鬼 【弐】
――オルフィス・廊下にて――
ケンはバトル・スーツを装着し終えるとすぐに格納庫へと向かった。
格納庫にいくまでの廊下でケンは考え事をし始めた。今回の敵、ツイン・バルベルトについてのことだ。
ケンはその名を聞いたことはあるが彼らを実際に見たことはない。開戦後に軍に志願したケンは最初の二ヶ月間、軍事訓練を受けていたため前線にはいなかった。ツイン・バルベルトはその開戦から二ヶ月間の最も両者の攻防が激しかった時に名を上げた者たちだ。後にこの二ヶ月間の激戦は『英雄誕生の二ヶ月』と称されるようになる。このように呼ばれるようになったのもこの戦いが双方ともに多くの英雄を生み出したからに他ならない。
ツイン・バルベルトとは《バルベルト》と呼ばれる、ハルベルト(ハルバートとも呼ばれるこの武器は斧と槍を合わせたような武器)の斧の部分が片刃ではなく両刃である武器を使用する二人組みの通称である。筋肉質の大男で青色のバトルスーツを覆った方は青鬼、大男ほどではないが長身ですらっとした体形の赤色のバトルスーツを着こなす男の方は赤鬼と呼ばれている。彼らはその巧みな斧さばきで幾つもの死体の山を築き上げてきた。その実力はディーベルクの英雄たちの中でも上位にあたる。
一方でアルマン隊長もこの戦いでアルフォードの英雄になった男だ。その戦いぶりは彼が【アルフォードの戦神】と敵から恐れられることから分かるように超人の域に達していた。現に彼は赤鬼と戦い、生き残った唯一の者である。当時、その場に居合わせた者の話によると両者の戦いは他の兵士らが近寄れないほど激しい戦いだったらしい……。
(しかし、それほどの実力者とは、今回の任務、自分の腕を磨く良いチャンスかもしれない)
そのようにのん気なことを考えているうちに格納庫へとやってきた。
――オルフィス・格納庫――
ここにはマージ以外にも様々なものが存在する。最新鋭の機動戦車が四機、高機動戦闘機が二機配備されている。特戦が様々な任務に当たることを考えてのことであろうが果たして彼らが使用される時は本当に来るのだろうかと内心、ケンは思った。特に格納庫の端っこに置いてある巨大な大砲はいったい何に使うのだろうかと不思議に思っている。(後々この大砲が重宝視されるのだが当時のケンには予想できなかったことであろう……)
今回搭乗する装甲車を見てみると既に先客がいるようだ。車内には入らず外で待機している。近づいてみるとそれがアルマンであることが分かった。
「隊長、オレより先に来られていたんですか? さすがですね!」
声を掛けられたアルマンは一瞬驚いた様子だった。何か考え事をしていたようだが…
「隊長、今回オレたちが戦うツイン・バルベルトについて教えてほしいのですが…」
「ん、あぁ、そうだな。まず奴らはバルベルトという特殊な武器を使う。このバルベルトはリーチが長くその上、一撃一撃が重い。その分、振りが大きくなってしまうので隙が生じやすいのだがやつらは全く隙を見せることはない。今回お前には青鬼のほうを担当してもらう。やつのパワーは尋常ではないが避ければどうということもない。お前の腕なら互角に渡り合えるはずだ。とにかくやつらを護送車から放すのを優先しろ」
一通り説明を終えるとケンはアルマンに以前赤鬼と戦ったことについて尋ねた。彼はその時のことをどうしても本人に聞いてみたかったのだ。
「やつらは正に前線でアルフォードの兵士たちをことごとく葬っていたよ。その姿は正に鬼と呼ばれるに相応しい姿だった。特に赤鬼の腕は青鬼とは比べ物にならない。やつは自分の身長と同じほどの長いバルベルトを木の棒でも振り回すかのように軽々と扱っていた。俺はやつと激しく撃ちあった。その時はあの激戦の中にもかかわらずとても静かでな、自分の鼓動がはっきり聞こえたのをよく覚えている。まぁ、結局2時間かけてもやつを倒せなかったがな……」
そういい終わるとアルマンは一息つき、再び口を開いて一言述べた。
「…だが今度は必ずやつの息の根を止めてやる。それがおれの宿命だからな……」
ケンはその意味深な発言が気になったがちょうど他のメンバーも格納庫にやってきたのでそれ以上尋ねるのをやめた。いや、例えメンバーが来なくともケンは聞くことができなかっただろうと思った。その時のアルマンは何か重いものでも背負っているかのような表情をしていた。アルマンと赤鬼には何か特別な関係がある、ケンは直感的にそう感じた。
