潜入 【六】
――アルマン班――
「ちょこまかとすばっしこい奴らめっ!」
直後、ユーファングのするどい爪先がケン目掛けて垂直降下してくる。ケンは自分の頭上からやってくる攻撃に半呼吸気づくのが遅れ、すぐ目の前までやってきているその巨大な鉄の柱に見とれてしまう。
「おわっと!? 間一髪〜」
すぐに思考を切り替え回避に全神経を集中させたため何とか回避に成功はできたものの回避するだけで精一杯だったため受身が全くできず、ほぼ地面に激突するかのように転んでしまう。
そんな自分を惨めに思ったケンであったが先ほどまで自分のいたところに巨大な鉄槌が突き刺さっているのを目の当たりにするとそんなことがどうでもよくなってしまった。
「ケン、何をしている!? しっかりしろ! 敵の動きを体で追うな、目で追うんだ!」
ケン自身の心の隙を見て取ったかのようにアルマンはすかさず彼に釘を刺した。ケンは確かに今回は運良く回避することができたが下手をすれば確実に死んでいたのだ。戦場で運を味方につけることは大切ではあるが運命の女神は常に心変わりが激しい。よって彼女に身を委ねることは命を縮めることにつながる。
アルマンは以前、命の危険を見事回避してきたと自慢する何人もの兵士に会ったことがある。彼らは、自分には運命の女神がついていると述べ、そこに自分の判断ミスがあることなど気にもしていなかった。そんな彼らは案の定、次の戦闘で命を落とした。そのような兵士を見てきた彼だからこそ、ケンには彼らと同じ運命を辿ってほしくないと思い、あえて彼に厳しい言葉を放ったのだ。
ケンもアルマンの述べたいことに気づいたらしく、すぐさま気を引き締めなおした。
「了解です! それにしてもケネスはまだですかね?」
ケネスが単独行動を取り始めて数分が経つが一向にユーファングの動きが止まることはない。ケンは彼を疑ったわけではないが内心不安を感じていた。
「おれたちがあいつを信じなくて誰が信じる? 安心しろ、ケネスなら必ずやってくれる。だからおれたちもこいつの攻撃を避け続けるんだ」
一方のアルマンは完全にケネスを信用していたようだ。いや、実際には少し違う。アルマンはケネスが失敗した時の対処も考えていたため、彼を信じることができたのだ。
それはケネスを全く信じていないとも取れる彼の内心ではあるが、アルマンは隊長である。隊員たちを危険から守らなければならない責任があるのだ。そのためには幾多にも考えられるパターンを考慮しなければならない。ケネスが失敗した場合も所詮、彼の中にあるパターンの一つにすぎないのだ。
ある意味、非情にみえる考え方ではあるがこれが隊員たちの命を預かる隊長というものなのだ。(最も、アルマンはやはり心のどこかでケネスは確実に成功してくれるという根拠のない確信を抱いていたわけだが…)
「何を企てているか知らんが所詮生身、このユーファングの敵ではないわっ!」
先ほどから反撃も逃げることもしない彼らの行動に何らかの疑問を覚えた敵搭乗者ではあったが、彼自身、ユーファングに妄信とも呼べるほどの信頼をおいていたため生身の彼らが勝つことなどありえないと感じていた。
ユーファングの攻撃は更に勢いを増し、またケンたちも次第に息を挙げはじめ、刻一刻と体力の限界に近づいていた。
一方、そのケンたちの命を託されたケネスはというと……。
「ゼ〜、ゼ〜、ふーっ、流石に五階建てビルの階段を一気に駆け上がるのは堪えるわ〜。っと休憩しとる余裕もなかったんやった、早速準備に取り掛からんと」
ようやく何十にも及ぶ階段を上りきり、障害物として造られたビルの屋上へとたどり着いた。
ケネスは一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせるとすぐさま、ケンたちと交戦するユーファングが一望できるポイントに向かう。そしてバックパックの中から何点かの部品を取り出すとそれを組み立て始めた。
