天使を自分たちは産んだんだって、舞い上がってた。
だから殊更、お姉ちゃんは要らないものになっていった。
どこかで私は、それを喜んでいたんだ。
♢
「巫女様、おはようございます」
鳥の鳴き声と朝日で目覚めるなんて、人生で初めてだ。いつもお姉ちゃんに起こされてたもん。
「御加減はよろしいですか?」
「……誰」
誰何するのはベッドが天蓋付きで、声の主が外から話しかけてきたのもある。けれどそれ以前に私は此の世界―――『織の国』の住人にはほとんど会っていないし名前も覚えていない。昨日、お姉ちゃんと別れるときに私を連れ去った三人の顔だって曖昧だ。あのあと何も考えたくなくて、説明を受けている最中に居眠りしたからきっと呆れられている。もしかしたら『巫女』とやらから外されているかも、なんてつらつら考え事をしていたら話しかけてきた人が天蓋のカーテン部分から首だけのぞかせてきた。キツネ目というか糸目というか、細めた目と尖った輪郭も相まってちょっと怖い、無表情だし。思わず身を引いて息を呑む。
「これは失礼、わたくし、巫女様の傍仕えに任ぜられました。藍染と申します」
以後、お見知りおきを。そう言って微笑む顔は、ちっとも温度のないまるで、
「人形みたいな笑い方、するね」
ぽつりと、零した言葉に糸目だった藍染の眼が見開かれる。それは片方は焦げ茶色なのに、片方は。
「黒と、藍色?」
マーブル、というか。まだらになったその目は案外嫌いじゃなくて、
「いいなあ、その目」
と、素直に呟けばますます奇怪なものを見る目でこちらを 見てくる。なんだか気まずくて、咳ばらいをした。すると藍染の方も職務を思い出したのか、一息ついてまたキツネ目になった。顔の両端から一筋ずつ垂れているウェーブがかった髪の片方を右手人差し指に絡めて「それで巫女様、お食事のあとなんですが……」と言葉を重ねようとした。けれどもう一つ要件を私は思い出して「あの」と遮る。
「はい?」
「あの、その巫女様っての、やめてほしいんですけど」
そう、お姉ちゃんの名前を呼ばれているみたいで、なんかやだ。ミコって最初、牢屋で男達が問いかけた時、『なんでお姉ちゃんの名前知っているの』とか外れた疑問を抱いていたのは内緒。
もちろん、そんな説明しても無駄でしょうし、しないけれど。
「だって、巫女様ですし……」
「昨日、説明中にねちゃったからなんとも言えないけど、私がその巫女だって決定したわけでもないでしょうに。それに、巫女だとしても役職名で呼ばなきゃいけないなんてこと、ないはずよ」
「しかし」
困ったように目線を泳がせる藍染。ああもう、じれったい。
「いいから、火織って呼びなさい!じゃないと私、巫女やんないから」
「え!?え、でも……いや」
びく、と震え、相変わらず首と右手だけカーテンの隙間からだしたままモジモジする……、そういや男と女、どっちだろう。顔だけ見ると中性的で分からないのよね。傍仕えっていうくらいだからやっぱり、女性なのかしら?
