鬼 【壱】
――ガルフォント森林地帯――
ここはディーベルクとの国境に面する森林地帯。この数キロ西へ向かい森を抜けるとそこにはアルフォードの前線基地がたたずんでいる。
今日はお天道様の機嫌が悪いらしい、雷が鳴り響き、大粒の雨が大地に降りそそぎ小さな川が幾つも出来る。足場は安定しない。
そんな悪天候な中、森林地帯を進む者たちがいる。武装した兵士数十人、荷を積んだ大型装甲車五、六台、彼らはアルフォードの補給部隊である。戦いで消費する物資を届けようとしている。特に前線ともなればその消費の早さは半端ではない。通常の基地への補給が月一でよいのにも関わらず、前線ではその四分の一に当たる週一で補給しなければならない。
「こちらT−01、T−01。周辺に不審なものはなし。そちらはどうだ02、03?」
前方車両の護衛する小隊の隊長が中央と後方の護衛隊長へ定期交信をする。彼らの任務は敵および盗賊などから補給物資を守り無事、基地へ補給物資を届けるというものだ。この説明だけを聞けば非常に重大な任務のように思えるが実際のところは非常に楽なものである。敵とは遭遇することはまずなく、ただ補給物資についていくだけだからである。
ところが彼らの様子は違った。常に銃を構え、獲物を探す獣のごとく鋭い目つきで周りを警戒している。よく見ると補給物資の護衛にしては兵士の数が多い。辺りには緊迫した空気が漂っていた。
『01、02、聞こえるか。こちら03!敵と交戦中、気をつけろ!』
突如、後方車両を護衛していた隊長から通信が入る。兵士たちを覆う緊迫感はさらに強くなる。03の通信から間もなくして01,02も敵との交戦に突入した。豪雨のなか、ものともせずに響き渡る銃撃音、あたり一面に漂う硝煙、両者の攻防は激しさを増す。しかし、彼らの攻防はそう長くは続かなかった。
アルフォードの兵士たちの前に突如として二匹の鬼が現れた。一瞬の出来事だった。一匹の鬼は巨大で次々に兵士をなぎ倒していった、もう一匹の鬼はそれほど大きくはないが兵士たちが認識する前に彼らを死へと追いやった。
戦闘を終えると彼らは補給物資が載せてある大型装甲車に乗ると物資ごと奪い去っていった。
森には無数の薬莢と屍が転がり落ちていた……。
――アルフォード王国軍総本部――
「ヒッター、ただいま参上いたしました!」
ヒッター司令の太く、鋭い声が玉座の間に響きわたる。彼は国王に緊急の用があると呼び出されたのだ。
特戦はその特殊な任務のために軍部とは完全に独立しており、国王直属の部隊とされている。よって特戦の任務は軍部を通さず、国王直々に言い渡されるのである。
「うむ、いつ聞いてもお主の声は良く響くのぉ。さてヒッターよ、お主を呼んだのは他でもない、特戦への任務を伝えるためだ。ところでヒッターよ、最近、我が軍の前線基地へ向かった補給部隊が次々に謎の部隊によって襲撃されていることは知っておるな?」
「はっ、存じております。兵士たちの間で噂になっております」
「うむ、実は襲撃され始めてからというものの一回も前線に補給が行き渡っておらぬのだ。まだ、形としては現れてはおらぬがこのままいけば物資が不足し前線部隊は後退せざるおえなくなる。そうなれば、せっかくの特戦の成果も無駄になってしまう。そこでだヒッターよ、お主ら特戦にその補給部隊の護衛を行ってもらいたい」
ヒッターは一瞬、自分の耳を疑った。自分らは軍の中でも選りすぐりを集めて結成された部隊である。敵基地への強襲や、情報の奪取などなら分かるが補給部隊の護衛など一般の兵士にも出来ることである。だが、ヒッターは国王がこのような任務を命じたのには何か裏があると察した。
国王は側近の者に命じ、とある映像をスクリーンに映し出させた。
「ヒッターよ、お主はこのマークに見覚えはないか?」
それは補給部隊が襲われた場所に書き残されていたものだった。そこには一本角の鬼の横顔とその後ろに二本の交差した両刃の斧が描かれていた。よく見ると槍のようにも見える。
「こっ、このマークは、……!」
ヒッターはそのマークに見覚えがあった。いや、ヒッターに限らずアルフォードの全ての兵士がそのマークに見覚えがあるはずである。
「もし、このマークが本物だとするのならば、いくら兵士を多く導入したところでどうこうなるものではあるまい。やってくれるな?」
「御意ッ!」
ヒッターはそういうと再度頭を下げ、玉座の間から立ち去った。その表情は以前にまして厳しかった。しかし、その眼はやる気の炎で燃え盛っていた。
――アルフォード王国軍本部第七訓練所――
風が澄んでいる。空には雲一つなく、真っ赤な太陽が激しく燃え盛っている。
ここは軍本部の敷地内に存在するとある訓練所。本部には合計十二の訓練施設が存在し、それぞれ異なった訓練のために存在する。
第一から第四までの訓練所は射撃を行う場所で第一と第二のみ屋外で主に模擬戦を、第三、第四は屋内施設で人に模した的を使用した射撃を行う。第五から第八は格闘訓練を行う場所で第五、第六が屋外訓練所、第七、第八が屋内といった感じだ。屋内には様々な訓練器具が設置されているが屋外の施設は何もなく、主に組み手などを行う。第九、第十は機動戦車の訓練に使用する。最後に残った第十一、第十二は特殊訓練施設で地雷などのトラップ処理訓練を行う場所だ。
そして今ケンがいる場所はその中の一つ、第七訓練所だ。どうやらマックと何やら行っている。
「よしっ、いくぞ〜!」
そういうとマックはボーリング球程の大きさの(ちなみに彼らの世界にボーリングは存在しない)鉄球をケン目掛けて思いっきり投げた。鉄球はケン目掛けて猛スピードで迫る。ケンは意識を集中し、腰に差した刀に手を掛ける。
スパ―――ンッ!!