――ベラムート補給基地――
「ではよろしくお願いします」
そういうと補給基地の長官は特戦の隊員らに敬礼をした。彼らが護衛する輸送車は全部で二十車両に及ぶ。これは今まで前線に物資を送れなかった分も運ぶためである。それだけ前線の物資不足は深刻であることを意味している。
「この補給物資、特戦の名において必ずや前線で戦う同胞たちの下へ届けてみせます」
特戦もそのことを十分に承知している。彼らは装甲車に乗ると自分たちに敬礼する補給基地の兵士らに見送られながら闇がどこまでも続く森へと向かった。辺りの雲行きは怪しくなり出していた……。
――ガルフォント森林地帯――
森林地帯の入り口が見え出すとケンたちは装甲車から降りてそれぞれの担当車両についた。レイナだけは装甲車からは降りず天上にあるハッチを開け上半身だけを外に出した。再び補給部隊が進みだす。
森に入るとあたりは一瞬にして闇へと変わった。この森ではほとんど光が入ってこない。それは十メートル以上もある木々がさえぎっているに他ならない。
この森の木々のほとんどはどれも数百年は生きている。それはこの森の木々を切ることが出来ないことにある。それはこの森が神獣の居住地だからである。
彼ら神獣ははるか昔からこの世界にいると言われている。彼らは他の獣たちとは違い、人間以上の知能と力を持ち合わせえいる。彼らは常に自分の住む領域に入ってくる者を監視していているらしく、もし、その自然を壊そうというものなら侵入者に牙を向くらしい。それゆえ切るにも切れないのである。森の中を進みだしてからしばらくして上空に雲が集まりだし大粒の雨が降ってきた。おかげで辺りの視界は更に狭くなった。
「何やこの雨は? お天道様はわいらを嫌っとるんかいな?」
ケネスがこの最悪の状況をぼやいている。しかし、その表情は険しくなく、むしろこの最悪の状況を楽しんでいるかのようだ。
「はい、そこ。ぼやいていないで警戒する。敵が襲ってきても知らないからね……」
そう言うとレオンは再び辺りの木々とリンクして敵の気配を探知している。これは彼が魔術師ならではの芸当だ。そんなレオンとは対称的にケネスは全く敵を探す気など毛頭ない様子だ。しかし、決して彼が気を抜いているわけではないことは百も承知だ。それ故レオンはそれ以上何も言わないのだ。雨は次第に激しさを増していった。
「雨が降ってきたわね、やつらが襲ってきてもおかしくないわね。マック、気を引き締めなさい」
レイナは辺りの空気が変わったことに気づき、マックに更に警戒するよう促した。レイナも愛銃のスコープ越しに辺りを見渡す。今回視界が悪くなることを承知していたレイナはスコープを通常のものからサーモスコープに取り替えていた。おかげで大分視界は良好だ。
「了解でさぁ姐さん! しかし、ひでぇ雨だなこりゃ。どうしてこうも降りますかね?」
マックはレイナに問いかけつつも辺りに変化がないか気配を探っている。機関銃はいつでも撃てるように構えた状態にしている。さすがのマックも単なる筋肉バカではないことが伺える。
「言い伝えによればこの雨はここに住まう神獣が降らせているらしいわよ」
レイナもレイナで狙撃体制を崩さずに返答する。彼女には三日もの間、狙撃体制を維持し続けたという記録がある。彼女にとって微動だにせず同じ体制でいることなど容易いことなのだ。
「かぁぁ、神獣の野郎、見つけたらぶっ殺してやる!」
「やめときなさい、返り討ちにされるわよ」
そんなやり取りを装甲車を運転しながら聞いていた補給部隊の兵士はレイナ達の余裕っぷりに言葉が出なかった。
(今回の相手はその名を聞いただけでも逃げたくなるあのディーベルクの鬼たちだぞ!? それなのにこいつらときたら先ほどから何食わぬ顔で会話をしている始末、こいつらの神経どうかしているんじゃないのか?)
そう心の中で思いつつも結局はこの者たちに守ってもらうしかないことを思い出し、兵士はただただハンドルを握るしかなかった。
「そろそろ襲撃があってもおかしくないですね」
ケンはそういうと常に刀が抜けるよう柄に手を当てた。そして辺りを見渡し敵の気配を探っている。
一方のアルマンは先ほどからただ黙っている。しかし、その全身からは強い闘争心を感じる。その姿は正にこれから獲物を狙おうとする獣のようだ。やはりいつものアルマンではなかった。
ドドドドドッ! パ――ンッ!