なんて没入しているうちに、ようやく奮起したらしく、それでも数度深呼吸してから藍染は、言った。
「……っ、カオリ、様」
「様もいらなーい」
「ええ!?それは無理ですよっ、『タイシ』の方々に殺されます!」
「なに、タイシって」
「えーと……」
またほつれ毛で指を遊ばせ(多分、藍染の困ったときのくせなんだろう)、ややあってカーテンの隙間からすべり込むように、侵入してきた。
名前の通り、藍色の単衣に灰色の袴。小太刀と太刀を差した姿は、昨日私を連れて行った男達と同じ。けれど男の視線には、あいつらみたいな粘質さはない。崇拝も、情欲もない。ただただ子供が知らない人の前に放り出されたような戸惑いと緊張があるだけ。
見慣れたそれが、昨日からこっち異世界事情に揉まれていた私の心を、浄化する。だって、お姉ちゃんにそっくりだ、このひと。卑屈でおどおどした態度とか、伺うようにこっちを見る癖、向けると反らされる目だとか。
だから、つい言ってしまった。
「あなた、気に入ったわ。あなたが傍にいてくれるなら、巫女ってやつをやってもいいわよ」
「―――その言葉に、相違ございませんな?巫女殿」
低い、男の声と同時、袴の男が一人カーテンを開け放つ。藍染が少し、身を縮めたのが気になった。
「昨日は御疲れの様子で、きちんとした御言葉を賜れませんでしたが……巫女を正式に名乗ってくださるということは、我々にご協力いただけるということで、よろしいか?」
淡々と問うのは、向日葵色の着物にやはり灰色袴の、長身の優男。細い眼鏡をかけていて、それをずり上げながらこちらを見下ろしてくる。昨日の五人も見れば、後ろにいた。
「……お姉ちゃんは?」
「昨日ご覧になったと思いますが、我々の上司……既望 夜見殿の飼い人として、彼の屋敷に連れて行かれたものと。その後の様子は、残念ながら我々に知る権利はございませんので」
冷たく言われ、唇を噛む。本来なら自分で追いかけるか、巫女特権でもなんでも使って男達に調べさせたいだろうけど、無理だろう。昨日聞いた、この世界……織の国の、御伽噺みたいな歴史を聞く限りは。あの、黒髪の男の出生を聞けば尚のこと、彼らの立場的にも、私個人が行くことも許されないと分かる。命の危機が、あるんだから。
そんなところに、お姉ちゃんを置いておきたくない。けど、今の私はあまりにも無力だ。そのためにも、確実に使える駒が必要だ。
「巫女になれば、私のものになってくれる?」
布団を握りしめ、見上げて問えば眼鏡の向こうで男は目を見開く。それで今更、男の瞳が黄金色なことにも気づいた。その色も素敵だ、藍染の方が、好きだけど。
内心でひとりごちていると、ぷすっ、と空気が漏れる音ひとつ。はて、なんだろうと見回していると眼鏡男が再び声を発した。
「いいでしょう、もとよりこの身は巫女殿を御守りするために作られたモノ。この眼が見える限り、手足の及ぶ範囲であなたの望みを叶えましょう」
声は相変わらず低く冷たい。顔も鉄面皮だったが、男の纏う雰囲気が少しだけ、和らいでいる気がした。
「そ、ありがと。ならよろしく……えーと」
「……黄島です。よろしく、巫女殿」
すこしだけ溜め息をついて、眼鏡男は握手をしてくれた。
しょうがないじゃないか、昨日はやさぐれと疲れで、ろくすっぽ人の顔を覚える気なんかしなかったんだから。なんてすねていると、ごつごつとした手の感触に驚く。よく見れば背もこの中じゃ群を抜いて高いし、筋肉質だ。刈り上げた髪型といい、眼鏡を除けば脳筋にしか見えない。
そんな失礼な感想を抱いていると、「ちょ、センパイばっかりずるいっす!」、「私たちも改めて巫女殿に自己紹介を……」と騒ぐ声が。目をやれば、やはり色とりどりの着物に灰色袴の男達がこちらを目を輝かせて覗いていた。