するどい金属音が辺りに響き渡ると同時に鉄球はきれいに二つに割れた。ケンは抜刀を終えていた。その時間は一秒に満たなかった。
「はぁ〜、ほんとにやりやがった。おめぇ、すごいなぁ!」
鉄球を投げたマックは驚きというよりそのケンの神技に感心している。マックは鉄球を全力で投げたがその鉄球をケンが斬り捨てることに関しては半信半疑だったからだ。ケンは深く息を吐くと笑顔でマックを見た。その額からは一滴も汗は流れていない。
「いやぁ、たいしたことじゃないよ。こんなことは長年刀を振り回してきたら誰でもできることだよ」
ケンは当たり前のように述べたのでマックにはイヤミに聞こえた。彼はこの訓練にかれこれ二時間つき合わされている。最初はゴムボールから始まったのだが徐々に球の硬さが増し、最終的には鉄球にまで及んでしまっていた。
「たく、このガキが。人が誉めたら調子に乗りやがって、よぉし、こうなりゃ次はこいつでいってやるっ!」
そういうとマックは壁に掛けていた愛用のバルカンを持ち上げ、ケンに銃口を向けた。ケンは少し驚いた様子でマックに弁解していた。そんな時だった。アルマンが訓練所にやってきた。
「何をやっているんだお前ら?」
今までの経緯を知らないアルマンにとってその風景は異様だった。
「おぉ、隊長。い、いやぁ、何でもないでさぁ。ちょいとこいつのこのでしゃばった口を黙らせようとしただけでさぁ」
マックがいきなりの訪問者に必死で誤解を解こうとしている。ケンは何も言おうとはしないがアルマンのほうを向いて苦笑して見せた。
「まぁ、いい。マック、ケン、司令がお呼びだ。どうやら新しい任務の説明を行うようだ。ついて来い」
新しい任務という単語を聞いて二人はすぐに片付けを始めた。それもそのはずだろう。彼らは初任務から今日に至るまで丸二週間任務がなかったのだ。おかげでケンは毎日訓練所に来ては鍛錬を行い、マックは退屈で仕方なくケンの特訓に付き合っていたのだ。
(やったっ! ついにこの退屈な時間ともおさらばだ。)
二人は片付けを終えると急かしながらアルマンと共にオルフィスへと向かった。
――特殊戦略艦オルフィス・会議室――
アルマン一同が会議室の扉を開くと既に残りのメンバーは席についていた。
この会議室はオルフィス艦内に存在する。当然、軍本部にも特戦の会議室は存在するが会議終了後に即作戦に移れることや、設備環境の良さも踏まえてこちらの会議室を使用している。会議室は人が二十人ほど入れるくらいの部屋で中央にはホログラムディスプレイが取り付けられたテーブルが設置されている。
アルマンは部屋に入ると辺りを見渡した。入り口から向かって右側の手前にレオンが座っている、少年は相変わらずあの古ぼけた本を読んでいる。その奥でケネスが笑顔でこちらを向いている。(そういえばケネスはいつも笑っているな…あいつあの顔が普通なのか?)ケネスの反対側にはレイナが座っており、こちらと目が合うとウインクを返した。
ケンとマックはレイナ側の席へと付き、アルマンはレイナと向き合うような形で座った。ケン達が席に付いてから間もなくしてヒッターとリリスが現れた。隊員達は一斉に立ち、敬礼した。ヒッターとリリスも敬礼で返す。ヒッターのその物腰には年老いても尚、武人の風格が感じられた。彼は一番奥の席に付くのを見計らい隊員達も席に付く。リリスはレイナとケンの間の席に座った。
「諸君らに集まってもらったのは他でもない。特戦に新たな任務が言い渡された。今回、諸君らには前線基地に向かう補給部隊の護衛に当たってもらう」
ケン達はその言葉を聞くや、自分の耳を疑った。自分達は軍内の選りすぐりが集まった特殊部隊である。それなのに今回の任務は敵基地に侵入するでもなく、前線で戦うわけでもない、補給部隊の護衛というリスクの低い任務である。
すかさず声を上げたのはマックだった。
「司令、それはないでさぁ。俺たちは特殊部隊だぜ!? どうしてそんな任務を俺達が請け負わなきゃならんのよ?」
その声に続いて他の隊員達もヒッターに納得のいく返答を求めた、レオンは相変わらず無言だったが・・・。事の訳を既に知らされているリリスは皆の反応にやっぱりという表情だった。