「これをこうして…っと、あとはこいつを装填してと…よし準備完了やっ♪」
出来上がったものは全体的に緑色の迷彩が施されているグレネードランチャーと呼ばれるものであった。これは以前、ケネスが休暇を利用した自分専用の武器であり、自らが作った特殊弾をより遠くへそしてより正確に放出する代物である。またリボルバー構造になっているため最大六つの特殊弾を連射可能である。
しかし、今回ケネスは自作の特殊弾を一発しか装填しなかった。そして何より重要なことはこの特殊弾を撃つのはこれが始めてであるということだ。つまり実際にどのような結果を生むのかが正直分からないのである。
「は〜、こげなことになるんやったら事前に時間を取ってでも試し撃ちしとけばよかったなぁ〜。まっ、理屈的には大丈夫なんや、何とかなるやろ♪ ほな頼むで〜《グレネス》!」
グレネスと呼ばれた特殊グレネードランチャーの標準をユーファングの背部に定めるとケネスは思いっきりトリガーを引いた。
次の瞬間、特殊弾は激しい音とともにグレネスから射出されるとユーファングの背部目掛けて猛突撃した。撃った当本人であるケネスはというとあまりの強力な反動に耐え切れず、二、三回おもいっきり後転している。
勢いよくユーファングの背部に突撃した特殊弾はその勢いを止めることなく機動戦車の装甲を突破、そのまま敵搭乗者のいるコックピットへ到達した。
「ん? 何だこれは……っ!!!!!!」
敵搭乗者が上から落ちてきた特殊弾に気づいた直後、特殊弾は激しい閃光とともに爆発した。その爆発の威力は激しく、ユーファングの表面積を膨れ上がらせると内部から勢いよく吹っ飛ばした。
「爆発した…。ケネスがやったんだ! ほっ、ギリギリセーフ」
「やるやつだとは思っていたがまさか本当に機動戦車を生身で破壊してしまうとは…、正に曲者といったところだな」
ケンとアルマンは目の前で起こったユーファングの内爆発を見てようやく張り巡らせていた緊張の糸を解いた。ケンに至ってはその場に座り込んでしまっている。どうやら本人が述べたように限界だったようだ。
そんな二人の上空からケネスが蜘蛛の糸…もといヴェイヤーを使ってゆっくりと降りてくる。
「よっと、ふ〜間一髪というところでしたな〜。まっ、わいの言うた通りにことが進んでなによりですわ♪」
いつものような気の抜けた調子で述べるケネスであったがその表情はどこか違っていた。
ケネスの異変に真っ先に気づいたのはアルマンであった。
「!? おい、ケネス! おまえ左腕が……」
そうなのだ。アルマンが述べたようにケネスの左腕は力なくダラリと肩にぶらさがっているのだ。先ほどの特殊弾を射出した時に強力な反動でストックを固定していた左肩が脱臼してしまったのだ。
「あっ、これでっか? ちょっと反動が強すぎて外してしまっただけですわ。いやぁ〜、やはりまだまだ改良の余地がありますな〜。まっ、見た目とは違って全然たいしたことありまへんので大丈夫ですがな♪」
強がってはいるものの脱臼した左腕はブラブラと力なくゆれており、またその表情は笑ってはいるものの苦痛で歪んでいる。
「まったく、何が大丈夫だ。苦痛で顔が歪んでいるぞ。ほら、ちょっと肩を見せてみろ」
ケネスはそれでも大丈夫と笑いながら強がったものの、最終的にはアルマンの気迫に負け、しぶしぶ肩をアルマンに見せた。
「んー、内出血により青あざができてはいるものの、骨事態は折れていないようだな。よし、ちょっと痛いが我慢しろ。よっとっ!」
ゴッキン! という鈍い音とともにケネスは悲痛な叫びを挙げながらゴロゴロと地面を転がっている。しかし、気がつくとケネスの左肩は見事にはまっていた。
「おぉ〜、隊長ってこんなこともできるんですね!」
「こらケン、わいが思いっきり苦しんどるのにそれはないやろ〜!」