「どうも!昨日も挨拶したけどもう一度ってことで。僕は紅藤と申します!年は十六……多分巫女殿とそう変わらないんじゃないかなってことで、困ったことがあればいつでも聞いてくださいね?」
その中でも一番小柄な、一見少女と見まごう美少年がこちらに駆け寄り、黄島を押しのけて手を取った。浅黒い肌と、紅茶色のガーネットを連想させる瞳、耳を覆うあたりで切られた長めの黒髪と言動も鑑みて、この中では一番私のいた世界の人に近い。そのせいか、少し気が緩んで「うん、よろしく」と素の口調で答えてしまった。心なしか、口元も緩んだ気がする。
と、まるで雷にでも打たれたようにビシリ、と紅藤は固まって動かなくなってしまった。日に焼けた肌でも分かりやすいほど、みるみる赤くなるのを面白く思いながら観察していると、握り合ったままだった紅藤と私の手がやんわりと引きはがされた。同時、間延びした声で
「いけませんよ、巫女殿。未婚の女児が若い男の手を取って、あんな優しげに笑うなんざ……とって喰われても仕様がありません。巫女殿はただでさえお美しいのだから、気を付けないとお」
コロコロと笑われた。柔らかい、どこか中性的な声と面差しの男の目と着物の色は、若草のような薄緑。ここまでくれば法則も分かって、まずそこに目が行った。私の目線の動きに気付いたのか、顎まで伸ばした髪を耳に掛けながら悪戯っぽく、男は微笑む。
「ええ。わたしは緑花。よろしゅう頼みますね、巫女殿」
年は黄島と同じです、と言われ黄島を見れば、少し目を泳がせてから「二十だ」と答えられた。
お姉ちゃんと同じ、と思考に沈む間もなく、紅藤と頭一つ分違う中肉中背の男が顔をのぞかせた。その頬には大きな傷跡があって、思わず目を見開く。
「おお、巫女殿の嬢ちゃんには刺激が強かったかな?すまないね、すぐ挨拶を済ませるよ。俺は橙坂。こんなかじゃ一番、年かさだ」
言うが早いが立ち去ろうとする背中に、慌ててわたしは「待った」をかける。
「あなたもわたしのものになるんでしょう?勝手に離れないで頂戴」
「……こんな傷のあるおっさんがいたら、見目麗しいお嬢ちゃんの園を穢すだけでしょう」
背を向けたままの言葉に、思わず眉間にしわが寄った。丁寧な口調に反してこの男は、他の人たちと違って巫女に無条件でかしずくわけじゃないのだろう。
面白いのと、安心したのとで苦笑いする。
巫女様巫女様とかしずかない人間が一人くらいいないと、勘違いしそうになる。自覚がある程度にはわたしは、わたしの弱さを知っているつもりだ。
しかしそんなことを説明するわけにもいかないので、
「あなたみたいな武骨者が、ひとりくらいいた方がいいわ。命令よ、傍にいなさい」
高圧的に言ってみる。多分、橙坂が想像している『巫女様と美丈夫たちに祭り上げられて有頂天な小娘』のとおりに。そうすると、予想通りに苦虫をかみつぶしたような顔で、
「かしこまりました」
と彼は言った。せめてもの抵抗だとでもいうように、扉の傍に背をもたせかける。表情といい、もう少し腹芸を覚えてほしいな、と思う。が、彼より年上でもっと大人げない男性を知っているので、鼻で笑ってよしとする。橙坂の表情がより険しくなったが構わず、
「それで、あなたたちは?」
残りの二人……藍染にそっくりの顔立ち、しかしキツネ目でない愛想笑いを浮かべた男と、その背に控えた紅藤と同じくらいの背丈の少年。
愛想笑い男の方が前に出て、漫画で見る執事みたいな礼を取る。
「初めまして、巫女姫。僕は氷室、後ろのは紫苑です。どうぞ側近にお取立てくださいね、きっとお役に立ちますので」
いっそ清々しいくらいに「寵用してね」アピールをする氷室とやらに、さっきまでとは別の苦笑いがこぼれる。紫苑と紹介された少年は終始無言無表情で、無機質な濃い紫色の瞳は何を考えているか測りかねる。
もっとも、氷室も氷室で笑っている腹の底は読めないので、「わたしは藍染や橙坂の方が気に入っているから」と正直にお断りすれば、