「まぁ、そう慌てるな。実は最近、前線基地に向かう補給部隊が次々に謎の部隊に襲撃にあい、尽く全滅しておるのだ。いくら護衛を増やしても結果は同じだった。そこで仕方なく、我々がこの任務を負かされるようになったわけだ」
ヒッターの発言を聞いてまたマックが口を開いた。
「それならわざわざ地上からでなく輸送機を使って空から運べばいいじゃねえんすか?」
マックは何故こんな簡単なことが浮かばないのかと不思議に思った。
「ガルフォント森林地帯といえば神獣の管轄内だよ? 空なんか飛んでいたら一瞬にして落されるよ……」
レオンがさらりとマックの意見をつぶした。すかさず、ケネスが笑いながら意見を付け足す。
「こりゃぁ、一本取られたなぁ! まぁ、あんさんにしては上出来かな♪」
マックはケネスの言葉に腹を立たせて顔を赤らませながらも反論の言葉が出てこなかったため、わざとらしく音を立てて座った。
「うるせぇなぁ、こっちとしてはこれが精一杯なんだよ!」
強気な発言をするマックだったがその顔は赤い。そのやりとりに皆は笑った。
「落ち着けマック。お前もこのマークを見れば今回の作戦に乗る気になるだろう」
ヒッターはそういうとリリスにホログラムディスプレイを操作するよう促せた。リリスは手元のパネルを操作する。すると中央に一つの写真が映し出された。それは玉座の間で国王がヒッターに見せたものと同じものだった。
「「「「…………!?ッ」」」」
その写真に映し出された鬼のマークを見たとき、彼らは驚きのあまり何も言えなかった。しばらくの間、沈黙が続く。
「これは…【ツイン・バルベルト】の紋章……!」
沈黙を破ったのはアルマンだった。彼はそのマークを見た途端、この任務が前回に増して難しいものだと察した。
「どうしてディーベルクの猛者達がこんなことを?」
レイナは今回のターゲットの大きさに驚きを感じると共に、何故彼らほどの者がこのようなことを行っているのか疑問に思った。マックは先ほどまで存在した強気が消えうせ、黙り込んでしまった。
ケンもこの任務が簡単ではないと感じていたがレオンやリリス同様、他のメンバーほど驚いてはいなかった。それもそのはずだろう、彼らはこの二人の鬼のことを話でしか聞いたことがないのだから。
「これで納得がいったことと思う。今回の任務は単なる護衛任務ではない。彼らツイン・バルベルトを相手にしなければならない。何故彼らのような猛将がこのような襲撃を行っているのかなど、引っかかる点もあるが今回の任務、一筋縄にはいかんぞ……」
ヒッターは重々しく隊員達に述べた。そしてリリスに説明を進めるように言った。
「今までの襲撃を考慮しますと、襲撃ポイントはガルフォント森林地帯の中心部付近に特定されます。襲撃部隊の規模は一個中隊ほどと考えられ、多く見ても四十ほどと思われます。ツイン・バルベルト以外の兵士らは送られた映像から推測して特殊訓練を受けた兵士ではなく、ごく一般の兵士と思われます。今回の任務はあくまでも補給物資の護衛です。よって敵との交戦は深入りせず、輸送車の護衛に重点を置いてください」
リリスが説明を一通り終えたのを確認すると続けざまに口を開いた。
「さて問題のツイン・バルベルトへの対策だが彼らは常に後方から現れている。よって最後尾の護衛には白兵戦が得意なアルマン、ケンを配置する。先頭車両の護衛はケネス、レオンが、レイナ、マックは第中間車両の護衛を任せる。襲撃されしだい、アルマン、ケンはツイン・バルベルトを食い止め、他のメンバーは残りの敵兵士らを輸送車に近寄らせるな」
そういい終わるとヒッターは一呼吸置き、アルマン、ケンを見て再度口を開いた。
「今回の任務で鍵を握るのはアルマン、ケン、お前ら二人だ。彼らの強さは超人の域に達している。だがお 前らもまた超人だ。つらいかもしれんが頼んだぞ。特にアルマン、お前の貴重な経験はかなり頼りになる。開戦当初、前線で我らが同胞の兵士たちを次々に葬り去り鬼神と恐れられているやつらに挑み、唯一生還したのはお前以外にいない。頼むぞ、アルマン!」
ヒッターはアルマンに念を押すと大きく息を吐いた。そして再びリリスにバトンを渡し作戦の詳細を説明させた。隊員達はただ黙々と説明に耳を傾けた。ただ一人、アルマンを除いて……。