煌トレイン
「大丈夫、いい経験になった」
この電車に揺られてどれくらいの時間が経っただろうか
窓の外にはポツポツと光る街頭しか見えない
私の乗っている車両には
老人が隅のシルバー席で本を読み
ガラの悪い男が携帯をいじりながらチラチラと周りを見ていて
園児ほどの女の子が一人立っている
女の子はどこかから帰る途中なのだろうか
こんな夜中に一人で大丈夫なのだろうか
そんな他人の心配をすることが私の癖である
他人の心配と自分の不安を結びつけ
安心していることに私は最近気づいた
それを気づいたことに気づくまでにも時間がかかったので
もう36年間、自分の癖の意味を理解していなかったことになる
女の子が転んだ
電車は思いもよらないところで揺れが起こることがある
幸い私は席に座っていたため特に影響はない
「大丈夫かい」
私は女の子に声をかけた
女の子は無言でこちらを眺める
純粋な目で見つめられると
私は緊張を隠せない
女の子はゆっくりと手を付き
立った直後にこう言った
「ありがとう。でも心外ね」
私はどんな表情をしていただろうか
脳の回転が追いつかないまま、彼女は話し続ける
「私はそこのお兄さんに心配してもらいたかったの」
純粋な声で、透き通った表情で私に語りかける
彼女の話はそこから一分ほど続いたが、私の耳には入らない
「じゃあ、あの老人に手を差し伸べられていたらどうだ」
私は小さな悪魔に問う
悪魔はしばらく考えたような仕草のあと口を開いた
「あなたよりはマシ」
「何故」
「私が想定していたのは二通り。お兄さんに声をかけられるか、あなたにかけられるか。前者は理想で、後者は最悪ね」
「なら想定外の老人だったらまだ面白いわけか」
「そうね」
少女はそう言って、違う車両へ消えていった
周りを見渡すと、男と老人の姿は無かった
私は複雑な心境の中、自分の席に戻った
自分しかいない車両はまだ揺れている
駅に着いた
荷物の忘れ物がない確認しつつ席をあとにした
コンクリートに足がつくと、違う車両から降りてくるさっきの少女と目が合った
「さっきのは嘘。ごめんなさいね」
そう言って彼女は微笑んだ
私はもてあそばれたのだろうか
「大丈夫、いい経験になった」
そう言い返して、自分の負けを認めたのは
午後10時頃の話だった