「そうですか、残念です。でもいつでもお呼びいただければ馳せ参じますゆえ」
微塵も表情揺らがず、一歩、二人は下がった。
でも一瞬、藍染にやったとがった気配に、なんとなく氷室と彼の関係性を予想する。自分の出自上、予想がつくのだ。同じだけ、触れられたくないものだって知っているから黙っているけれど。
「さて、帯士を全員紹介できたところで。巫女様、朝食にしましょう」
微妙な空気を切り替えるように、両手を叩いてそう声を上げたのは緑花だ。
「ねえ、さっき藍染にも聞いたんだけど。タイシって、何」
その袖を取って聞けば、ああ、と呟き(多分、昨日説明したけどわたしが聞いてなかったことを察したのだろう……すみませんね、と少しばかり悪く思う)緑花は背後の男たちに手を向け、言った。
「わたしら、巫女様に使える男衆の総称。正式な名は、『七色の帯士』。七百年前の巫女が、かの七色の悪魔たちに対抗しうる手段として『兄君』の手駒を用意した、その正当なる末裔がわたしらですよ」
◇
七百年前に、この国に病が流行った。白髪赤目になり、死人も大勢出た。生き残りも病原菌自体のように忌まれた……原因、もとい原因らしきものを見つけるまでは。
地主である神主夫婦に隠し育てられていた忌み子。白髪赤目の特徴は病の発症者と同様という理由だけで、病を蒔いた悪魔だと断定し、神罰の名のもとに村人総出で痛めつけた。
その結果、本性表した悪魔の忌み子に十四人の村人が乗っ取られ、悪魔の手先に堕ち殺戮がおこなわれ。
忌み子を庇い死にかけた『兄君』は邪の祝福を受けたという。
見たものを狂死させる魔眼。それを封じ、虐殺に立ち向かう力を七人の選ばれし者たちと『兄君』に与えた、異界より遣わされし巫女。
その巫女に選ばれた村人たちの末裔が『七色の帯士』、そして、同じく加護を受けた『兄君』は今。
「彼もまた、悪魔に呪われたことにより永の命を得てしまった。呪われた眼を抱え生きることを義務付けられた、悪魔を庇った神罰とはいえ、哀れなことです」
藍染にエスコートされた食堂で、帯士たちと朝食をとる。
メニューは白米に味噌汁、南瓜の煮物と青菜のいり胡麻和え、秋刀魚みたいだけどわたしが知るより大きな魚の塩焼きと意外と質素だ。もっと『巫女様へ』みたいな絢爛豪華な御馳走かと思った、いや要らないけど。
でも表情に出ていたんでしょう、藍染に
「寒村ゆえ満足な御持て成しもできず、申し訳ございません」とまたおろついてしまった。お姉ちゃんみたいで好ましいけど、大の男にあまり卑屈になられても困るので
「実家の料理そっくりでうれしかったの、それだけよ」ととびっきりの笑顔を見せれば全員黙り込む(特に紅藤はわかりやすく真っ赤になった)。自分の顔の効果は十五年生きていやと知っているので、利用できるときは積極的に利用しているのだ。
閑話休題、今はそういう経緯で始まった食事会の最中。
昨日は半分以上流し聞いた、この世界の成り立ちについてレクチャーを受けている。主にしゃべるのは上座のわたしの席にほど近く座った緑花。たまに黄島が補足して、あとのみんなは黙々と食べている。緑花がおしゃべり好きなのだろうか。
ちなみに緑花と反対の傍席には、一番下座に行こうとした藍染を無理やり引き留めた。その時また氷室が何か言いたげだったけど、結局口を開かなかったのでこちらも無視している。
「それで、悪魔?たちはどうなったの?」
「帯士が主立ってようやく、戦力が拮抗したんですがねえ。能天気……こほん、平和主義の当時の巫女様によって休戦条約が結ばれたんですよ。この島国は染め物が得手なんですが、染料を諸外国に狙われがちでね、しょっちゅう海賊が攻め込んでくるもんで。本国を囲む小島に悪魔の手先を分散させて防人にすれば、悪魔たちの結束も防げるし自国も守れるし一石二鳥でしょうって」