前方から銃撃音が聞こえた。音からしてどうやらマックたちが交戦を始めたようだ。
『みなさん、聞こえますか? レイナ班が敵の襲撃を受けました。その数は約十四、報告の人数は三十以上なので他にもどこかに潜伏しているものと思われます。他の班は十分に周りに警戒してください。もう一度確認しますがこれはあくまで護衛任務です。敵の殲滅より輸送車の安全を優先してください!』
通信機から甲高い声が聞こえてくる。前方の銃撃音は更に激しさを増す。ケンは一瞬すぐにでも援護に向かいたいと思ったがすぐに任務を思い出し、その気持ちを堪えた。
次の瞬間、後方からすさまじい殺気を感じた。すかさず後方に振り向く二人。雨のカーテンによって彼らの姿を捉えることはできない。しかし、殺気は先ほどよりも強く感じる。すると遠方からぼんやりとだが二人の人影を確認できた。その影はどんどん近づいてくる。アルマンは愛用の突撃銃ジークの銃口をその影に合わせる。彼の殺気は先ほどのものより更に強くなっている。ケンもすかさず抜刀し、刀を正面に構える。影は更に近づきその輪郭もはっきりと見えてきた。その形は紛れもなく鬼だった。
――レイナ班――
パ――ン!
一発の銃声が闇の森に響き渡る。森の奥で何かが倒れる音がした。同時にその音がした方向から複数の影が現れた。
どうやら例の襲撃部隊の兵士のようだ。全員深緑の迷彩が入ったバトルスーツを着用している。手にはハルベルトを構えている。ヘルメットを被っているためその表情はよく見えない。
「かぁぁ、ついにでやがったな小鬼どもめッ!」
マックは敵を確認するのと同時にバルストから銃弾のシャワーを放った。すかさず敵も木々を盾に身を隠したが何人かは隠れる前に銃弾の餌食となった。
「ちぃ、たったの四人かよ!? 戦車の装甲でも貫く銃弾だってんのになんて硬えぇ木だッ!」
さすがは何百年も生きてきた木々である。その厚みは相当なものだ。マックはこの木々は敵にとって格好の防壁になることを察した。
「リリス、聞こえる? こちらレイナ班。敵襲撃部隊と遭遇。その数ざっと十四。報告の人数より少ないわ。まだどこかに潜んでいると見ていいわ。他の班に十分注意するよう警告しておいて」
通信を終えると再び敵との交戦に集中しようと銃を構える。前方から銃声! とっさに体を引っ込める。どうやら遠方にも敵はいるようだ。銃音からして敵は七、八人。使用している銃はおそらくディーベルク軍正式突撃銃KS−17(通称―ヴァライム―)をベースにカスタムしたものだろう。
レイナは深く息を吐くと再びハッチから顔を出した。そしてなりふり構わず機関銃をぶっ放しているマックに注意を促した。
「マック、木々に銃弾を当ててはだめよ。さっき言ったこともう忘れたの?」
そう言っている間にレイナは遠方の敵兵二人の頭に銃弾を放った。すかさず車内に体を隠す。そして再び体を出すとまた一人屍へと変えた。
「ちっ、こいつじゃ木々に当てないようにするなんて無茶な話だぜ。仕方がねぇ、久々にこいつを使うか」
突然、マックは機関銃を前方の敵兵に向かって投げつけた。敵兵はあまりに突然なことで避けることが出来ず機関銃の下敷きとなった。
マックはその間に背中に手を回すと三十センチほどの鉄製の棒を手に取った。するとその鉄の棒は一瞬にしてマックの身長ほどの長さに伸び、その先端から巨大な刃が顔を出した。それは正しく薙刀だった。刃は通常のものの二倍近くもある。名を《デュラード》という。
「ぬおりゃぁぁぁぁッ!」
マックは薪を割るがごとくデュラードを縦に振ると敵兵を一刀両断した。続いて水平に力任せに振ると敵兵三人の首を同時に吹っ飛ばした。その勇ましさに敵兵は二、三歩後退した。
レイナはその光景を目の当たりして近隣の敵は彼に任せられると判断し、遠方の敵に照準を合わせた。続けざまに三回銃声が鳴り響く。彼女のスコープ越しの視界には新たに三つの屍が出来上がっていた。