ケネスの悲痛の叫びよりケンにとってはアルマンの荒技の方が興味を抱いたようだ。さすがのケネスもケンの前ではかなわないようだ…。
「まっ、とりあえず一段落ついたことですし、副隊長達を加勢にいきましょう!」
そんなケネスのつっ込みをさも無かったかのようにケンはアルマンに次の行動に移ることを提案した。
そんなケンにケネスは心底あきれた様子で額に手を当てるとともにある意味尊敬の念を感じていた。
二人の様子をクスクスと笑っていたアルマンではあったが任務遂行中であることを忘れてはおらず気を引き締めなおすとケンたちにレイナたちの援護に向かうことを告げようとした。
その時、アルマンの通信機がコール音を響かせる。一瞬、何事かと驚いたアルマンではあったがその相手が作戦中滅多にコールしてこない司令からであったので益々驚いた。驚きを隠せないアルマンではあったが出ないわけにもいかないのでいったいどういう用件だろうと思いながら通信に出た。
「はい、こちらアルマン。司令、作戦中にそちらから連絡をよこすとはどういったご用件ですか?」
『ん、その声から察するにどうやら無事のようだな。いや、あまりに作戦時間予定をオーバーしているので今こちらから出向いてやっているのでそれを伝えたかっただけだ』
司令から発せられた言葉はあまりに驚愕なものだった。司令塔である戦艦オルフィスがわざわざ危険を承知で任務現場にやってくるというのだ。あまりの事実にアルマンは冷静さを失いそうになった。
「!? 司令自らこちらへ向かっているのですか? そんなの自殺行為ですよ!? …確かに救援に来てくださるのはありがたいかぎりではありますが、確実に的になるようなものですのでそう長くはい続けられませんよ?」
アルマンの問いにノリスは高々に笑うと、全くそのような心配は微塵もしていないかのような自信に満ちた返事を返してきた。
『それくらい分かっとる。心配するな、策は考えておる。これから五分後、今から指定されたポイントに降り立つのでお前たちは先にそこに集合しておけ。そうすれば数秒で離陸することができる』
司令の返答にアルマンはもはや呆れ返っていた。例え、自分たちが数秒で乗り込めたとしても降りるまでと離陸するまでで数分掛かるのは目に見えていることであり、オルフィスを危険に晒すことに何ら変わりはないのだ。
しかし、あまりの司令の自信に満ちた声にアルマンは【戦場と稲妻】と呼ばれた司令ならば、その無謀とも呼べる行動でも何とかしてくれるという根拠のない安心感を感じていた。
「何て無茶な考えなんですか…。まぁ、司令らしいといえば司令らしいですけどね…」
『ま、そういうことだ。くれぐれも遅れることがないよう他の隊員にも伝えておくように。ではまた会おう!』
通信を終えるとアルマンは覚悟を決めた顔でケンたちのほうを向いた。そして司令自らが救援に来ることと、そのポイントに今から五分後に向かわなければならないことをケンたちにそして通信でレイナたちに伝えた。
ケネスはその司令の行動に完全に苦笑していたがケンは何故か体から何かが湧き出ているかのような熱い目で司令の行動に感動している。
「何でそんな顔が出来るんだケン? …まぁそれは良いとして、問題はこのポイントに五分以内に行くためにはレイナたちを援護しに行くことはあきらめなければならないということだ。まぁ、あいつらも大丈夫とは言っていたのでおそらく大丈夫ではあるだろうが…。とにかくおれたちはレイナたちを信じ、救援ポイントに向かうぞ!」
アルマンの答えにケンたちは賛同したようで、三人はすぐさまそのポイントへと向かいだした。ただケンはどこか嫌な感じを覚えていた。それがいったい何なのかはよく分からなかったがとにかくはっきりとした悪寒を感じていた。
それがまさか近い未来で起きる惨劇を暗示しているとも知らずに……。