それは、それまで自分達で守っていた国を悪魔どもに乗っ取られるようで彼らには自尊心を傷つけられる提案だったらしいけれど、実際、身内で争っている間に小土が奪われかけたりして、手早く争いを収めた方が得策だと国の重役らは判断したそうで。
使えるものは使う、という考え方は個人的にとても親近感を覚えるな、と当時の巫女に向けて思う。
「それぞれ島で取れる染料の色に合わせて。赤、黄、橙、緑、薄青、藍、紫と、忌み子含めた十三の悪魔たちを割り振ったそうです。それで、七年くらいはうまくいってたらしいんですけどねえ」
「……悪魔たちは裏切った。隣りの大国に保護をする対価として唆された結果の規約違反らしいが、詳細は今となってはわからない」
筋肉質な体にふさわしい五杯目の御代わりの白飯を掻きこみながら、黄島は緑花の言葉をつなげる。
それに鼻を鳴らして、
「悪魔ごときが約束を守るわけがない、幼な子ですら童話で知っている。七年間の沈黙は、隣国との交渉とこちらの油断を誘うための罠だろう」
こざかしい、と吐き捨てるのは食後のお茶を啜る氷室。向かいの紫苑を何となく見ると目が合って、小首をかしげられた。慌てて目をそらし、黄島に向き直ると、気まずそうに咳ばらいをされる。
「氷室、あまり過激な言葉遣いは避けてくれ、巫女様の御前だぞ」
「巫女姫は悪魔達との聖戦の要だ。そちらこそ、あやつらに変に同情をむけるような言い方はやめていただきたい」
切って捨てる、名前の通り氷みたいに冷たい言い方に、そっちの方があの愛想笑いよりましだな、と思う。
と、なぜか勢いよく氷室がこちらを見た。藍染よりさらに薄青い、名の通り氷みたいに済んだ色の目があらわになって「きれいね」と思わず呟くとさらにその頬が燃え上がって、焦げてしまわないか心配になる。
「嬢ちゃん、あまり若いのをいじめるな」
ため息交じりに、焼き魚を一口で頬張った橙坂に言われ、訳が分からないので首を傾げた。
が、関係ない話をするなという意味だと解釈して指南役の緑花をつつく。なぜか氷室の顔が炎上したあたりから黄島と二人してうつむき震えていた緑花だが、切り替えるように「っはあ」と息をついてまた、話し出す。
「とにかくさ、当時の巫女様の恩情で生き永らえた悪魔達が、また牙を向いたもんだから国は再度ひっくり返ったわけさ。念のため、巫女様自身を柱とした結界を本土……わたしらがいるこの島さね……ここに貼ってたんだが、忌み子が巫女様だまくらかして破ったんだと。なんでも、条約を結んだあたりから恋仲になっていた『兄君』の呪いを解く方法を教える、とか言って」
「恋愛にうつつをぬかして使命を怠るから、そうなるんだ」
「氷室」
持ち直したらしい氷室の言葉を、再度黄島がたしなめる。つまらなそうに舌打ちをした氷室を横目に、緑花は肩をすくめた。
「まあ、偽りだったそうで。結界を巫女が解き、悪魔達は再度本土を攻め入って……悔恨から巫女は、自らの命を代償に再度、強固な結界を貼りなおしたそうですよ。悪魔達を弾き出し、『兄君』の魔眼を封じる神器を与えて」
「ですが、悪魔達も諦めたわけではないので。襲撃は定期的に続き、経年劣化もあり結界は綻びてゆく。その、はじめの百年を越えたある春に、またどこからか、異界の身なりをした少女が現れたのだそうです」
「ちょうど、今の巫女様くらいの年頃の娘だったそうですよ!その方が悪魔どもを撃退して、また結界を強くしてくれたんです!」
わたしがちょうど食べ終えたのを見計らって、紅藤が茶を淹れてくれた。振り返り、ありがとうと笑めば分かりやすくまた赤面して、そそくさと去っていく。
「つまり、百年を周期に異界から少女が来て、結界を直してくれるってこと?」
「さすが巫女様、頭の回転が早くて助かります」
褒めているのか貶しているのか、手を叩く氷室を目線であしらい、黄島を見れば重々しく頷く。
「巫女様は七人目……初代を入れれば八人目の巫女だ。我々も七百年も経てば、あ奴らの対処法もある程度分かってきている。あちらも巫女たちが来る周期を狙って侵略の手を強めては来るが、こちらとて同じこと」
言いながら、立ち上がる。そのいかつい体が近づくと反射的に身を引くが、構わず黄島はわたしの真隣りに膝をついて、物語の騎士みたいに膝をついた。
「御身は必ず、お守りすると誓おう」
低く、男らしい声が告げた言葉は「重い」と笑い飛ばすには心が籠っていた。わたしが知っている、わたしの顔や財に釣られて告白してきた男たちの軽薄な言葉とは違った。
―――まるで、あのひとが言った言葉みたい。
その脳裏によぎった思考は、秒で消去する。怖いのと、汚らわしいから。橙坂の傷なんかよりよっぽど。
「わたし、もとの世界じゃ、ただの学生……小娘よ。結界だの悪魔祓いだの、知らないわ」
「過去の巫女様にも、そういう方々はおりました。ですが、初代巫女様の手記と我々帯士の補佐があれば、どの方も御使命を果たせました」
声に驚いて振り返れば、食事の席を立ち黄島と反対の床に膝をついて緑花がいる。その表情は、それまで指南していた時と違って惚れ惚れする凛々しい顔だった。
「わたしも、先祖から次ぐこの使命を果たしますよ」
「ぼ、僕だって!帯士の中じゃ年も背も一番下ですけど、巫女様をお守りするって気持ちは、誰にも負けません!」
橙坂にお代わりの白米をよそっていた紅藤も、茶碗としゃもじを慌ただしく机に置き、言い募る。瞳と同じくらい赤い顔は見慣れたけど、今ばかりは笑えない真剣さだった。
その乱暴に置かれた茶碗を無言でとり、食事を三口ほど続けたが、周りの空気に耐えかねたのか。
「……役目は果たすさ、悪魔どもの首を落とすのは任せな」
ぞんざいに、物騒な言葉選びだが続いた橙坂に吹き出しそうになる。慌てて口を押えたが果たして察したようで、にらまれてしまった。
それを知ってか知らずか、「あーあ」と殊更大きく伸びをしたのは氷室で。
「挨拶も誓約も、四家に先を越されちまったな。紫苑、どうしようか?」
不透明な笑みのまま、問われた紫苑は味噌汁を飲んでいた。しっかり、ずずーっと啜る音を立てること十秒前後。ふう、とため息をついてから小さくひとつ頷く。
それだけの動作なのに、氷室は満足げに笑みを深めた。
「ぼくも紫苑も、もちろん巫女姫の思うがままに」
立ち上がって、やっぱり執事めいた礼を取られた。なんとなく、藍染を見やれば当惑したように、
「わ、わたくしも。帯士のはしくれですから、巫女様のお役に……立てるかわかりませんが、盾くらいには……」
「藍染。その自信のない態度と物言いは何だ、巫女様の御前だぞ」
「あ、その、申し訳ございません……」
「お前は俺と同い年だろう、敬語も不要だと何度言えばわかる。背筋も曲げるな、しゃんと伸ばせ」
矢継ぎ早に言う黄島と「まあまあ」と諫める緑花。一層のこと丸まって、消えてしまいそうな藍染。
それを笑顔の薄目で見る考えの読めない氷室と、いつの間にかその後ろに立って、虚空を見つめる紫苑。
紅藤は苦笑いをしながらお茶を淹れなおして、その背にまたお代わりを頼む橙坂。
男たちの喧騒を見て、紅藤が淹れてくれた、とうに冷めた茶を啜りながらわたしは。
「前途多難ね、いろいろと」
と、この島のどこかにいる姉を想いながら呟いた。
七色の帯士 年齢早見表(担当色を添えて)
赤 紅藤(15)
橙色 橙坂(32)
黄色 黄島(20)
緑 緑花(20)
水色 氷室(19)
青 藍染(20)
紫 紫苑(16)
水色と青色は結構無理矢理ですが色の解釈ということでひとつ、ご容赦いただければ幸いです。
今話投稿に合わせて過去話も一部修正しました(読み返さなくても問題ない程度の描写、かつ次話で指摘を入れます)